執着の果て編5(ダチ)
「……なんだ、これ。」
工場長が震える手で部品を持ち上げた。
瀬戸工場で製造した機械部品の一部に、ありえない異物が混入しているのが発見されたのだ。
それはほんの小さな欠陥——しかし、工業製品において「ほんの小さな欠陥」ほど恐ろしいものはない。
「取引先からクレームが入ってます……このままだと、損害賠償ものですよ……!」
「ちょっと待て、うちの検品でこんなミスが見逃されるわけがねえ!」
健斗は苛立ちを隠せないまま、細工された部品を睨みつけた。
「誰かが、工場のラインに手を加えたってのか?」
「……今、監視カメラの映像を確認しています。でも、怪しい人物は映っていなくて……。」
内部犯か、それとも外部からの妨害か。
どちらにせよ、これは偶然の事故ではない。
健斗はすぐに涼介へ連絡を入れた。
「部品に細工? どこまでやるつもりなんだ、あの女……。」
涼介はスマホの通知を確認しながら、鋭く息を吐いた。
工場の売上が持ち直し始めた途端、この妨害。
あまりにも都合が良すぎるタイミングだ。
「健斗、大丈夫か?」
「……正直、やべえ。取引先がまた撤退を検討し始めてる。」
「大丈夫だ。逆にこれがチャンスになるかもしれない。」
『……は? どこがチャンスなんだよ。』
「この細工を仕掛けた証拠を掴めば、向こうを逆に追い詰められるってことだよ。」
涼介の目が鋭く光る。
「とにかく、一つずつ証拠を潰していくぞ。」
まず涼介は、健斗とともに工場の監視カメラの映像を徹底的に分析した。
一見すると、不審な人物は映っていない——だが。
「……待てよ。」
映像を早送りしながら、涼介はふと気づいた。
「ライン作業の時間が、一瞬だけ妙に長くなってる部分がある。」
「……確かに。普段の流れより、数秒遅いな。」
わずか数秒の「異変」。
この瞬間に、誰かが細工を施した可能性が高い。
「ここで何があったのか、確認しよう。」
作業員たちへの聞き込みを行うと、ある証言が浮かび上がった。
「その時間帯だけ、外部のメンテナンス業者が入っていました。」
「……どこの業者だ?」
「◯◯メンテナンスという会社です。ですが、普段契約している業者ではなく、『社長からの推薦』だと聞いていました。」
「……社長?」
健斗と涼介が顔を見合わせる。
——その「社長の推薦」が、本当に社長、つまり健斗の父親のものなのか?
涼介はすぐに健斗の父親に問い合わせた。
「◯◯メンテナンス? そんな業者、推薦してないぞ。」
「……やっぱりな。」
つまり、この業者は茉利の手の者という可能性が高い。
さらに調べると、この業者が過去にも競合他社で「異物混入のトラブル」を起こしていたことが判明した。
その企業は倒産し、結果的に競合だった大企業に吸収されたという。
「つまり、茉利はこれと同じ手を使って健斗の工場を潰そうとしてるってわけか。」
涼介はすぐにこの業者の「過去の不正行為」をまとめ、ネットで拡散した。
ネットで「◯◯メンテナンスの不正行為」が拡散され始めると、今度は健斗の工場が被害者であることが明らかになっていく。
「なるほどな……細工を仕掛けたのは工場側じゃなくて、外部の業者だったって話か。」
「うちの工場が欠陥品を作ったんじゃないって証明されたわけだ。」
「むしろ、誰かが意図的にこの工場を潰そうとしてたってことか……。」
この話が取引先にも伝わると、「それならば」と契約継続を決める企業が増えていった。
さらに、涼介は自身の番組で「今、誠実な製造業が狙われている」という特集を組み、「正しいものづくりを続ける企業の大切さ」を視聴者に訴えかけた。
——健斗の工場は、「狙われた側の被害者」として逆に世間の同情を集め、結果的にブランドイメージを回復させていくことになった。
加えて、涼介にとっても朗報があった。
涼介の元に一通の匿名のメッセージが届く。
『仁村茉利が動いた証拠がある』
添付されていたのは、◯◯メンテナンスの代表とある人物の通話記録。
その音声データには、はっきりと「仁村茉利」という名前が含まれていた。
涼介たちは、初めて茉利へと繋がる証拠を一つ手にした。
ーーしかし、涼介がどれだけ対処しても、そのたびに茉利は予想もつかない新たな一手を繰り出してきた。
⭐︎⭐︎⭐︎
ラウンジの薄暗い照明が、茉利の冷たい笑みを際立たせていた。
彼女は優雅に脚を組み、グラスを傾けながら、目の前の男を見下ろす。
「ねえ、蓮。」
静かで、しかし有無を言わせぬ声。
「涼介を、潰してちょうだい。」
蓮は無言のまま、グラスの氷を転がす。
「具体的には?」
「簡単なことよ。」
茉利はゆっくりと微笑む。
「ホスト時代の涼介の『本性』を、公にしてちょうだい。」
蓮の手が止まる。
「……本性?」
「ええ。」
茉利は楽しげに微笑む。
「彼、記者会見でホストだったことは認めてたでしょう?」
「……ああ。」
「でも、具体的にどんなホストだったかは語られていない。だったら——作ればいいじゃない。」
「……作る?」
「『女を騙して金を巻き上げていた』とか。『枕営業を強要していた』とか。何でもいいのよ。“元ホスト” という肩書がある限り、少しでも疑いをかけられたら終わりなの。」
茉利はグラスを揺らしながら、涼しげに笑う。
「記者たちは“スキャンダル”が大好きよ。あなたが証言すれば、あとは勝手に広まるわ。」
「…………。」
蓮はグラスを持ち上げ、一口飲む。
「……俺に、アイツを売れってことですか。」
「そういうことね。」
茉利は余裕の笑みを浮かべたまま、グラスを揺らす。
「あなたなら、できるでしょう?」
それは、拒否を許さない声だった。
「……面白そうな話ですね。」
蓮はグラスを傾け、一口飲むと、静かに目を細めた。
蓮は短く息をつき、ソファにもたれかかった。
「ーーだが、断る。」
そしてはっきりと言った。
「あいつは……俺のダチだから。」
その一言に、茉利の笑みが僅かに引きつった。
「……ダチ?」
「ああ。」
蓮は静かに頷く。
「俺は、ダチを売るような真似はしねえよ。」
茉利はグラスを置き、無言で蓮を見つめた。
「考え直す気はないのね?」
「考えるまでもねえよ。」
次の瞬間、彼女の指が軽く鳴らされると、控えていた部下が一歩前に出る。
「あなたがそのつもりなら、仕方ないわね。」
茉利は立ち上がり、コートを羽織る。
「でも、後悔しないでね。……私、本気だから。」
そのまま、彼女は踵を返し、部下を従えて去っていった。
蓮はその背中を見送りながら、眉をひそめる。
(やっかいな女だ……。)
だが、それで終わりではなかった。
翌日から——彼女は本格的に動き出したのだった。




