拾捌
大谷がまた生前の夫みたいに子供達とゲームに興じて末っ子が船を漕ぎ子供達を寝かしつけた。
階下に降りるともう帰る支度をしてる。
「大谷さん…絶対、真犯人捕まえましょうね。」杏が静かに言う。
子供に父親が亡くなっただけでも悲しいのに転校や引っ越しで不安や孤独を感じさせたくない!
そう思ってるのに、つい頭の中で噂のない場所へ逃げたい気持ちが湧く。
本当に弱った瞬間、世間はキバをむいてくる。
それまで平凡で平和な世界だと思ってたのに…
認知症の病院や徐々に身体の機能が衰えるパーキンソン病の施設でもイジメて辱めて遊ぶ人間もいるらしい。
今、杏は犯人のターゲットなのだ。
私の不幸をほくそ笑んでいたぶろうとしてる奴がいる。
私だけなら良いが、子供達にあんな涙を流させるなんて!
「絶対見つけて殺してやる!」杏が小さく呟く。
大谷は、またビビる。
「とにかく早く解決しょう。でも、大ごとになるのは
これからな気もする。」そう言いながら大谷は帰って行った。
まあ、家から5分のマンションだが。
「私がすでに知ってる人の中に居ると大谷さんは予測してた。夫の劇団仲間や子供のママ友やら葬儀に来てくれた人を思い返しても、皆本当に我が事のように悲しんでいた。
1番薄情だったのは親族だ。
今でも、道でママ友と話すと笑って話してるのに急に泣き出すお母さんもいる。
自分の夫が死んだら…と想像してしまうらしい。
劇団仲間達は、もう集団自決しそうな勢いで見てて気の毒だった。
今も駅前のキャロットシアターで追悼公演をしょうと募金を募って金策してる。ポスターがすでに貼られて主人の笑顔がいつも駅前にある。
その舞台も子供達と観たいから絶対引っ越したくない!
昔から関わってくれてる人の中に犯人が居るとは到底思えない!
今だって『謎の女』の噂話はそこら辺で全くされない。
まず、皆にワンピースの麦わら帽子の杏のイメージが無いのだろう。おじいちゃんと同伴するイメージも湧かないのだろう。
盛り上がってるのは、杏を全く知らない人達だ。
劇団仲間はスナックにも顔を出してくれる。元々、ママは三茶の有名人だったらしく
生前夫も何度か仲間とスナックで歌ったりしていたらしい。杏が知らなかっただけだ。
ママは全く覚えてくれてなかったが。
スーパーを休職して10日経つ頃、黒田が迎えに来てなぜかニコニコしてる。
話があるそうなので中に入って貰った。
「どうしたんですか?」冷たい麦茶を出すと一気飲みした。
落ち着いた黒田にしては珍しい。
「あのホスト、やっと古河家から引っ張り出せるよ!
逮捕のメドついた!」黒田が嬉しそうだ。
「やりましたね!スゴい!」思わず黒田の手のひらをガシッと握る。
「ほんと、杏さんは警察の女みたいだなあ〜
これ相手の手をひねる時の柔術の技だよ…」黒田が杏の両手で挟まれた手を抜くべきか悩んでる。
「エッ!そうなんですか?知らなかった!
それより、つまり架空名義を使ったその兄と名乗る人物が見つかったって事ですよね?」そのまま脇に引く。
「ああ、あの架空名義を良く使う組織が渋谷にあるんだ。半グレのブルードラゴンだ。そこにあのホストの血縁が居るんだ。
父親がホストの母親とは結婚してるが、兄は完全な私生児だ。だから、なかなか辿り着けなかった。」
なかなかややこしい家みたいだ。
「父親はヒモを生業にしてたチンピラみたいだ。
ホステスの家に転がり込んでる内に兄が出来たが追い出されたようだ。
で流れ流れてホストの母親が看取ったらしい。」戸籍や捜査が大変そうだ。昔の事を知ってる人間を探し出すだけでも大変だ。
「兄からホストに接触してきたみたいだな。半グレと言ってもかなり組織化してる。特定は出来たが…彼は、無戸籍なんだ。だから、本当に兄なのかどうかは…分からないな。」黒田の話しを聞いてるだけでもこんがらかる。
「無戸籍とか、あるんですか?」杏が驚く。
「ああ、ウチに世話なる人間には良くあるよ。親が役所に届けないとな。そうなる。
又は、親自身も最初から無戸籍とかな。」
「はあ…」黒田の話が信じられなくて唖然とする。
「普通に生きるにはハンデだが、彼等みたいな暗黒社会で生きるには有利だったりするんだ。
実際、その兄はブルードラゴンの幹部なのに仲間でも本名も住んでる所も知らないらしい。」黒田が説明する。
「エッ、じゃあどうやって捕まえるんですか?」杏が不安になる。
「通名で指名手配をかける。でホストをとりあえず勾留する。あの家からとにかく追い出せる。」
ここまでたった1週間で持ってきたのだ。黒田がどれだけ頑張ったか分かる。
が、何だか不安がぬぐえない。
無戸籍とか考えもしなかった。どこの誰だか分からない人。
元よりこの世に存在するかも分からない人物なのだ。
そんな人物が杏の存在を知ってる?
不気味すぎる。




