008_山を降りて
雲の階段は、夕陽を受けて黄金色に輝いていた。
私たちは慎重に降り始めた。不思議なことに、降りる時には別の景色が見えた。これまでに階段を昇った人々の、その後の人生が、走馬灯のように流れていく。
絵描きの少年は、パリで印象派の巨匠となった。
楽師の少女は、ウィーンで革新的な作曲家となった。
舞い手は、ニューヨークでモダンダンスの先駆者となった。
皆、時代と場所を変えて、しかし確実に世界に影響を与える存在となっていた。
「すごいですね」佐藤が呟いた。「彼らは逃げたのではなく、より大きな舞台を選んだんだ」
二十段目まで降りてくると、雲の階段は再び石段に戻った。しかし、私たちの目には、もう以前とは違って見えた。各段の小石が、かすかに光っているのがわかる。それぞれが、小さな可能性の種だった。
山道を下りながら、私たちは黙っていた。体験したことがあまりに大きく、言葉にするには時間が必要だった。
登山口まで戻ってくると、もう日は沈みかけていた。西の空が茜色に染まり、山の稜線がシルエットとなって浮かび上がる。
「私は、これを論文にはしません」
佐藤が突然言った。
「これは、必要な人だけが見つければいい真実だと思うんです。ただ、記録は残します。いつか、誰かの役に立つように」
私も同意した。この体験は、広く知られるべきものではない。
しかし、忘れ去られるべきものでもない。




