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009_選択の贈り物
三日後、私は老婆の家を訪れた。
町外れの古い日本家屋。庭には手入れの行き届いた松と、小さな池がある。鯉が静かに泳ぎ、水面に映る空を乱している。
縁側に座った老婆は、私が差し出した手紙を、震える手で受け取った。
「これは……姉の字です」
涙が、皺の刻まれた頬を伝った。しかしそれは、悲しみの涙ではなかった。六十年間抱えていた疑問が、ようやく解けた安堵の涙だった。
私は見つけたことすべてを話した。
雲の階段のこと、可能性の選択のこと、そして姉が今も生きていること。
老婆は手紙を読み終えると、深く息を吸った。
「姉が……自分で選んだのですね。幸せに生きているのですね」
「はい。そして、あなたに会いたがっています」
老婆は庭を見つめた。池の水面に、夕方の空が映っている。
「私も、会いたい。でも……」
彼女は言葉を探しているようだった。
「六十年です。お互い、別の人生を生きてきました。今更、何を話せばいいのか」
「話す必要はないかもしれません」私は言った。「ただ、会うだけでも」
老婆は微笑んだ。それは、若い頃の写真で見た、姉と同じ微笑みだった。
「そうですね。まずは、手紙を書いてみます。六十年分の報告を」




