06
「ふふふ」
「あはは」
朝起きたらバグっている二人に囲まれているなんて怖い以外の感想が出てこない。
スマホで時間を確認してみると既に八時で早朝から奇襲を仕掛けられたなんてことはないがすぐにこれだと答えを出して対応していける人間ばかりではないだろう。
とりあえずは放置して兄のところへ、あの件で喧嘩をしたわけではないから「おはよう千春」と挨拶をしてくれたから返しておいた。
「一応言っておくと先に来たのは泰葉ちゃんだよ」
風邪が治ったのはいいことだ、が、白鳥が全てなんとかしてくれたからそのことで来られても困ってしまう。
「蒼依ちゃんは七時半ぐらいに来たんだけど泰葉ちゃんに負けて悔しかったみたいだね」
「俺の部屋に通したのは楓か」
「ううん、リビングでゆっくりしていると思ったら急に消えちゃったんだよ」
自由に移動できるなんて最強すぎる。
顔を洗ってシャッキリしても戻りたくなくて楓に張り付いていた、「甘えん坊さんかな?」なんて勘違いをされているがあの二人と一人で相手をしなければならないよりは遥かにいい。
「酷いよ千春君、怖かったからって逃げる必要はないでしょ?」
「そうですよ、別に悪いことはしませんよ」
「んー少し真面目に千春には蒼依ちゃんと話してほしいから泰葉ちゃんはこっちに来て」
「分かりました、私はちゃんと言うことを聞きます」
元々これは必要なことだから彼女と違うところにいこう。
「確かに私は千春君とゆっくり話したかったけどこれだとお腹が空いちゃうよね、ごめんね?」
「木本は食べたのか」
「うん、朝からおかわりしちゃったぐらいだよ、だから正直お昼ご飯はいらないかな……」
まあ、まだそこは八時だから話をしている間に変わっていくだろう。
ただどうすればいいのか、一応は片付いてこうしてまた彼女といるからいちいちなにかを言う必要もないのか?
「もうあんなのは嫌だからね」
「ああ」
「あとさ、私が千春君に名前で呼ぶように求めたら少しは安心できる?」
いや俺はなにも差があることに嫉妬しているわけではないのだが……。
でも、なんか滅茶苦茶期待されているような気がしたから蒼依と名前で呼んでみた。
「そ、そういうところは楓君と変わらないね」
「血の繋がった兄弟だから楓と似たようなところもある」
「大胆な発言を繰り返していくところもそうだよね」
大胆な発言……? 俺、そんなことをしていたのか。
やはり彼女のときは本能が求めて変えてしまっていて、それを向けられている彼女からしたら丸分かりということなのだろうか……。
「スッキリさせるために一人で走ってくる」
「え、食事前に走ったら逆効果だよ、やるにしてもちゃんと食べてからにしよう、ね?」
誰のせいだと――俺のせいか。
はぁ、せっかくの休日なのだからここから切り替えよう。
こちらがなにも答えないからなのか「闇雲に走ればいいわけじゃないんだよ」と変なアドバイスをしてきてくれている彼女の手を掴んでリビングに戻った。
「終わったんだね」
「ああ。朝ご飯が食べたい」
「はは、温めるから座って待ってて」
朝ご飯を食べた後はしっかり歯を磨いてから部屋の掃除をすることにした。
一見、奇麗なように見えてもカーペットなんかに髪の毛が突き刺さっていることがあるからスルーは危険だ。
「千春、ついでにこの子も片付けておいて」
「蒼依はどうしたんだ」
「千春が蒼依ちゃんのことを名前で呼んでる……だと!?」
いやなんで固まっているんだ、朝から食べすぎて腹が痛くなってしまったとかだろうか。
この家にはトイレが一階と二階のそれぞれにあって片方を占有してしまっても困らないからすぐにいくべきだ。
そういうのは我慢をすると冷や汗が止まらなくなってやばい状態になる、単に臓器にも負担がかかるから異性の家とか気にせずにな。
「でも、なんで固まっているんだろう? ポカって叩いてみれば直るかな?」
「女の子にそんなことをしたら楓先輩でも怒りますよ」
「泰葉ちゃんは分かる?」
「やっぱり千春先輩と二人きりになった後にこうなっているんですから千春先輩に原因があると思います」
まだ求められていないのに名前で呼んだことが間違いだったか。
これは怒られたくないとか責められたくないとかではなくてしっかり考えて行動してくれる兄なんかに任せた方がいいだろうと頼もうとしたときに「はっ、やっと戻ってこられた」と本人が言うように戻ってきてくれた。
「蒼依、悪かった」
「うわうわうわ……」
「あ、また壊れちゃった」
アホか、俺もちゃっかりしているな……。
「もー名前で呼ばれたぐらいで壊れていたらこの先やっていけないよ?」
「そうですね、相手が男の子でも名前で呼び合うのなんて当たり前のことじゃないですか。そもそも楓先輩からは『蒼依ちゃん』と呼ばれているのになにが違うんですか?」
「まあまあ、それに誰が名前を呼んでくれるかで変わったりするものなんだよ、ふっ」
結局ここに残して二人は階段を下っていってしまった。
ずっと立たせているわけにもいかないからいつものように椅子に座らせてから掃除を再開、やはり数本は突き刺さっていて抜く羽目になった。
こういうときの抜け髪って手強いよな、女子なら何回も格闘することになりそうでそのことを考えると男子でよかったと思える。
「木本、の方がいいか」
「い、いやっ、私はそのことについて慌てていたわけじゃないからっ」
「ならなにに――」
「……千春君が急に手を握ったりするからだよ」
ああ、自分からやるのはいいがやられるのは気になるみたいだ。
難しい、ただやはりなにもしないで待ってばかりでも文句を言われる気がする。
「蒼依、ゲームセンターにでもいこう」
「きゅ、急だね」
そうだな、急だな。
だが、いまはこれも必要なことなのだ。
白鳥妹が本当のところはなんで来たのかは分からないものの、こういう理由であれば自然に離れられるのがいい。
別にお前なんかに会いに来てないよという話で終わるだろうがな。
「前に守れなかった、それが気になっていたんだ」
「そ、そういえばそうだったね、いこっか」
二千円ぐらい持っていこう。
ある程度遊べたらその後はなにかを食べてゆっくり過ごすのも、解散になって一人で走ることになっても構わなかった。
「大勝ちだよ千春君!」
そこら中にある筐体に百円玉を投入しては物を獲得していくゲームセンターのプロだった。
こういう人間って実際にいるんだな、画面の向こうでのみの夢物語ではなかったのか。
「あと、筐体にベッタリくっついていた泰葉ちゃんがいたから獲得してきたよ」
ということは兄もいるな、やられたことになる。
まあそりゃ、俺の方から誘うなんて全くしていなかったから気になるか。
「け、決してこそこそ盗み見たくて来たわけではないんです、私はただゲームセンターにいくとのことだったのでいきたくなっただけなんです」
「泰葉ちゃん楓君は?」
「楓先輩はいません、一緒にいかないかと誘ってみましたが『今回はやめておくよ』と受け入れてはくれませんでした」
「楓君ってたまにそういう常識のある人に戻るよね」
あ、やばい、またダークモード蒼依になってしまっている、発生条件を把握できていないと不安になるぞ……。
「そもそも泰葉ちゃんは今日なんで多賀家に来たんだっけ?」
「風邪で体調が悪いときに千春先輩がお見舞いに来てくれたからです」
やっぱりそうだったか、なのにこうして集まることになっているのは逃げることはできなかったということだ。
ただ存在しているだけでいちいち礼をしてもらっていたらクソだろう、だからここは怖い状態になっている彼女を利用させてもらってそれどころではないようにしてもらう。
「え、それ教えてもらっていないけど」
「白鳥兄に誘われたんだ」
「いやそれはもう分かったからさ、どうして隠していたのか――避けられていたときの話だからか」
「木本先輩や千春先輩からの話を聞く限りではそうなりますね」
ああ、他人を使おうとしたことで二人から責められそうになっている。
これは俺が避けようとしたことで発生したことだから悪いと謝っておいた。
「まあいいや、友達が風邪を引いているって分かったら誰だってお見舞いにいくよね」
「友達……」
「酷いですよ千春先輩っ、私達はもう友達じゃないですか!」
それこそ風邪のときと同じぐらいの空気感でいたのにあれぐらいで友達でいいのか。
勘違いをしたら厳しくされて終わるだけなのに慎重に動いたら動いたで酷いなどと言われることになるから難しい。
「二人とも近いよ、ゲームセンターだからってそんなに近づく必要はないよね?」
「おっと、これはすみません」
「でも、このまま解散は寂しいから泰葉ちゃんも一緒に遊ぼう、ここから先は平和にコインゲームでもどうかな?」
「いいですね! さっ、千春先輩もいきましょう!」
結局、白鳥妹みたいにどんどんと前に進めていける存在がいつでもいてくれると心強かったりする。
筐体の物を獲得するプロもコインゲームでもその能力の高さを披露する、なんてこともなく「あー」とか「うわ!?」みたいに叫びつつコインを失っていくところを見られて安心できた。
「ちょ、蒼依先輩のことをじろじろと見すぎですよ」
「あ、やっと名前で呼んでくれた」
「あはは……本当はもっと早い段階で呼びたかったのですがいまいち勇気が出なくてですね……ですが! 千春先輩がお手本を見せてくれたので私も頑張らなければ! となったんですよ!」
同性ならもっとちゃっかりしているぐらいがいい、全力で乗っかっていくぐらいがいい。
男の俺がやらかしたときと比べたら失敗をしても柔らかく対応をしてもらえる、そもそもダークモードになるようになったのも最近のことで彼女は多少のことでは怒ったりはしないのだ。
それが本人にとっていいことなにかは置いておくとしても、一回や二回の失敗で切られることもないから仲良くしたいなら変えていくべきだと思う。
一緒に過ごし続けて仲が分かりやすくよくなってから少しずつ返していけばいい。
「ああ……楓君も千春君もそういうところがあるんだよね、その割にはこっちがすごいと褒めても『蒼依ちゃんの方がすごい』とか『木本の方が偉い』とかで納得してくれないんだけどね」
「二人とも恥ずかしがり屋なのかもしれませんね」
「そうならいいけど実際は大人の対応をしてくれているだけだからうわあー! って叫びたくなるんだよ」
まあそれで溜まったストレスを発散できるのならいいはずだ。
俺にだって頭を抱えてマジかよ……と不満を吐きたくなるときがあるのでそう変わったりはしない。
大人の対応をできているのは兄だけだ、今回だって俺が初めて頑張った……ような感じだから付いてこなかったのだ。
「ああ……話しながら投入していたら終わってしまいました……」
「私は――私も終わってしまいました……」
俺も、やはりセンスとかはなかった。
それでも既に十三時ぐらいにはなっていてなんでも十四時ぐらいから約束があるみたいだったので白鳥妹を送ることにした。
「いやー送ってもらってしまってすみません」
「気にしなくていいよ、私も千春君もこうしたくて泰葉ちゃんを送っているんだからね」
これは白鳥の兄に世話になったからなのもある、あとは……その白鳥が学校で顔を合わせる度に「泰葉のことをよろしくな」と謎に頼んでくるからだ。
相手をするだけでいいのならいくらでも構わないがなるべく一対一を心がけてもらいたいところだった、ここに彼女も加わると俺の兄に泣きつくことになる。
こちらの頭を撫でつつ「大丈夫だからね」と言って二人を止めるところを見たくない、分かりやすくある差をいまは見せつけられたくはない。
「本当は二人きりで過ごしたいはずなのに……ありがとうございます」
「あ、焦らなくても千春君はちゃんと私を優先してくれるから」
「ふふ、惚気ていますね?」
「ち、違うよー」
これは調子に乗っているからか。
だが彼女を兄に取られたくないとかではないと思いたいが……。
「これからどうしようか?」
「楓のところに戻ろう」
「はは、お兄ちゃん大好きだよね、私はもうゲームセンターで楽しめたからそうしよっか」
数時間一人にされても平気な顔をして「おかえり」と言うだろうがな。
このままだと俺はズルをしているのと同じなのでまずは戻させてもらう。
「あれ、楓君いないね?」
「ちょっと部屋を見てくる」
「うん、じゃあここで待たせてもらうね」
ないない、兄に限って一人でシクシク泣いていたりはしな、
「ちはるぅうう!!」
部屋に入った途端に飛び込んできて危うく倒れそうになったぐらいだ。
何故か俺の方が頭を撫でて落ち着かせることになった。
こんな兄を見たのは初めてでこれぐらいしか思い浮かばなかった。




