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ホスト編7(違和感)

涼介は次第に、客たちの様子に違和感を覚え始めていた。


以前よりも明らかに金遣いが荒い。

高級ボトルが次々と開けられ、ブランド品のプレゼントが当たり前のように差し出される。


「涼介くん、これ、新作の時計。似合うと思って。」

「ねぇ、今度はもっといいシャンパン入れようか?」


微笑みながら差し出される品々。

しかし、ふとした瞬間に彼女たちの指先が震えているのを涼介は見逃さなかった。


異変に気づいたのは、ある夜のことだった。


指名が終わり、休憩のために裏に戻ろうとした時、涼介は廊下で客の一人である由麻とすれ違った。


彼女は派手なドレスをまとい、いつも通りの華やかな笑顔を浮かべていたが、どこか様子がおかしい。

頬がこけ、以前よりも目の下のクマが目立っていた。


「……少し、痩せた?」


思わず口をついた言葉に、彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせた。


「えっ……ううん、大丈夫よ? ちょっと最近、忙しくて。」

「仕事か?」

「そうそう。最近、新しいお店始めたの。」


——新しいお店?


「どんな?」


「あのね……夜のお仕事。」

軽い調子で言う彼女の表情には、どこか影が差していた。


「でも、お金がすぐ入るから、こうやって涼介くんに会いに来られるの。」


——ゾクリ、と背筋が冷えた。


「……どういう意味だよ?」

「だからね、私、涼介くんのために頑張ってるの。」


涼介は言葉を失った。


「……それ、どんな仕事だ?」


彼女は少しだけ口角を上げ、悪戯っぽく笑う。

「……指名料、一晩で稼ぐには、それなりのことをしないとね。」

「……!」

「大丈夫だよ、慣れれば平気だから。」

「……お前、まさか……」

「涼介くんが私を欲しいって言うなら、お店辞めてもいいよ?」


涼介の指が強く拳を握りしめる。

「……やめろ。」


彼女は首を傾げた。

「どうして?」

「……そんなこと、する必要ないだろ……」


「必要あるよ。」

彼女の目が揺れる。

「だって、涼介くんに会えなくなるほうが……よっぽど辛いもん。」


涼介は喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。


——また、だ。


芸能界や工場での出来事が脳裏に蘇る。

あの時と同じだ。

自分がいるだけで、周囲の人間が次々と変わっていく。


それがどれほど歪んだ形であってもーー

彼女たちは疑問すら抱いていない。


そんな涼介の沈黙を、由麻は愛おしそうに見つめながら、ふっと微笑んだ。


「ーーあなたは、存在自体が魅了なのよ。」


その声音は甘く、優しく、そしてどこか狂気じみていた。


「涼介くん?」


彼女の手がそっと涼介の指に触れた。

「ねぇ、今度はもっといいボトル入れるわね。」


その言葉を聞いた瞬間、涼介は無意識に手を引いた。


視線の端に、カウンターでグラスを傾ける蓮の姿が映った。


彼は何も言わない。

ただ、すべてを見透かすような目で涼介を見ていた。



⭐︎⭐︎⭐︎


数日後の夜。

店の休憩室で、涼介はひとり頭を抱えていた。


深いため息をつく。

ここに来てから、何度この感覚に襲われただろうか。


「お前、大丈夫か?」


ふと、煙草の匂いが漂ってきた。

顔を上げると、入り口にもたれかかるように立っている蓮の姿があった。


「……わかんねえよ。なんでこんなことになってるのか、自分でも分からない。」


低く搾り出した声。


蓮はゆっくりと煙を吐き出しながら、静かに言った。


「お前はそれだけの”魅力”を持ってんだよ。……それに気づかない様にしてるだけだ。」


魅力——。

その言葉に、涼介の背筋が冷える。


入店した時の桐生の言葉が蘇る。

『君は、自分の”魅力”が何か、分かっているか?』


気づいてないどころか嫌になる程自覚していた。

自分の力が周りの人間を壊していく。

それはこれまでの人生で嫌というほど見てきた現実だった。


「蓮……俺はここにいていいのか?」


沈黙。


蓮は一瞬だけ考え込み、そして、薄く笑った。

「それはお前が決めることだ。けど、俺は……この店には、お前が必要だと思ってるよ。」


必要——。

その言葉が、涼介の胸に重くのしかかった。


ふと、彼は顔を上げる。

「……お前、こうなること、分かってたな?」


蓮は肩をすくめ、くわえた煙草を指で弾いた。

「そりゃそうだろ。」


灰皿に灰が落ちる。


「ホストやってりゃ、そんなことは当たり前だ。俺らは夢を売ってるんだぜ?」

「……夢?」

「ああ。客はそれを求めて店に来る。ひとときの、泡沫の様な夢を見せる。それが俺らの仕事だ。」


蓮は笑ったが、その目はどこか冷めていた。

「その夢の代金が高いかどうか、どうやって金を稼ぐかは、俺らが決めることじゃない。」


涼介は唇を噛みしめた。


「でも——」

「でも、じゃねえよ。」


蓮は涼介をまっすぐに見た。

「お前だって薄々気づいてたんじゃないのか? 普通の人間が、数十万、数百万なんて大金、どうやって稼いでいるか。」


涼介は何も言えなかった。


そして、その夜。

涼介は街の夜風に当たりながら、自分の居場所について考え続けた。


自分は、ここにいていいのか。

自分は、何を求められているのか。


その答えが出ないまま、涼介は店の扉を開けた。


——その瞬間。

彼の運命を大きく揺るがす客と、出会うことになる。

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