芸能界編4(誠実な対応)
芸能界に復帰してから、もうすぐ半年が経とうとしていた。
復帰直後は世間の目が厳しかったものの、徐々に新しい仕事が増え、彼の存在感は再び強まっていた。
——そして、今のところ茉利からは何の動きもなかった。
涼介は、それが逆に不気味に思えてならなかったが、余計なことを考えても仕方がない。
目の前の仕事をこなすことに集中するしかないのだ。
そんなある日、健斗から連絡があった。
「よぉ、久しぶり。」
「どうした?」
「ちょっと報告があってな。」
涼介は怪訝な顔をしながら、スマホ越しに健斗の声を待った。
「……俺、麻衣と結婚することになった。」
一瞬、時が止まったような気がした。
「……マジで?」
「おう。まだ式とかは決めてねぇけどな。」
健斗の声はどこか照れくさそうだったが、それが嘘ではないことはすぐにわかった。
「……そっか。」
涼介は小さく息を吐いた。
「おめでとう。」
「お、おう……ありがとな。」
健斗が少し気恥ずかしそうに笑うのが聞こえた。
「それだけ言いたかった。んじゃ、またな。」
電話が切れる。
涼介はスマホを見つめながら、ふっと微笑んだ。
「……結婚、か。」
窓の外を見ると、夜空には小さな星が瞬いていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
執着の芽は芽生えつつあった。
共演する女優たちも、徐々に涼介の魅力に抗えなくなっていった。
撮影の合間、控え室で台本を読んでいると、ふと横に座ってくる共演女優がいる。
「ねえ、涼介くん。」
ふわりと香水の甘い香りが漂う。
柔らかな視線がこちらを覗き込んでいた。
「今度の休み、時間ある?」
カメラの前では恋人役を演じる二人。
だが、それはあくまで演技の世界の話。
「……いや、ちょっと予定が入ってて。」
「そっか。じゃあ、また今度誘ってもいい?」
悪戯っぽく微笑む彼女に、涼介は穏やかに微笑み返す。
「うん。でも、ごめん。俺はそういうつもりじゃないから。」
一瞬、女優の表情が固まる。
「……え?」
「期待させるような態度を取っていたなら、ごめん。」
彼は相手の目を見つめたまま、はっきりと告げた。
また 別の日、撮影が終わると別の女優がそっと彼を呼び止めた。
「篠宮さん、少しお時間いいですか?」
静かな廊下。周りには誰もいない。
「……何?」
その瞬間、彼女は真剣な眼差しで言った。
「好きです。」
「……。」
「ずっと、あなたに憧れていました。でも、こうして一緒に仕事をするうちに、本当に好きになったんです。」
涼介は一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに深く息を吸い、静かに口を開いた。
「ありがとう。」
「……っ」
「でも……俺は、その気持ちには応えられない。」
「どうして?」
彼女の瞳が揺れる。
「俺に憧れてくれるのは嬉しい。でも、それは恋じゃないと思う。」
それを聞いた彼女はカッとなって叫ぶ。
「私の気持ちを、あなたに決められたくない……!」
「そうだね。俺が決めるんじゃない。……でも、俺には、そういうふうに思えないんだ。」
相手の瞳を正面から見つめながら、涼介は言葉を紡ぐ。
かつてなら、こんな場面で彼は曖昧な態度を取っていたかもしれない。
けれど——もう逃げない。
彼は知っている。
期待を持たせたまま、流されるように応じることが、どれほど相手を傷つけるかを。
だからこそ、真正面から向き合うと決めた。
そんなふうに、彼の周囲には絶えず熱を持った視線が集まっていた。
復帰後の人気の高まりが、さらにそれを加速させていた。
それでも涼介は、誰の気持ちにも誠実に向き合い、一つ一つの想いに真摯に応えた。
ーーそれは、彼の5年間の放浪がもたらした成長だった。
逃げ続ける人生に終止符を打つと決めたからこそ、彼は正面から相手と向き合う覚悟を持てた。
だが、それがまた、新たな問題を生むことになるのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
しかし、涼介が誠実に断り続けたことで、逆に彼を諦められない女性たちが増えていった。
かつての彼ならば、曖昧な態度を取ることで相手の気持ちを持たせたまま終わらせていたかもしれない。
しかし、今の涼介ははっきりと「応えられない」と伝える。
それが、かえって相手の執着を強める結果になった。
「どうして、そんなに冷たいの?」
ある日、共演女優の一人が涼介の控室に押しかけてきた。
「別に冷たいわけじゃない。ただ……」
「何よ、それ。どうせ私以外にもたくさんの人に好かれてるのに、誰も選ばないの?」
彼女は苛立ちを隠そうともせず、彼を睨みつけた。
「そんなつもりは……」
「どうせまた『ありがとう』とか言うんでしょ?」
「……」
涼介は黙ったまま、その場に立ち尽くす。
「あなたのそういうところが、一番ずるいのよ。」
彼女はそう言い残して去っていった。
また別の日、ある女優が突然SNSに意味深な投稿をした。
《報われない恋ほど、苦しいものはない》
すぐにファンの間で話題になり、「篠宮涼介のことでは?」という憶測が飛び交った。
事務所もこれには神経を尖らせ、涼介に注意を促した。
「下手な対応をすると、スキャンダルに発展するぞ。」
「……分かってる。」
涼介は深くため息をついた。
誠実に対応することで、逆に彼の価値が上がり、執着する人間が増えていく。
それはまるで、かつてのホスト時代と同じ状況だった。
彼の中に、ふとあの言葉が蘇る。
『あなたは、存在自体が魅了なのよ。』
ホスト時代の客だった由麻の言葉が、現実味を増して響く。
彼は逃げるつもりはなかった。
だが、どうすればこの状況を打開できるのか。
答えを見つけられないまま、涼介は再びスポットライトの下に立ち続けるしかなかった。
そんな中、彼は一つの仕事を受けた。
ーー国民的女優、高宮裕奈との共演だった。
ようやくここまで来ました。
この次の話が一番書きたかった所です。




