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ホスト編8(仁村茉利)

シャンデリアの光がきらめくホストクラブの一角。


高級感に満ちた店内には、艶やかなドレスに身を包んだ女性たちが酒を片手に笑い声を響かせていた。


——その中心に、彼女はいた。


仁村茉利にむらまり


20代前半くらいだろうか。

長い黒髪をゆるやかに巻き、深紅のドレスを身にまとう。


その姿はまるで舞台の主役のようで、否応なく視線を集める存在だった。


端正に整った人形のような顔立ち。

切れ長の瞳はどこか冷たく、それでいて、そこに囚われた者は二度と目を逸らせない。


唇は柔らかな曲線を描き、赤ワインを含むたびに、艶やかに光る。


圧倒的な美しさ。

それは、誰もが羨望し、けれど本能的に畏れる類のものだった。


この店に通い始めてすでに一年以上で常連客と言える存在。

但し、彼女の遊び方は独特だった。


最初の頃は、ふらっと店にやってくると、店の『永久指名制度』にも反し、金にものを言わせて派手に飲み、気に入ったホストを囲って楽しんでいた。


しかし、次第に選ぶことに飽きたのか——あるいは、誰もが自分の思い通りになることに退屈したのか。


最近は、店のナンバー上位のホストを次々と指名し、彼らが自分の前でどんな男を演じるのかを見極めることを楽しんでいた。


甘い言葉、媚びへつらう態度、忠実な献身。

どれも彼女にとっては、ありふれた“退屈しのぎ”に過ぎなかった。


——だからこそ、新人ホストの存在は、彼女にとってまた新たな刺激となる。


彼が、どんな反応をするのか。


涼介が席へと案内されると、茉利はゆっくりとグラスを傾けながら、興味深げに彼を見上げた。

大きな瞳が艶めき、艶やかな唇が微かにほころぶ。


「あなたが新入り?」


唇に浮かべた笑みは優雅でありながらも、どこか試すような色を帯びている。

その視線はまるで、品定めをするかのようだった。


「そうです。涼です。」

「へえ……なかなかいい顔してるじゃない。」


茉利はゆっくりと足を組み直しながら、隣に座るホストに目をやる。


「ねえ、私が気に入ったら、どんなことでもしてくれる?」


彼女がそう言うと、周囲のホストたちは苦笑しながらも何も言わなかった。

おそらく、彼女のこの手の“試し”に慣れているのだろう。


涼介はそんな彼女をまっすぐに見つめながら、淡々と答えた。

「お客様が楽しい時間を過ごせるようにするのが、俺の仕事ですから。」

「……面白いじゃない。」


茉利はクスッと笑い、テーブルに肘をついて涼介に顔を近づける。

「じゃあ、私を楽しませてくれる?」


彼女の目は試すようでいて、どこか退屈を紛らわせるための遊びのようでもあった。


「もちろん。」


涼介は微笑み、シャンパンのボトルを手に取った。


——この瞬間、彼はまだ知らなかった。


この出会いが、自分の人生にどれほどの波紋を広げることになるのかを。




仁村茉利と出会ってから1ヶ月。

茉利は、彼の客の中でも別格の存在になっていた。


最初はただの常連客だった。

毎回高級シャンパンを開け、涼介たちを軽くあしらいながら優雅に振る舞う。


彼女にとってホストクラブは退屈を紛らわす遊びの一つにすぎないように見えた。


これまで彼女は、店内で誰とでも飲むものの、決して永久指名をしなかった。

どれほど金を使おうとも、それはただの「遊び」であり、ホストに執着することはなかった。


しかし——


「ねえ、あんた、私のものになりなさいよ。」


ある夜、シャンパンタワーの前で微笑みながら、茉利は涼介をじっと見つめた。


「……それはつまり?」

「決まってるでしょう? 今日からあんたを永久指名するってことよ。」


ホストクラブのルール上、一度永久指名を入れた客は、もう他のホストに変えることはできない。

つまり、茉利が他のホストと飲むことはもうない——その言葉の意味を、涼介はすぐに理解した。


「光栄です。」

そう言って微笑んだ涼介を見て、茉利は満足そうにグラスを傾けた。


この瞬間から、彼女は単なる客ではなく、涼介にとって最も特別な“客”になった。


「今月の売上、あんたのナンバーいくつ?」

「ニ番です。」

「ふうん……。一番じゃないんだ。」


ある夜、茉利は不機嫌そうにグラスを揺らしながら呟いた。


「来月は一番にしなさいよ。いくら必要?」

「有難いけど、あまりそういうのに頼りたくないので……。」

「面白いこと言うわね。」


彼女は笑いながらも、すぐにスタッフを呼びつけ、最高級のシャンパンを何本も注文した。

結局、その夜だけで数百万が消えていった。




シャンデリアの灯りが柔らかく揺れ、煌びやかな空間に低く音楽が流れる。

茉利は、いつものように優雅にグラスを傾けていた。


しかし、その手が次の瞬間、テーブルに何かを放り出した。


バサッ——と心なしか大きな音がする。


札束だった。


分厚い束が無造作に重なり合い、そこにいた誰もが一瞬、言葉を失うほどの額が並べられた。

静寂を破るように、茉利の艶やかな声が響く。


「いくらなら、あんたを買えるの?」


彼女はグラスを持つ手を組み、楽しそうに涼介を見つめた。


「……は?」

涼介は思わず聞き返したが、彼女はまったく気にした様子もなく、さらに言葉を続ける。


「だから、ホストなんて辞めて、私のものになればいいじゃない。毎日ここで接待するより、よっぽど楽だと思わない?」


彼女の指先が札束の端をすっとなぞる。

札の一枚一枚が、まるで彼女の思い通りになることを約束する証のようだった。


金で全てを思い通りにできる。

彼女はそう信じていた。


涼介は苦笑して首を振る。

「俺は売り物じゃないので。」

「ふぅん……」


茉利は少し考え込むように目を伏せたが、すぐに笑みを浮かべた。

「ま、今はそう言ってても、そのうち変わるわよ。」


彼女はそれ以降も変わらず涼介に金を注ぎ込み続けた。


毎回のようにシャンパンタワーを作り、店の売上記録を次々と更新していく。


「私、今月だけでいくら使ったと思う?」

「……幾らかな。」

「三千万よ。」


彼女は当然のように言い放ち、涼介の腕に指を這わせる。


「これだけ使ってるのに、あんたは私のものにならないのね。」

「金で人の心は買えないよ。」

「へえ……でも、他のホストは皆、私の言うことを聞くわよ?」


茉利の視線は試すように涼介を見つめていた。

その目には、ほんの少し苛立ちが滲んでいた。




仁村茉利ーー四柱しちゅうと呼ばれる四大財閥の筆頭、仁村財閥の一人娘。


彼女は、単なる「財閥のボンボン娘」ではなかった。

彼女は、実際に仁村財閥の経営に深く関わり、膨大な資金の管理を担っていた。


幼い頃から叩き込まれたのは、情ではなく数字の世界。

母は茉利が生まれてすぐに亡くなった。

愛された記憶はなかったが、父に求められることは知っていた。


「お前は、仁村財閥を背負う者だ。」


幼少期から最高の教育を受け、財務、経営戦略、投資管理を徹底的に叩き込まれた。

父からの期待に応えるため、彼女は財閥の資金運用を任され、政治家への献金ルートすら掌握するほどの権限を持つに至った。


彼女が数字を動かせば、企業が買収され、政界の勢力図すら変わる。

それほどの影響力を持ちながらも、彼女は決して満たされることはなかった。


「数字は裏切らない。でも、人は?」


どれだけ完璧に財閥を運営しても、父は一度も「よくやった」と言わなかった。

父が口角を上げるのは、資産報告の数字が予定通りだった時だけ。


彼女の世界には、感情よりも効率が優先される。

愛よりも、結果が求められる。


——だからこそ、涼介に惹かれた。


彼は、金で動かなかった。


茉利はこれまで、ホストクラブに通うたびに、金をちらつかせるだけで男たちを意のままにしてきた。

100万、500万、1000万——数字を積み上げれば、男たちは次第に彼女のために尽くすようになる。


「茉利さん、俺が貴方のNo.1ですよね?」

「今日は茉利さんのために、このボトル開けますよ!」


ホストたちは笑顔を振りまき、彼女に媚び、彼女の気分を損ねないように言葉を選ぶ。

彼らにとって、茉利は「ただの金づる」に過ぎなかった。


だが、涼介は違った。


「すごい額だな。」

茉利が高級シャンパンを次々と開けても、彼はただ淡々とそう言っただけだった。


——期待していた反応ではなかった。


普通なら、男はもっと喜ぶはずだ。

もっと感謝し、もっと縋りついてくるはずだ。

彼女の顔色を窺い、機嫌を取ろうとするはずだ。


彼は決して迎合しない。

彼女の機嫌を取ろうとしない。

どれだけ金を使っても、彼の心は一向に動かなかった。


そのことが、彼女の中で何かを疼かせた。

金で動かない男——その存在に、強く、強く惹かれた。


初めて出会った、「金では手に入らない存在」。


だからこそ、欲しくてたまらなかった。

どれだけ金を積んでも、どんな手を使ってでも、自分だけのものにする。


ーー彼女の狂気が徐々に芽生えつつあった。

この世界の財閥の話はいずれ別の物語で書きたいと思っています。

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