第五編 勝者の代償
1998年・日本 — 黒田誠司
第一章 完璧な勝利
黒田誠司は、チェスで負けることが許せなかった。それは幼いころ、父親に何度も言われていた言葉にある。
「一番でなければ、意味がない」
その言葉は、誠司の人生を支配していた。彼は勝つために努力し、勝つために人間関係を犠牲にし、勝つことでしか自分を認められなくなっていた。
古道具店でチェス盤を見つけたとき、彼は運命を感じた。盤は、誠司に勝利を与え続けた。
大会で優勝し、ライバルを破り、名声を手に入れたが…勝つたびに彼の記憶から何かが消えていった。
最初は昔の友人の顔。次に母親の声。そして、チェスを始めたばかりのころ、父親に褒められた日の記憶。
誠司は、それでも勝ち続けた。
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第二章 盤の外の王
ある夜、誠司は白のキングの底に、三本の傷が刻まれていることに気づく。その傷の横には、小さな文字があった。
『王を盤の外へ』
誠司は笑った。
「こんな反則で勝てるわけがない」
盤の向こうから声が聞こえる。
『お前は、勝つことしか知らない』
「黙れ」
『勝つことをやめたら、お前には何が残る?』
誠司は答えられなかった。
その夜、夢の中に幼いころの自分が現れた。少年の誠司は、父親にチェスで負けて泣いている。
「泣くな。負けたことを恥じろ」
少年は顔を上げた。
「でも、楽しかったんだ」
誠司は息をのむ。忘れていた…自分は勝つためにチェスを始めたのではなかったことを。ただ、盤上の駒を動かすことが楽しかったのだ。
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第三章 最初の反則
誠司は、黒のキングを盤の外へ出す。その瞬間、部屋中の鏡が割れ、白のキングが激しく揺れた。
エドガーの声が響いた。
『戻せ!』
誠司は恐怖に震えながらも、駒を戻さない。
「俺は、もう勝たなくていい」
白のキングに光が走る。しかし、呪いは完全には消えなかった。エドガーの影が誠司の背後に現れ、彼の記憶を奪い始めた。
誠司は、自分の名前さえ思い出せなくなった。それでも彼は最後の力で、白のキングの底に刻まれた文字を紙に写した。
『王を盤の外へ』
その下に、もう一つ書き加えた。
『ただし、王が自ら望むときに』
それが誠司が残した最後の謎だった。その後、彼の姿を見たものはいない。
チェス盤だけが、再び次の持ち主へと渡された…




