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262  作者: Nora_
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07

「ご、ごめんね」

「気にしなくていい」


 女子か、そうツッコミを入れたくなるぐらいにはずっと泣いていて服が濡れていた。

 でも、それだけなにかが溜まっていたということだからここで少しだけでも出すことができたのはいいことだと思う。

 泣いた理由が俺に放置されたからではなければもっとよかった。


「格好つけずに付いていっておけばよかった……」

「今度楓も一緒にゲームセンターにいこう」

「うん……絶対にいくよ」


 やっと落ち着いてくれたから二人で蒼依のところに戻る。


「あれっ、目が真っ赤っかだよ!? 楓君どうしたの……?」

「ははは……いやこれはちょっとね」

「胡椒の詰め替えをしようとしたら全部こぼしてくしゃみが止まらなくなってこれまで格闘していたみたいだ」

「ああ……私も昔、お手伝いをしようとして砂糖を全部こぼして怒られたことを思い出したよ……」


 いたずらしようとしたわけではなくて役に立ちたくて動いた結果がそうなると相手としても複雑な状態になるだろうな。

 俺も「座っておけばいい」と言われていたのに無理やり運ぼうとしてひっくり返してしまったことがあるから――これ以上は無駄にダメージを負うだけだからやめておこう。


「泰葉ちゃんはいないんだね」

「うん、なんか用事があったみたいで二人でお家まで送ってから帰ってきたんだ」

「なんかこれだと意地悪をしているように見えちゃうかもしれないけどそれなら今日は蒼依ちゃんここに泊まっていってよ」


 白鳥妹が引き続き存在していてもどうせ同じことを言っていたと思う。

 自惚れでもなんでもなくいまは俺が自分の近くにいるように行動しているのだ。


「あ、それなら私のお家に来てほしいな、お母さんが寂しがり屋ですぐに連れてこいって言ってくるからさ」

「千春いい?」

「ああ」

「じゃあもういこっか」


 まあいいか――と言っていいのかどうか。

 木本家に着いてからは喋りたくて仕方がないのか一度も休めることもなく二人で盛り上がっていた。

 十八時を少し過ぎたところで彼女の母も帰宅して会話に参加、母の方はともかく二人はずっと話していたのにそれでもまだ物足りないと言いたげな感じで続けていくだけだ。

 俺が自分の近くにいるように行動しているのだ、なんて自信過剰でいたことが恥ずかしくなってきて木本家の玄関前に出てきた。


「帰ってきてすぐにそれはよくないと思うけどね」

「二人が止まらないことが怖かっただけです」

「ま、それならいいけど」


 すっかり木本母――咲さんといることにも慣れた。


「そういえば蒼依のことを名前で呼び始めたんだって? あんたもやるね」

「蒼依はそういう話をするんですね」

「まあね、一人になってからはもっと話してくれるようになったよ、多分蒼依なりに私に安心してもらいたいからなんだろうけどね。ただどうしても――あ、いやこれは黙っておかないと不味いか。いいからあんたも戻るよ、こんなところにいても寒いだけでしょ」


 咲さんに言われてしまったのなら仕方がない、戻るか。

 二人も既に会話をやめて兄はご飯作りを、蒼依はソファに座ってのんびりしていたからそのことにほっとした。


「蒼依も少しぐらいはご飯を作れるようにならないと不味いよ、彼氏ができたときに全部任せることになるのは違うでしょ」

「彼氏云々はまあいいとしても全く作れないのは駄目だよね。よし、楓君に教えてもらってきます」


 それがいい、少しだけでも手伝えば分かりやすく嬉しそうな顔を見せてくれる。

 少なくとも彼女の場合なら大丈夫だ、俺と違って戦力外通告を受けたりはしない。


「別に私が教えるから他所の子に頼らなくてもいいけどね」

「だけどほら、お母さんも横に座って楓君に任せる気満々でしょ?」

「今日は邪魔をしたくなかっただけ、あんたも座りな」

「はい」


 今回の件で兄は抑え込むところがあると分かったので気にかけておかないと駄目そうだ。

 ただこのことに関しては本当に役に立てないからいまは大人しく咲さんの隣に座っておくことにした。

 急に預かってもらうことになって慣れない環境で過ごすことになった動物なんかの気持ちがいまならよく分かる。


「蒼依のことよろしく」

「はい」

「じゃ、いまからはあんたの話にしよう。あんたさ、もしかして私のことが怖いの?」

「全く怖くありません」

「じゃあなんでそんなに小さくなってんの、もっと堂々としていなよ」


 前は俺がそういう子なのだと蒼依に言ってくれていたぐらいなのに変わってしまった。


「まず敬語をやめるところから始めるんだよ、はい」


 いやはいと言われても……。

 咲さんからすれば俺らしく存在しているだけで不安になってしまうのか?


「もー千春君に意地悪をしないで」

「私と普通にいられるようになったら何回でもここに来てくれるようになるでしょ、そうしたら蒼依も嬉しいでしょ」


 俺が何回もここに来たところでこうしてご飯を食べさせてもらっていつもより一人分多く食材がなくなるだけだから大してメリットはないだろう。

 あと肉食系になった彼女からすれば外でも自由にできてしまうのでやはり場所はあまり関係ないのだ。


「んーここにはほとんどなにもないからなあ、私は外で話せればそれでいいかな」

「じゃあ私が求めているからこうしているだけだね、蒼依は関係ない」

「ちょ、それはそれでどうなの……?」

「はは、みんな千春のことが好きなんだね」

「好きというか私はこういう子が放っておけないだけだよ」

 

 親子でよく似ているところがあるのはいいことではないだろうか。

 とはいえ、咲さんが肉食獣みたいに見えてきてしまったのでここで終わらせてもらうことにした。

 ご飯ができたからこそ兄はこっちに来ていたわけで、俺からすれば天使みたいな存在だった。




「千春起きてる……?」

「ああ」

「ちょっとお散歩にいかない? もう日付が変わっちゃっているけど日曜日だからいいよね?」


 いくか。

 兄といることが当たり前だったのに最近は蒼依ばかりを優先していたから合わせなければならない。


「おぅ……凄く寒い」

「マフラーを巻いた方がいい」

「千春がして」


 俺が暗殺者ならこれで、って、暗殺者なら見られている状態で殺したりはしないか。

 これはクリスマスのときに俺が買ってきた物だった、それを喜々として使っているから兄は面白い。


「来月になったら二年生は終わりかあ」

「終わりがこないと下級生が困るからそれでいい」

「そうだけどさ、学校で絶対に会えるのって大きいから終わってほしくないんだよ」


 これは蒼依のことを言っているのか。

 蒼依なら卒業をした後も「楓君来たよー」と明るく近くにいてくれそうだが。


「だけどその前にバレンタインデーだからね、僕も頑張っちゃうよ」

「ホワイトデーに頑張るの間違いだと思う」

「え、だって僕も作るからね、それで千春にあげたらすごいお返しを期待できるよね」


 いやそれはない、千五百円ぐらいまでの物を買ってはいと渡すだけだ。

 そもそも男の兄が頑張ってどうするというのか、まあ欲求に正直すぎて女子に引かれるよりはまだいいのか……?


「千春は蒼依ちゃんから貰えるの楽しみでしょ?」

「貰えたら食べさせてもらうだけだ」

「あれ……?」


 楽しそうに話していたのに急に足を止めたから合わせるしかなかった。

 遠くまでいっても帰りが辛くなるだけだと判断したのかもしれない、どちらにしても付き合うだけだ。


「なんか千春さ、いっぱい話すようになってない?」

「そうなのか」

「やっぱりそうだよ、普通は二言ぐらいこっちが話しかけてから反応してくれるぐらいだったからさ!」


 これはあれか、いつも黙っている人間が急に話したものだから「話せるんだ……」と驚いているだけか。

 兄なんてそのことを微妙に感じていて「もっと話そうよ」とか注意してきていたぐらいなのにいざ実際にそうするとこういう反応をするから困ってしまう。


「やっぱり女の子には勝てないようになっているんだね、はあ~……」

「楓だって諦めずにいてくれたから変わった」

「なんかおまけ感がすごいよ……もうこうなったら蒼依ちゃんを叩き起こそう」


 ああ、兄がしたことなのに俺が怒られているところが容易に想像できてしまう。

 それならまだ自分で起こした方がマシということで家に戻って二階へ上がった。


「あんたこんなところでなにしてんの?」

「すみませんでした」

「敬語も謝罪もいいからなんのために来たのか吐きな」

「ああ、楓が蒼依を起こそうとしたのでそれなら俺がと行動しているだけです」


 いやでもこれはいいことではないだろうか。

 前までなら蒼依のときだけ口数が増えていたからみんなに対して増えているのであれば露骨とは思われない――とか現実逃避をしている場合ではないか。


「もう真夜中だよ? あの子なら夢の中だよ」

「それなら明日にして――なんで捕まえるんですか」

「いいからリビングまで付いてきな」


 二対一ならと考えていたのに兄はもういなかった。

 全く気にならないのか咲さんは湯を沸かし始めて「コーヒーでいいでしょ?」と聞かれたので頷いておいた。


「あのね、気になる異性と長く一緒にいたいのは分かるけど流石に真夜中に突撃はやめておきなよ。あと敬語はやめな、守らないと蒼依と一緒にいられないようにするよ」

「……本当は楓が勢いだけで起こしたら俺が怒られそうだったからそれならって動いただけで……」

「いやそれなら楓を怒るだけでしょ、え? あの子って関係ない子を怒ってしまうような子なの?」


 たまに、なあ?

 暗い顔になることと同じで真冬の寒さなんか気にならないぐらいの冷たさになるから自衛をしているのだ。


「はぁ……とりあえずコーヒーでも飲むか、あんたがブラック好きだとしても今日だけは私に合わせて。あれを目の前で飲まれると何故かぞわっとするんだよね」


 元々俺は砂糖を沢山入れる派だからありがたかった、それと家にある粉末とはまた違った味で新鮮だった。


「ま、分からなくもないけどね、私だってあの人のことを好きになったときはがっついたりしてしまったし……」

「子どもがいると離れたい気持ちはあってもできないってよく聞きますけど」

「蒼依ももう高校二年生ですぐに三年生になるところまできていたから……って、なんでこんな話に――は私のせいか……ごめん、ここで止めて」

「分かりました」


 両親、主に俺の母はよく父に対する不満を吐いているがそれでも緩く仲良くいられている。

 誰かに偏らせることもなく万遍なくみんなのことを気に掛けているところがすごかった。

 だからこうして一人になってしまった咲さんを見ていると、


「じろじろ見すぎ、そういうのは蒼依相手にしておきな」

「すみません」


 いやこれは失礼な考えかとすぐに捨てる。

 

「私的に楓かと思っていたんだけどね、実際家に来ていたのは楓の方が多かったからそこまで間違っているわけではないでしょ? だから私は驚いてるよ」

「まだ分かりません」

「は? ――あ、いやいや、そりゃ『自分を好きでいてくれているんです』なんて言えないか」

「名前で呼び始めてやっと兄と同じラインに立てた感じです」

「というかあんたはよく話してくれるようになったね、そのことは本当に嬉しいよ」


 俺の母も毎回というわけではないがたまにこういう顔をしながら「よかったよ」と言ってくるので母親になった人ならみんなこうなのかもしれない。


「頭を撫でていい?」

「どうぞ」

「よしよし、あんたはそのまま引き続き頑張りな」

「はい、頑張ります」


 よくないぞ、これは本当によくない。

 自分の母より格好いいとか感じてしまっているのは不味いだろう。

 腹を痛めて俺を産んでくれて、そこから先も頑張って育ててくれた母に感謝をしなければならない。


「あー!」

「あんたよかったね、目的の人物が夢の世界から戻ってきてくれたよ」

「なんで二人で話しているの! しかもこんな真夜中に! 千春君の変態!」


 結局こうなるのか……。


「はは、あんた変態って言われているよ?」

「お母さんも早く寝て!」

「はいはい、じゃあカップとかは洗っておいて」

「分かりました、ありがとうございました」

「別に、じゃあね」


 でも、なんか落ち着く。

 一歩間違えたらボコボコにされてしまいそうではあるがこうして同級生の彼女と仲良くできている方が自然でいい。


「ふぅ、途中で絶対にトイレにいきたくなるようになっていてよかった」

「蒼依の話をしていた」


 咲さんが、だが。


「わ……たしか、自分がいないところでなにを言われていたのか気になるなあ……?」

「咲さんは蒼依が好きなんだ」

「そうなの? それなら嬉しいけど」

「間違いない、だからもっと一緒にいたかったと思う」


 俺が咲さんと同じ立場で彼女に追い出されたりしたら寂しく感じる。

 もう自分がされたくないから他の人がされているところも見たくなかった。


「だけどお母さんがいるところでは千春君と仲良くするの……難しいから。それにほら、差を作ってあげないと千春君は安心できないらしいし……」


 彼女の怖さに負けて余計なことを言うべきではなかったと後悔したがもう意味はない。

 そもそも俺を安心させるために分かりやすく行動するのならそれ以外の感情はないのだから咲さんがいたところでなにも問題はないだろう。


「咲さんがいても大丈夫だ」

「えっ、千春君ってそういう子だったの……? 見られて喜ぶような子だったんだ……」

「俺はあくまでおまけだから」


 遠回しなやり方ではあるがそれこそ本当のところを吐いてくれていることがありがたい。

 直接言うことはしないものの、咲さんの想像は間違っていたことになる。

 多分「なんだ、つまらないね」ぐらいは言われそうではあるが娘が意味もなく頑張る必要がなくなるのなら歓迎してくれるはずだった。

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