ホスト編2(初出勤)
「……で、俺から誘っておいてなんだが、お前、本気でやるつもりか?」
控室のソファに座り、蓮が腕を組んで涼介を見つめていた。
「正直、どう見ても篠宮涼介だよな。客にバレるのは時間の問題だぜ?」
「……だろうな。」
涼介は鏡の前に立ち、ため息をついた。
芸能界を引退して4年。表舞台から消えても、どこでも気づかれることはあった。
ただ、工場で働いていた頃は、今よりも地味な格好をしていた。
髪は黒に染め直し、表情もわざと無愛想にし、極力人と関わらないようにしていた。
さらに、仕事を転々としていたのも大きかった。
地方の工場や土木作業員など、体を動かす仕事を中心に渡り歩き、その都度名前も変えた。
芸能界にいた頃の話を振られたことはあったが、ただの「似てる人」で済まされたのも、派手な世界とは正反対の場所にいたからだろう。
ただ、ホストという派手な世界で、しかも近い距離で客と接する。
隠し通すのは簡単ではない。
「まあ、安心しろ。」
蓮が立ち上がり、涼介の肩をポンと叩く。
「お前を篠宮涼介じゃなくしてやるよ。」
「……どうする気だ?」
「まずは見た目だな。その髪、切るぞ。」
「……は?」
「お前の顔立ちは整いすぎてんだよ。髪型まで洗練されてると、余計に篠宮涼介にしか見えないの。」
そう言って、蓮はバリカンを手に取った。
「短くして、少しワイルドにする。トップは残して無造作感を出せば、雰囲気が変わる。」
「いや、待て、いきなりそんな——」
「安心しろって。こう見えて昔は芸能科がある高校でこういう事もやってたからな。あの国民的女優の高宮裕奈とも同級生だったんだぜ。」
「まあ、速攻告って断られたけどな」と笑いながら、蓮は容赦なくバリカンを入れた。
「おい……!」
「動くな。失敗して変な髪型になっても知らねえぞ。」
涼介は観念して目を閉じる。
「よし、次はカラコンだな。」
「カラコン?」
「芸能界時代のお前の目は印象的すぎる。アイドル特有の透明感のある黒目ってやつだ。だから、少し濁らせる。」
蓮は茶色がかったカラコンを涼介に渡した。
「つけろ。」
涼介は渋々カラコンを装着し、鏡を覗き込んだ。
「……結構変わるな」
「ほらな? 少し垢抜けた一般人っぽくなっただろ?」
確かに、カラコンの効果で印象が柔らかくなった。
「次、メガネな。」
黒縁のメガネを手渡される。
「メガネまで……?」
「篠宮涼介がメガネなんてかけてるところ、誰も見たことねえだろ?」
言われてみれば、確かにそうだった。
「で、名前だ。篠宮涼介なんて名乗れねえだろ?」
「……そうだな。」
「じゃあ、シンプルに涼だな。」
「涼?」
「名字は伏せろ。ホストなら名前だけで十分だ。」
「……お前、妙に手際がいいな。」
「まあな。新人ホストを作るのは、昔から得意なんだよ。」
蓮は自信ありげに笑うと、涼介、いや“涼”の肩を叩いた。
「さあ、仕上げだ。」
「まだあるのか?」
「話し方を変えろ。」
「話し方?」
「お前の喋り方は芸能人特有の聞き取りやすい話し方なんだよ。抑揚とか滑舌とか、そういうのが完璧すぎんの。」
「……職業病みたいなもんだな。」
「だから、少し崩せ。砕けた言葉遣いを意識しろ。」
蓮は腕を組んで考え込む。
「そうだな……とりあえず、敬語は極力使うな。もう少しフランクに話せ。」
「例えば?」
「“ありがとうございます”じゃなくて、“ありがとな”とか。“どうしました?”じゃなくて、“どした?”とか。お前のキャラなら、ちょっと適当なくらいがちょうどいい。」
「……なるほど。」
「まあ、あとはやりながら調整だな。とにかく、篠宮涼介を捨てろ。」
涼は鏡を見つめた。
髪型も、目の色も、メガネも、話し方も変えた。
確かに、そこにいるのは“涼介”ではなく、“涼”という別の男だった。
「どうだ?」
「……すごいな。」
蓮は満足げに頷くと、ニヤリと笑った。
「さあ、デビュー戦だぜ。涼さんよ。」
☆
涼介は「Paraiso」の一員として正式にデビューした。
彼は緊張しながらも、静かに店内の様子を眺めていた。
煌びやかな店内では、ホストたちがそれぞれの席で女性たちに笑顔を振りまき、時折店中に笑い声が響いていた。
蓮が彼の隣に立ち、にやりと笑った。
「どうだ?すげえだろ。この空気感。」
「……ああ。想像以上に華やかだな。」
涼介の声には、期待と不安が入り混じっていた。
「いいか、お前は”篠宮涼介”を捨てて、あとは自然体でいろ。それが一番お前の魅力を引き出すからさ。」
蓮の言葉を聞きながら、涼介は深呼吸をし、初めての席に向かった。
蓮が案内した席には、20代後半と思われる派手な服装の女性が座っていた。
彼女の名前はリサ。常連客であり、蓮の指名客の一人だった。
「涼、今日はお前の初日だから、俺の客で練習してみろ。」
蓮はリサに軽くウィンクを送りながら、涼介を紹介した。
「こいつ、今日からここで働くことになった涼。よろしく頼むよ。」
リサは興味深げに涼介を見つめた。
「ふーん、イケメンじゃない。よろしくね、涼くん。」
涼介はぎこちなく頭を下げた。「よろしく。」
最初は会話に入るのが難しく、涼介は蓮が主導する話題を隣で聞いているだけだった。
しかし、リサがふと涼介に目を向けた。
「ねえ、涼くんはどうしてホストになったの?」
その質問に涼介は一瞬言葉に詰まった。
彼がホストになった理由は、迷いと蓮の誘い、そして逃げ場がなかったからだった。
しかし、そんな本音を正直に話せるはずもない。
「少し自分を変えてみたいと思ってね。」
そう答えると、リサは微笑んだ。
「真面目そうな子ね。でも、そのギャップが逆にいいかも。」
蓮が軽く肩を叩いた。
「ほら、いい感じじゃないか。その調子でどんどん話せよ。」
接客が終わり、夜が更ける頃、涼介は店の裏口で一息ついていた。
疲れた顔をしていると、蓮が後ろからやってきて声をかけた。
「お疲れ。どうだった、初日?」
「……思ったより難しいな。でも、なんとか乗り切ったよ。」
「上出来だよ。お前、自然にしてるだけで客が引き込まれる。それ、才能だからな。」
蓮の言葉に、涼介は少しだけ安堵を覚えた。しかし、その胸の奥にはまだ割り切れない感情が残っていた。
自分の力がまた誰かを傷つけるのではないかという恐怖だった。
「俺、本当にここでやっていけるのかな。」
蓮は笑いながら涼介の肩を叩いた。「心配すんな。俺がついてる。」
その一言に、涼介は救われた気がした。
この蓮は拙作「二人で輝くとき」高校生編で裕奈に告白した三浦蓮でした。
その告白を裕奈が断ってからは登場しませんが、その後どういう過程でホストになったんでしょうね。




