03
「あっ、千春先輩こんにちは!」
こういうことって起きるものなのか。
まあ、彼女の目的は木本と会うことだろうからそこはいいとしても、なあ。
「木本ならもう少ししたら出てくる」
友達と盛り上がっていたから確認をしたわけではないため確実ではない。
それでも学校にずっと残り続けるタイプではないから待っているだけで無駄になることはないだろう。
「いえ、私は千春先輩か楓先輩に会えればそれでよかったので今日木本先輩は関係ありません」
そうなのか、それなら兄をここで待つか。
兄は一人でぶつぶつ言っていたから関わりたくなくて出てきたことになる。
「おお……千春先輩が近くにいてくれるだけで温かいです」
こういうところも木本によく似ているかもしれない、ではない、早く出てきてくれ。
「あれ、教室にいったらいなかったから諦めていたのにまさかここで待っていてくれていたとはね」
「楓先輩こんにちは!」
「うん、こんにちは。だけど泰葉ちゃんはすごいね、普通は出会ったばかりの僕らに対して同じようにはできないものでしょ、それなのに全く関係ないとばかりに僕らといるんだからさ」
いや兄もすごいよ、どうしてすぐに名前呼びとかできるのか。
「おお、今日もみんなでいるね」
「木本先輩こんにちは!」
「お、落ち着いて、みんなで一緒に帰ろっか」
「はい!」
そういえば木本が名前呼びなのに彼女が名字で呼び続けていることが不思議だ。
なんたって俺らの名前を出会ったその日に呼び始めた彼女がなにを遠慮しているのか。
ただ単に興味がないとかだったらこうしてにこにこ笑みを浮かべて相手をしていることが怖く見えてしまうのでやめてもらいたいが。
「今日は千春先輩達のお家にいってみたかったんです」
「おお、それなら案内するよ」
「はい、楽しみです」
これも女子特有――いや、明るい人間特有のことか。
出会ったばかりとかどうでもいいのだ、出会って会話をできるようになったのならぐいぐい距離を詰めていかないと落ち着かないのだ。
一人の時間はそんな人間達でも必要とするものの、それ以外の時間では前に進めなければやっていられないのだろう。
「ここだよ」
「おお……大きいですね」
俺は大きさよりもやはり部屋からのんびり遠くまで見られることが最高だった。
頻繁に来ていたわけではない木本だってあっという間に気に入るぐらいだから勝手に一人で盛り上がっているわけではない、また、一人で盛り上がれるだけでいいから結局は負けないようになっている。
「上がって上がって」
「「お邪魔します」」
インフルエンザとかにはなりたくないので手洗いうがいはしっかりしている。
終わったら特になにも言わずに部屋へ、それでも今日は急に寝転びたい気分になって床に寝転んだ。
あれだ、俺的にはじっと見ていても迷惑をかけない環境なら本当のところどこでもいいのだ。
「ここが千春の部屋だね」
「えー広くて羨ましいです」
待った、いちいち部屋紹介とかする必要はないと思うが、流石にお客がいるところではごろごろできなくて座り直す羽目になった。
「千春はあんまり物欲がないからいつも部屋がすっきりしているんだ」
少しの収納スペースがある以外は勉強机及び椅子とベッドぐらいしかない。
制限が少ないのもあって定期的にベッドの場所を変えては一ヵ月ぐらいはその状態でゆっくりするを繰り返していた。
「その点、楓君のお部屋はすごいよね、そろそろ整理しないと移動するのも大変そうだよ」
「ははは……気を付けていてもどうしてもお金が手に入るとね……」
兄のいいところはそれでも過去に買った物もしっかり使っているところだ。
しかも奇麗好きだから埃まみれなんてこともない、物も長持ちさせるのが上手いから買わなくてもと思わなくもないが。
「木本先輩のお部屋はどうですか?」
「うっ」
「え、なんでそんな反応をするの? 蒼依ちゃんの部屋は普通に奇麗なのに」
こういうところもすごいよな、普通は異性の部屋なんかにいかないだろう。
つまりこういうところは女子みたいな考えでいるということだ、兄なんか見た目と喋り方を考えれば誰よりも気にして遠慮をしそうなのに全くそんなことはないのが面白い。
「ごめんね楓君、自分のことを棚に上げて偉そうにしたら駄目だよね……」
「だから奇麗だったって」
「ふむふむ、木本先輩と楓先輩の方が親密な感じがしますね」
「え? そうかな、蒼依ちゃんは千春の方が好きに見えるけど」
余計なことを言ってくれるな。
あと彼女はどうしてもそういう方向に持っていきたいみたいだった。
積極的に聞いたところで関係の方が積極的に変わっていくわけではないから期待しない方がいい。
「と言われていますがどうですか?」
「自分のテンションによるかな、真ん中ぐらいだったら千春君といられる方がいいよ」
「え、それならやっぱり楓先輩の方がいいということじゃないですか?」
「差を作っているつもりはないけど」
木本も「楓君かな」で終わらせておけばいいのに。
こういうところが相手を自由にさせてしまう悪いところだと言えた。
なるほど、最近よく兄が別行動をしていた理由が分かった。
たまたま気になった場所から外を見ていただけなのに余計なものまで見えてしまったのはいいことなのかどうか分からない。
「あっ、別にこそこそずっと見ていたわけじゃないよっ!?」
いまのは本当に心臓に悪かった、甲高い悲鳴を上げて走り逃げたいぐらいには恐ろしかった。
「木本は楓があの女子と過ごしていたこと、知っていたか」
「あの女子……? ああっ、知っているよ、想像通りの子ななのかどうかは分からないけどね」
それなら俺が知らなかっただけか。
隠されていることがむかついてなんとか見てやろうとしていたわけでもないし、もう帰ることにした。
「ねえ、まだそんなに遅い時間でもないからどこかに寄っていかない? なにかを食べたり、ゲームセンターみたいなところで遊べるといいんだけど」
まだそんなに遅い時間ではないと言っているが既に十八時過ぎとなっている、そんな状態で女子の彼女をゲームセンターには連れていきたくないからなにか軽く食べて帰ることにした。
どこかに寄ることができればそれでいいみたいで「なにを食べようかなー」なんて楽しげだった、俺とだけでのときでも同じようにできるのは彼女のすごいところだと言える。
「ねえ、楓君があの子とお付き合いを始めたらどうする?」
その場合はおめでとうと言わせてもらうだけだ。
興味があってもいまどうなっているのかを聞けはしないから中途半端に教えてほしくなかった。
「私としては三人で過ごせる時間が減ることは寂しいけど確実にいいことだからおめでとうと言わせてもらいたいかな」
「俺も同じだ」
「そっか、千春君もやっぱり楓君と過ごしづらくなるのは寂しいんだ」
えっ、寂しい……だろうか。
ここ一日や二日の間だけ一緒にいられていないというわけではないからそういうものだとそのときも切り替えて一人でのんびりするだけだと思う。
「だけど大丈夫っ、楓君が変わってしまっても私がずっといるからね!」
「木本も気になる異性に対して頑張ればいい」
「え゛……酷いよ千春君……」
ん? だってそうすれば寂しさを感じなくて済むからいいだろう。
俺なんか一人なら一人なりに楽しいことや落ち着くことを見つけて過ごしていくだけだから気にしなくていいのだ。
「傷ついた、だから今日はもう解散にはなりません」
まだなにも食べていないがそれなら家に連れていってしまえばいいか、関係が変わる前のいまなら楽しく過ごせるだろう。
家にいるときなら邪魔にもならないから沢山話しておけばいい。
「ただいま」
「お邪魔します、……千春君の裏切り者」
まあ、なにか食べにいこうと動き出したのにどこにも寄らずに結局相手の家に、となれば不満も溜まるか。
「お、二人ともおかえり」
「聞いてよ楓君っ、千春君が酷いんだよ!」
「落ち着いて、僕でよければ話を聞くから教えてくれないかな?」
彼女は甘えるのが上手いな。
あと結局はなにも家事ができていないからそのことに少しへこんだ。
こう……学校が嫌いで放課後になったら速攻で帰りたい性格とかだったらよかったのに。
他人からすればなんてことはない空なんかを見られるだけでも一時間以上は時間をつぶせてしまうからついこうなってしまう。
兄も自分だけが作ることになってもなにも文句を言ってこないからそこでもやられて甘えてしまうのだ。
「なるほどね。でもさ、気になる子相手に頑張れってみんな言うんじゃない? というか、なんでそんな話になったの?」
「それはっ」
「楓に恋人ができそうだからだ」
「ええ!? こ、恋人!?」
兄は元々オーバーリアクションタイプだから違和感はなかった。
あと知っていた彼女から言われたのならともかくとして、俺には教えていなくて知らないはずだったのだからそこが気になるのかもしれない。
「あ、もしかして女の子といるところを見られちゃったのかな?」
「それっていつもの子でしょ?」
「それはそうだけど別に千春に隠していたわけじゃないし、いい関係というわけでもないんだ。そもそもあの子には好きな子がいるからね」
よくありがちなやつだよな。
時間が経過してから結局それはその聞かされていた相手のことだった、などという風になるのだ。
「それに僕は千春の側にいてあげないといけないから、最近は守れていなかったけど明日からはちゃんと守って側にいるよ」
「おお、弟思いのいいお兄ちゃんだ」
「うん、だって千春のことが大好きだからね」
「お、おお……」
相手が彼女でもなければ誤解をされてしまうからもう少し気を付けた方がいい。
それに迷惑をかけてしまわないようにいまみたいな生き方を見つけたのにそれでは意味がなくなってしまう。
俺が安定して一緒に過ごせるような存在を見つければ兄も自分のしたいことに集中してくれるだろうか。
「木本」
「どうしたの?」
いや俺が大して頑張ることなく一緒にいられるのは彼女だがどう言ったものか。
一緒にいてくれなんて言ったら引かれそうなので悩むことになった、が、それで不安にさせてしまったのか「なにか怒らせるようなことをしちゃったかな……」と不安そうに呟く彼女が……。
「千春、蒼依ちゃんになにを言いたかったの?」
「俺は楓か木本としかいられないから――」
「つまり一緒にいてほしい、仲良くしてほしいってことだね!? いやーっ、千春がそこまで求めるなんてねー!」
た、楽しそうだ。
俺が否定をしなかったことで少し安心できたのか「言ったでしょ? 私はずっといるからねって。寧ろどこかにいってほしいとか言われていたら泣いちゃっていたところだったよ」と。
「ぼ、僕もだよね?」
「ああ」
「テンションが上がってきたあああ!」
それで台所に戻ってしまった。
気になる異性から言われたのなら分かるがほとんど喋らない可愛げもない弟から言われても嬉しくはないと思うが。
「千春君にももっと話してほしい」
「俺、木本のときは話しすぎだと思う」
「ええ!? 全くそんなことはないけど……」
いや俺からしたら露骨すぎて気持ちが悪かった。
大して努力もせずに話せてしまう環境ができているとこうして調子に乗ってしまうんだな。
「まずは蒼依ちゃんのときだけでもいいからもっと話してみよう、はいどうぞ」
「いつもありがとう」
「「なっ!?」」
ま、興味を持たれないよりはいいか。
暖房も効いていて先程から心地いい時間が続いているから下手をしたら寝てしまいそうだ。
だが後で連れてきた身としては彼女を送らないといけないから寝ている場合ではない、頑張って起きていよう。
「はっ!? もうご飯はできるから千春は寝ないようにね」
ナイス指摘、これで寝てしまうこともないだろう。
固まったままの彼女は楓が戻してくれたから三人揃わなくていつまでもご飯を食べられない、なんてことにはならなかった。
「送ってくる」
「うん、お願いね、蒼依ちゃんまたね」
「ご飯美味しかったよ、またね楓君」
暗くて寒い、彼女はスカートだからもっと寒そうだ。
なんかこうして送ることも当たり前になって、なにも話していなくても気まずくはなくなった、彼女はどうだろうか。
というか、ぼうっとしていた俺に声もかけずに見ていたのならなにか頼みたいことでもあったのでは?
「なにか俺にしてほしいことがあったのか」
「それは……うん、千春君にお家に来てもらいたかったの」
「なにもしなくていいならいく」
彼女のご両親と話さなくていいのなら、彼女と二人きりなら全く問題はない。
部屋にすら入られているのに異性の家であることを気にしたって仕方がないだろう。
「あ、あとさ、全部じゃないけど私の荷物を少し多賀家に置かせてもらいたいんだ」
客間的な場所もあるから少しだけなら問題ないはずだ、仮に許可が下りなかったら俺の部屋にでも置いておけばいい。
「やっぱり難しそうでね……」
あのとき言ったことは嘘ではない。
彼女なら問題ないから兄にもちゃんと話をして自由に行動するべきだ。
「でもね、一番アレなのは千春君と楓君がいてくれて、親が離婚をしてしまっても同じ学校に通えるならいいかなって考えてしまっていることなんだ。出会ってからまだ二年と経っていない状態でそれだけ大きい存在になってしまっているのはいいことなんだけど……」
少なくとも彼女が飽きるまで俺達はずっといる。
友達でいるために努力をする必要がないから、疲れることがないから終わりはそこなのだ。
彼女次第でいまから最後までいけたりいけなかったりするのだ。
「大丈夫だ」
「ち、千春君……?」
不安な状態だとこれだけでは足りなかったか。
「俺達ならちゃんといる」
「あ、ありがとう」
まあ、兄はたまに消えてしまうときがあるから求めているのなら俺の方が相手をしてやりやすいからいいか。
いちいち「楓ならいてくれる」なんて保険をかける必要はなかった。




