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ホスト編9(伝説の夜)

︎ある夜、VIPルームにて。


煌びやかなシャンデリアの下、琥珀色の液体がグラスの中で揺れる。


茉利は足を組みながら、じっと涼介を見つめていた。


「ねえ、涼介。」

その瞬間、涼介の指がピクリと動いた。

「……涼、ですよ。」


静かに訂正するが、茉利はクスリと笑う。

「違うわ。あんた、篠宮涼介でしょ?」


涼介の表情がわずかに強張る。

「何の話です?」

「シラを切るのね。でも、もう全部調べたの。」


茉利はスマホを取り出し、画面をスライドさせる。

そこには、かつて芸能界にいた頃の涼介の写真が並んでいた。

映画の舞台挨拶、CM、ドラマのワンシーン……。


涼介は目を細め、静かにグラスを傾ける。

「……大した情報網だな。」

「当然よ。私がどんな人間か、あなたも分かってきたでしょ?」


茉利は優雅に笑いながら、手を差し出した。


「これからは、”涼介”と呼ぶわ。」

「……好きにしてくれ。」

「ええ、好きにする。」


涼介はため息をつきながら、ゆっくりとグラスを置いた。

そして確信する。


ーーこの女は、もう手を引かない。




ホストクラブの扉が開いた瞬間、シャンパンタワーの輝きが視界いっぱいに広がった。


高級シャンパンの泡が黄金色の光を帯びながら塔の頂点から流れ落ち、シャンパングラスを次々と満たしていく。


華やかなドレスに身を包んだ女性たちの歓声、音楽に合わせて舞うホストたちの声が、今夜が“特別”であることを物語っていた。


——篠宮涼介、28歳の誕生日。


「涼さん!お誕生日おめでとうございます!」

「今日の主役、最高にカッコいいわ!」


ひときわ豪奢なソファに腰掛ける涼介の周りには、多くの女性客が集まっていた。

彼はグラスを片手に、微笑みながらそれぞれの視線を受け止める。


だが、その中心にいる彼自身はどこか冷めていた。

目の前で繰り広げられる豪奢な宴。

札束が飛び交い、高級酒が惜しみなく注がれる光景。


「涼介。」


ふと、甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。

すぐ隣に、白いドレスを纏った女が座っていた。


仁村茉利。


この夜の最大のスポンサーにして、涼介を最も独占したがる女。


「すごいわね、あなた。ホストになって1年もしないで、こんなに店を盛り上げるなんて。」

「……茉利のおかげだよ。」

「ふふっ、それがまた素敵よ。」


茉利は長い指でワイングラスをなぞりながら、涼介を見つめる。


「今夜は特別な夜よ。だから、私も特別なプレゼントを用意したの。」


そう言うと、茉利はスマホを取り出し、画面を涼介の前に見せつける。


『本日の売上:1億円突破』


「……すごいな。」

「当然よ。あなたのために、これまでで最高額を使ったんだから。」


茉利は満足そうに微笑み、ワインを口にする。

その表情には、彼女なりの“愛情”が滲んでいた。


そして、スマホの画面を操作しながら、涼介をじっと見つめる。


「ねえ、涼介。」

彼女はスマホを持ったまま、妖艶な笑みを浮かべた。


「今、このスマホのパスコードを……あなたの誕生日にするわ。」


涼介の眉がわずかに動く。

「……俺の誕生日?」

「そう。だって、あなたは特別だから。」


茉利は何のためらいもなく、スマホの設定を変更し、涼介の誕生日の数字を入力した。


——パスコード変更完了。


その一瞬の行為に、彼女の異常な執着が滲んでいた。


だが、それだけでは終わらなかった。


茉利は自分のスマホを閉じると、今度は涼介をじっと見つめながら、甘く囁く。


「あなたのスマホを出しなさい。」


涼介は一瞬動きを止める。


「……何のつもりだ?」

「決まってるじゃない。今度は、あなたの番よ。」


茉利は何気ない仕草でワインを揺らしながら、しかし目だけは鋭く涼介を見据えていた。


「あなたのスマホのパスコード、私の誕生日に変えなさい。」


静かに、しかし強制力を持つ声。

まるで、それが当然であるかのように。


涼介はわずかに表情を曇らせたが、やがて無言のままスマホを取り出す。


「……これでいいか?」


目の前で、自らの手でパスコードを変更する。

数字を打ち込む指に、かすかな抵抗が滲んでいた。


——パスコード変更完了。


それを確認すると、茉利は満足そうに微笑み、グラスを掲げた。


「これで、おあいこね?」


茉利は、ただ満足そうに微笑み、グラスを掲げる。


「それじゃあ、伝説の夜に——乾杯。」


無数のグラスがぶつかり合い、シャンパンの泡が弾ける。

歓声が響く中、涼介は静かに微笑んだ。


ーーその日の売上は伝説として、涼介の名をさらに業界に轟かせることになる。





やがて、彼女の執着は激しさを増していく。


涼介が他の女性客と話しているだけで、不機嫌になる。


「ねえ、私よりあの女の方がいいわけ?」

「お客さんですよ。」

「私も客でしょ?」

「平等に接するのがホストの仕事ですから。」


その瞬間、茉利の表情が一瞬だけ凍りついた。


「……違うわよ。」

彼女はグラスをテーブルに置き、真っ直ぐに涼介を見つめる。


「私は、“他の客”じゃないわ。」

その言葉には、強烈な独占欲が滲んでいた。


それからというもの、彼女は涼介の行動を細かく監視するようになった。


「今日はどこにいたの?」

「誰と会ってたの?」

「店が終わった後、どこに行くの?」


少しでも気に入らないことがあると、次の日には涼介の周囲のホストたちに圧力がかかる。


「涼介の予定、全部報告しなさい。」


やがて、店のスタッフすら茉利に逆らえなくなり、涼介の行動は常に彼女の知るところとなった。


「ねえ、まだ私のものになる気はないの?」

「……ならない。」

涼介がそう言うと、茉利は一瞬、心底不思議そうな顔をした。


まるで、自分の支配が通用しないことが理解できないかのように——。


しかし、次の瞬間には、ゆっくりと微笑んだ。


「……いいわ。」

その笑みは、どこか怖かった。


「じゃあ、もう少し時間をかけてあげる。」


彼女の執着は、すでに狂気の領域へと足を踏み入れようとしていた。

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