表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/48

芸能界編5(国民的女優・高宮裕奈)

控室の窓から差し込む柔らかな光が、静かな空気を作り出していた。


外の喧騒とは対照的に、この部屋だけはまるで時間が止まっているかのように静かだった。


涼介は、目の前に座る高宮裕奈を見つめた。


撮影の合間の休憩時間。

偶然か、それとも意図的かーー二人きりになる機会が訪れた。


国民的女優、高宮裕奈。


32歳にして、未だ第一線を走り続ける彼女は、芸能界において特別な存在だった。

それは単に美しさや演技力だけではない。


彼女には、見る者を惹きつける威厳と確かな実力があった。


涼介が芸能界を離れていた5年の間も、彼女は変わらずトップの座に君臨し続けていた。


意外にも、彼と彼女は、これまで一度も共演したことがなかった。


「不思議ね。」

裕奈がふっと微笑む。

「あなたとは、これまで何度かすれ違うことはあったのに、こうしてじっくり話すのは初めてね。」


彼女は穏やかに言いながら、カップにそっと口をつけた。


涼介は、彼女の佇まいを静かに観察する。

彼の持つ“力”は、時として男女問わず人を惹きつけ、時には狂わせさえする。


だが、裕奈の周りに人が集まる理由は、それとは違っていた。

彼女には、不思議な温かさがあった。

特別な何かをしているわけではない。

ただそこにいるだけで、自然と人が寄り添いたくなるような、そんな雰囲気があった。


誰もが、彼女といると心地よさを感じる。

それは魅了の力とは違う、彼女自身が持つ温もりだった。


「……そうですね。」

涼介も軽く笑った。


彼が12歳で芸能界に入り、23歳で突然姿を消すまでの間、同じ業界にいた筈だが、二人が仕事で交わることはなかった。


年齢差があったこともあるが、それ以上に、活動のフィールドが微妙に異なっていたのだろう。


彼女は映画やドラマを中心に活動し、女優としてのキャリアを積み重ねてきた。

対して涼介は、ドラマ、音楽、バラエティと多方面に活躍し、「奇跡の少年」と呼ばれた存在だった。


けれど、今こうして向かい合ってみると、改めて思う。


ーー彼女は、俺の力にまったく影響を受けていない。


どんな相手も、自分を意識せずにはいられないはずなのに。

どんな相手も、少しずつ惹きつけられ、気づけば目を離せなくなってしまうはずなのに。


彼女は、まるで何も感じていないかのように、ただ静かに涼介を見ていた。


(何も……変わらない)


裕奈は自然な表情で涼介を見つめている。


これまで、どんな女性も彼と一定時間接していれば、微細な変化があった。

視線が熱を帯びたり、言葉遣いがぎこちなくなったり、次第に執着へと変わっていく——けれど、彼女は違った。


まるで、最初から「そういうもの」として受け流しているようにさえ見えた。


「篠宮さん?」

涼介が沈黙していることに気づいた裕奈が、優しく声をかける。


「……ああ、いえ」

言葉を濁しながら、涼介はふっと息を吐いた。


(どうしてだ……? 何かが違う)


この違和感が何なのか知りたかった。

今まで、彼の前でこういう人間はほとんどいなかったから。


しばらく沈黙が流れた後、涼介はぽつりと呟くように言った。


「……俺は、人を狂わせてしまう力があるんです」


ふとした瞬間、心の奥にずっと溜まっていたものがこぼれ落ちた。


裕奈は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。

「……そうなの?」


声を荒げるわけでもなく、疑うでもなく。

ただ、まっすぐに受け止めるような声音だった。

その反応に、涼介は戸惑いを覚えた。


「……俺と関わる人は、どこかおかしくなってしまう。俺に執着して、時には壊れてしまうこともあるんです。だから、できるだけ距離を取らなきゃいけないのに……みんな俺を放してくれない」


言葉に出して初めて、自分がどれほどこの現実に疲れ果てていたのかを思い知る。


裕奈は静かに耳を傾けていた。

そして、ふっと微笑んだ。


「でも、大丈夫よ」

「……どうして?」


涼介の声は、無意識にかすれた。


裕奈はゆっくりと首を振りながら、言葉を紡ぐ。

「私には、大切な人がいるから」


その言葉を聞いた瞬間、涼介の心が強く揺さぶられた。

「……大切な人?」


「そう。私が私でいられる人。私の全部を捧げてもいいと思える人。だから、誰かに流されることはないし、心を狂わされることもないの」

彼女は穏やかに微笑んでいる。


そこには、涼介が今まで見てきた「魅了された人間」のような陶酔や執着はない。

ただ、確かな意志を持つ女性の姿があった。


(俺の力に影響されないのは……この人が、誰かに心を預けているからなのか?)


初めて抱く感覚だった。

魅了する力に振り回され続けた涼介にとって、「魅了されない人間」がいるという事実そのものが衝撃だった。


「私も昔は、執着していたの。ある人に、どうしようもなく惹かれて、振り向いてほしくて必死だった。でもね……」


ゆっくりと息を吐き、裕奈は静かに続ける。

「ある時、気づいたの。大切な人って、ただ求めるだけの存在じゃないのよ。あなたも、きっと見つかるわ」


涼介は息をのんだ。

「……俺にも?」

「ええ。誰かを大切に想うことで、自分自身を保てる人が」


裕奈の瞳はまっすぐだった。

決して同情でも、慰めでもない。

涼介の未来に、確かなものを見ている目だった。


ーーこの力は、人を狂わせるだけのものじゃない。


誰かを大切に想うことで、力に溺れずに生きることができるのなら——


涼介は初めて、自分の力に「答え」があるかもしれないと感じた。

この物語はこのシーンを思い描き、そこから書き始めました。

高宮裕奈は拙作「二人で輝くとき」の主人公兼ヒロインです。

彼女はもう一人の主人公、久住渉に執着をしていました。

かつて激しい執着をし、その執着を昇華させた彼女が、執着を受ける涼介にどの様な気づきを与えるのか。

それが、本作で一番書きたかった所です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ