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芸能界編6(愛するということ)

撮影終了後の楽屋。


静寂の中、涼介は椅子に腰掛け、鏡に映る自分をじっと見つめていた。


ーー映るのは、完璧な顔立ちの男。

多くの人を魅了し、惹きつけてきた男。

だが、その瞳の奥に映るものは、常にどこか虚ろだった。


「……俺は、人を狂わせてしまう力を持っている」


それは、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。


実際に、彼の魅力に囚われた人々は数え切れないほどいる。

熱狂、執着、妄信、嫉妬——そのどれもが、最初は美しい好意の形をして近づき、やがて歪み、狂気へと変わっていった。


それなのにーー

「大丈夫よ、私には大切な人がいるから」


高宮裕奈は、何も変わらなかった。

彼と話し、目を合わせても、心を乱されることなく、ただ穏やかに微笑んでいた。


(……どうしてだ?)


今まで、どんな相手も強弱はあっても、少しずつ影響を受けていった。

それが恋愛感情に変わることもあれば、崇拝や執着に変わることもあった。


けれど裕奈は違った。まるで、最初から彼の力が作用しないかのように。


『私には大切な人がいるから』


その言葉が頭の中で何度も反響する。


涼介は、かつてのホスト時代を思い出していた。


彼が働いていたホストクラブのオーナー、桐生。

あの店で働いていた間、どれだけ近くにいても、彼だけは涼介の力の影響を一切受けなかった。


桐生には、病弱な妻がいた。

彼は、たった一人の女性を深く、強く愛していた。


どんな美しい女性が近くにいても、彼の視線は、ただ一人の女性から決して揺らぐことはなかった。


そして、桐生の妻もまた同じだった。

彼女は、涼介の目を見ても全く揺らぐ事はなかった。


(……まるで、裕奈さんと同じじゃないか)


涼介の脳裏に、裕奈の顔が浮かぶ。

裕奈もまた、決して揺らぐことのない、確かな愛を持っていた。


その時、ふと、桐生の言葉が蘇る。

「俺も、あいつも、“欠けた心”を持ってねぇからだよ。」


涼介はゆっくりと目を閉じる。


——欠けた心。


それはつまり、満たされることのない空白。

だからこそ、人は執着し、求め、狂わされる。


しかし、その執着の度合いには個人差があった。

それはつまり——欠けた心の大きさの違い。


満たされないものが大きければ大きいほど、執着は激しさを増す。

逆に、心の中に確かなものを持っている者は、この力に翻弄されることはなかった。


桐生も、彼の妻も、そして裕奈も——

最初から、満たされていた。


だからこそ、涼介の「力」など、何の意味もなかったのだ。


3人に共通しているもの——それは、確固たる愛。

誰かを心から大切に思う気持ちが、強く、揺るぎなく、確立されていること。


涼介はふと、もう一人の人物を思い出す。


——健斗。


小学校の頃から、彼だけはずっと変わらずに涼介の隣にいた。

芸能界に入ってからも、誰よりも近くで見守り続けた。


(あいつも……)


健斗は、いつも涼介に振り回されることなく、自然体で接してくれた。

涼介がどんなに周囲の人間関係に疲れ果てても、変わらず「涼介は涼介だろ」と笑ってくれた。


その存在が、どれほど救いになっていたか。


(……あいつもまた、誰かに対して“確かな愛”を持っていたんじゃないか……?)


健斗は幼い頃に母親を亡くした。

しかし、彼は決して「愛を知らない」わけではなかった。


むしろ——


(あいつは、父親の愛も、亡くなった母親の愛も……ちゃんと受け取っていたんだ。)


だからこそ、健斗は揺らがなかった。

涼介の側にいながらも、この力に翻弄されることはなかった。


「……健斗、お前……すげぇな……」


ふと、涼介の口から小さく言葉がこぼれた。


裕奈の言葉、桐生の姿、健斗の存在——すべてが一つの答えへと収束していく。


「……そうか」

涼介は息を呑んだ。


魅了の力は、“人を狂わせる呪い”ではない。

本質は——“人の欠落や孤独を投影する力”だった。


ただし、それをどう受け取るかは相手次第だった。

この力は、欠けた心にこそ作用する。

欠けた心を埋めようとする者ほど深くハマり、執着し、時には狂気に染まる。

逆に、心の中に確かなものがあれば、この力は影響を及ぼせない。


魅了の力は、“人の心に入り込む”。

だが、確かな愛を持つ人には、それが入り込む余地すらなかった。


「……なるほどな」

涼介はふっと笑った。


ずっと呪いのように感じていたこの力が、初めて少しだけ意味のあるものに思えた。


ーー自分の力は、人を壊すものではなく、本来は誰かを救うためのものだったのではないか?


ふと桐生の言葉を思い出す。

『お前が本当に満たされる時が来たら……その力も、必要なくなるかもな。』


彼は鏡を見つめながら、そっと目を閉じる。


ーーもし……俺が、誰かを心から愛することができたなら……

ーーそのとき、この力に縛られることもなくなるのだろうか。


ふと、これまでの人生で、ただの一度も”誰かを心から愛したことがない”ことに気づく。


その事実が、何よりも彼の胸を刺した。



⭐︎⭐︎⭐︎



「おい、涼介。そっちはもう終わったか?」

健斗の声に振り向くと、彼はスーツ姿のまま、結婚式の準備で散らかったテーブルを前に立っていた。


「おう、引き出物のリストは確認した。あとは会場側に最終確認を入れるだけだな。」


「お前、意外とこういうの得意だよな。」

健斗がニヤリと笑うと、横で麻衣がくすくすと笑いながら言った。

「ねえ涼介くん、結婚式のプランナーに転職する気はない?」


「勘弁してくれ。お前らのためだから手伝ってるんだ。」

涼介は苦笑しながら答えた。


それにしても——こうして健斗と麻衣の結婚準備を手伝うことになるとは、少し前の自分なら想像もしていなかった。


ホスト時代、自分の周りにいたのは欲望や執着に囚われた人間ばかりだった。


自分を手に入れようとする者も、利用しようとする者も、その感情の根底にあるのは“所有”だった。


けれど、目の前の二人は違う。


健斗は麻衣を支え、麻衣もまた健斗を支えていた。

どちらかが一方的に求めるのではなく、互いに寄り添い、補い合っている。

ーー“愛する”って、こういうことなのだろうか?


そんなことを考えていたとき、ふと健斗が言った。

「お前も、そろそろ本気で誰かを愛せよ。」


「……は?」

涼介が思わず聞き返すと、健斗は冗談めかした笑みを浮かべた。

「お前、鬼の様にモテるくせに誰とも付き合わねえだろ。昔からさ。」


「まあ……な。」

涼介は曖昧に笑う。


「それって、もったいないよね。」

麻衣が優しく言った。


「涼介さんは、人を惹きつける力があるのに……。きっと、本当に好きな人ができたら、その人をすごく大事にすると思うんだけどな。」


「俺が……誰かを?」

涼介は、自分の胸に手を当てる。


今まで、“愛される”ことはあっても、“愛する”ことなんて考えたこともなかった。


そもそも、俺は本当に誰かを愛せるのか?


「まあ、考えとけよ。」

健斗が軽く肩を叩く。


「お互いを思い合える相手が見つかったら、その”力”も変わるかもしれねえぞ。」


「……そうかもな。」


涼介はぼんやりと答えながら、自分の中に生まれた疑問を改めてかみしめる。


——俺は、誰かを本気で愛せるのか?

そして、その答えが見つかったとき、俺は何を選ぶんだろうか——。

執着をもたらす”魅了の力”とは何なのか、自分なりに見つけ出した答えがこれでした。

物語は終盤に向かって進んでいきます。

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