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ホスト編6(愛せるっていいな)

ホストを始めてから半年が経ち、涼介がフロアに立つたびに、彼を指名する女性が増えていく。


派手な服装をした若い女性たちは涼介を囲み、他の客に負けじと競うように高額なボトルを次々と注文した。


「涼介くん、このボトル、私のために開けてくれる?」

「今日は私が涼介くんと話すの!」


その場が楽しい宴のように見える一方で、嫉妬や独占欲が渦巻いているのは明らかだった。


フロアの構造上、指名ホストが別の客と接している姿は、他の客からも見える。

涼介がほんの少し他の女性に目を向けるだけで、すぐに不満げな視線が飛んできた。


「ねえ、もう他の席行っちゃうの?」

「私のために時間空けてるんでしょ?」


腕を掴まれることもあれば、拗ねたように唇を尖らせる客もいる。

涼介がほんの少し他の女性に目を向けるだけで、客同士の火花が散る。


そうした反応が、店の売上につながることはわかっている。


だが——

涼介はその状況に嫌気が差し始めていた。


自分の存在が人間関係を壊していく。

それは工場での経験がそのまま繰り返されているように感じられた。


涼介に執着する客は増えていった。


若い学生、既婚の主婦、さらには昼間は会社の部長を務めるというキャリアウーマンまで――彼に吸い寄せられるようにして店を訪れる。


涼介は店での接客中も彼女達の視線を感じ、次第に息苦しさを覚えるようになる。



⭐︎⭐︎⭐︎


深夜のホストクラブ「Paraiso」。

営業が終わり、店内にはもう客の姿はない。


「……なあ、蓮」

カウンターに肘をつきながら、涼介が低く呟いた。


「ーー引っ越したいんだ。」


蓮は煙草をくわえたまま目線を上げる。

「は?」


「最近、やばいんだ。帰り道に後をつけられるのが当たり前の様になってきた。店の前で待ち伏せしてる客もいるし、家まで特定されそうになってる。」


「……チッ、マジか」

蓮は煙を吐きながら、少し考え込むように顎に手をやった。

「ま、そりゃお前みたいなやつがホストやってりゃ、そうなるか」


涼介は肩をすくめる。

「だから、店の寮はもう限界なんだ。もっとセキュリティがしっかりしてる場所が欲しい」


蓮は無言で煙草を灰皿に押し付け、ポケットからスマホを取り出した。


「まあ今のお前の売上からすれば大したことないんだろうが……セキュリティがしっかりしてるとこってなると、高級マンションになるが、いいんだな?」

「頼む」

「……ったく。店としては有難いが、お前がどんどん金持ちになってくのが何かムカつくわ」

「俺も好きで稼いでるわけじゃない」

「明日には手配しとく。……ちゃんと賃料は払えよ。」


涼介は静かに頷いた。


これで少しはマシになるかもしれない——そう思いたかった。



⭐︎⭐︎⭐︎


煌びやかなネオンが揺れる街を抜け、暖簾をくぐる。

店内は程よい喧騒に包まれ、カウンター席では仕事帰りの客たちが酒を酌み交わしていた。


視線を巡らせると、すでに一人で飲んでいた健斗が軽く手を上げる。


「よう、来たな。」

「おう。」


涼介は隣に腰を下ろし、適当にビールを頼む。


店員がグラスを置き、軽く泡がはじける音がした。


健斗が持っていたグラスを軽く掲げる。

「ほら、乾杯。」

「ああ。」


軽くグラスを合わせると、涼介は一口飲み、喉を鳴らした。

再会した当初はまだぎこちなかったが、何度か飲むうちに余計な気を使うこともなくなった。

今では、自然に隣に座り、こうして酒を酌み交わせる。


軽く雑談した後、健斗は躊躇いがちに切り出した。

「ちょっと話したいことがあってよ。」

健斗はジョッキの水滴を指でなぞりながら、ゆっくりと口を開く。


「話?」

「こないだ麻衣と会ったんだってな……俺さ、麻衣と付き合うことになったんだ。」


涼介は一瞬、グラスを持つ手を止めた。

泡が静かに消えていく。


「……へぇ。」


健斗は気まずそうに視線を泳がせた。

「お前、気にしてたろ?麻衣のこと。」

「気にする?」

「だって、アイツ……お前のこと、好きだっただろ。」

「……。」


「悪いことしたかなって思ってさ。」

健斗は、自嘲気味に笑った。


涼介は、少しの間沈黙した。

だが、それは怒りや悲しみのためではなかった。

むしろ、自分の心の奥底を探るためのものだった。


やがて、ふっと笑みを浮かべる。

「何言ってんだよ。」

「……え?」

「俺は嬉しいよ。お前が麻衣を大事にするなら、それが一番だろ。」


涼介はグラスを持ち上げ、軽く掲げる。

「おめでとう。」


健斗は、驚いたように涼介を見つめた。

その顔には、安堵と少しの戸惑いが入り混じっていた。


「……ありがとな。」

小さく笑いながら、健斗もグラスを持ち上げる。


二つのグラスが軽く触れ合い、澄んだ音を立てた。


——それなのに、どうしてだろう。


グラスを傾けながら、涼介はふと考えていた。


麻衣が健斗を選んだことに、何の動揺もなかった。

むしろ、心から祝福できた。


それはたぶん、本当に健斗が大切な友人だから。

麻衣の幸せを心から願っているから。


だけどーー


ーー俺は、誰かを本気で愛したことがあるんだろうか?


恋愛はしてきた。

人に好かれることには慣れていた。

けれど、心の底から、誰かを「手放したくない」と思ったことがあるか?


そう考えた瞬間、涼介は無意識にグラスを見つめた。

シャンパンの泡が、静かに弾けて消えていく。


健斗の隣には、きっと麻衣がいる。

そして二人は、これから共に歩んでいくのだろう。


ーー人を愛せるって、いいな。


涼介はそんなことを考えながら、静かに微笑んだ。

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