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執着の果て編10(対決)

その日、涼介は健斗と麻衣の結婚式の準備をしていた。


式場の最終確認を終え、細かな手配について話し合い、ようやく準備がひと段落したところだった。


「今日はありがとうな、涼介。」

「お前の結婚式だろ。手伝うのは当然だ。」


健斗は照れくさそうに笑い、涼介も軽く肩を叩く。

「じゃあ、俺はこっちだから。」


そう言って、それぞれ帰路につこうとした時——


深夜の静けさを切り裂くように、黒い車のエンジン音が響いた。


人気のない裏道。

涼介は、スタジオを出たばかりだった。


疲れた身体を引きずりながら歩く彼の背後に、ゆっくりと忍び寄るヘッドライト。


次の瞬間、車のエンジン音が急激に唸りを上げた。


——違和感。


涼介は身構え、振り返る。

しかし、車のヘッドライトは彼ではなく、少し先を歩いていた男の背中を照らしていた。


「健斗——!?」


——轢かれる。


瞬時に理解し、涼介が駆け出そうとしたその瞬間——


ドンッ!!!!


強い衝撃音とともに、健斗の身体が宙を舞った。


「健斗!!」

涼介の叫びが、静まり返った夜の街に響く。


黒い車は、そのまま蛇行しながら走り去っていった。


涼介は駆け寄り、地面に横たわる健斗を抱き起こす。


「おい、健斗!! しっかりしろ!!」


健斗の口元から、赤い液体が零れ落ちる。


「……は……お前……無事……か……?」

かすれた声が、涼介の耳に届く。

「……俺が……狙われてたんだよな……」


健斗は微かに笑った。

涼介の喉が詰まり、声が出ない。


血が、地面にじわりと広がっていく。


「……お前が……無事で……良かった……」

そう言って、健斗はふっと力を抜いた。


「健斗!! おい、健斗!!」


——遠くで、サイレンの音が聞こえ始めていた。



⭐︎⭐︎⭐︎



病院の白い廊下には、消毒液の匂いが満ちていた。


集中治療室の前。


麻衣は座って震える手を握りしめ、何も言わずに祈るように目を閉じていた。


涼介も壁に背を預け、じっと扉を見つめる。


健斗が運ばれて数時間。

医者の「今はまだ何とも言えない」という言葉が、冷たく頭に残る。


この期に及んで、まだ茉利は「ただの妨害」だと考えていたのか。


——いや、違う。


今回の件で、それは明確な「犯罪」へと踏み込んだ。


——そもそもここまで放置したこと自体が間違いだったのかもしれない。

——もう、許せない。


涼介は静かに、しかし確かな決意を込めてスマホを手に取る。


財閥の存続さえ揺るがす“あの事”を公にするには、もう一つの「賭け」が必要だった。


危険な賭け。


しかし——


「終わらせよう、茉利。」


自分の大事な人達を、これ以上踏みにじらせはしない。


涼介は深く息を吸い込み、迷いなく通話ボタンを押した。



⭐︎⭐︎⭐︎



——茉利は、勝利を確信していた。


涼介から連絡があったとき、彼女は静かに微笑んだ。


「話がしたい。」


彼のその言葉を聞いた瞬間、胸が甘く疼いた。

ようやく気づいたのね。

どれだけ抗っても、私のものでしかありえないと。


彼が家族や友人を守ろうと足掻く姿を見て、茉利は何度も苛立った。

でも、とうとう涼介は悟ったのだろう。


——結局、逃れられないのだと。


この手から、私から、涼介はどこへも行けない。


「彼を迎えなさい。」


彼女がそう指示すると、執事たちは静かに一礼し、すぐに涼介を邸宅へと迎えに行った。


今夜、すべてが決まる。

涼介は、自分の元へ戻ってくるのだ。


茉利は艶やかなドレスに身を包み、ワインを手にしながら静かに待つ。


——だって、涼介は私のものなのだから。


静まり返った部屋の中。

重厚な扉が開き、ゆっくりと涼介が姿を現す。


彼の姿を見た瞬間、茉利はワイングラスを傾け、微笑んだ。


「よく来たわね、涼介。」


赤いワインが揺れる。


ソファに腰掛ける彼女の姿は、まるで女王のようだった。

化粧は完璧に施され、整えられた髪も隙がない。


けれど、その目だけが、どこか虚ろだった。

焦点の合わない瞳が、涼介を見つめる。

彼が一歩、また一歩と慎重に進むたび、茉利の表情は徐々に満足げなものに変わっていく。


「やっと、私のもとへ戻ってきたのね。」


茉利は、ワイングラスと自分のスマートフォンをテーブルに置き、優雅に立ち上がる。

涼介を見つめるその目には、支配者としての確信があった。


「あなたも、ようやく理解したでしょう?」

「……何を。」


涼介は淡々と問いかける。

茉利は微笑みながら、ゆっくりと歩み寄った。


「あなたは、私からは逃げられない。」

彼女はそっと、涼介の頬に手を伸ばす。


「どれだけ足掻いても、あなたの居場所はここにしかないの。」


涼介は何も言わず、その言葉を聞いていた。

まるで、逃げることを諦めた男のように——。


茉利の指が、そっと涼介の頬に触れる。

「……私のものになりなさい。」


——その一瞬だけ、涼介はわずかに俯いた。


そして、小さく息を吐き出す。

「先にベッドで待っててくれ。」

静かな声音だった。


茉利は眉をひそめたが、すぐに優しく微笑んだ。

「……いいわ。」


涼介は、ふっと小さく笑った。

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