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第五編 勝者の代償

1998年・日本 — 黒田誠司

第一章 完璧な勝利




黒田誠司は、チェスで負けることが許せなかった。それは幼いころ、父親に何度も言われていた言葉にある。


「一番でなければ、意味がない」


その言葉は、誠司の人生を支配していた。彼は勝つために努力し、勝つために人間関係を犠牲にし、勝つことでしか自分を認められなくなっていた。


古道具店でチェス盤を見つけたとき、彼は運命を感じた。盤は、誠司に勝利を与え続けた。

大会で優勝し、ライバルを破り、名声を手に入れたが…勝つたびに彼の記憶から何かが消えていった。


最初は昔の友人の顔。次に母親の声。そして、チェスを始めたばかりのころ、父親に褒められた日の記憶。


誠司は、それでも勝ち続けた。



***************


第二章 盤の外の王




ある夜、誠司は白のキングの底に、三本の傷が刻まれていることに気づく。その傷の横には、小さな文字があった。


『王を盤の外へ』


誠司は笑った。


「こんな反則で勝てるわけがない」


盤の向こうから声が聞こえる。


『お前は、勝つことしか知らない』

「黙れ」

『勝つことをやめたら、お前には何が残る?』


誠司は答えられなかった。


その夜、夢の中に幼いころの自分が現れた。少年の誠司は、父親にチェスで負けて泣いている。


「泣くな。負けたことを恥じろ」


少年は顔を上げた。


「でも、楽しかったんだ」


誠司は息をのむ。忘れていた…自分は勝つためにチェスを始めたのではなかったことを。ただ、盤上の駒を動かすことが楽しかったのだ。



******************


第三章 最初の反則




誠司は、黒のキングを盤の外へ出す。その瞬間、部屋中の鏡が割れ、白のキングが激しく揺れた。

エドガーの声が響いた。


『戻せ!』


誠司は恐怖に震えながらも、駒を戻さない。


「俺は、もう勝たなくていい」


白のキングに光が走る。しかし、呪いは完全には消えなかった。エドガーの影が誠司の背後に現れ、彼の記憶を奪い始めた。


誠司は、自分の名前さえ思い出せなくなった。それでも彼は最後の力で、白のキングの底に刻まれた文字を紙に写した。


『王を盤の外へ』


その下に、もう一つ書き加えた。


『ただし、王が自ら望むときに』


それが誠司が残した最後の謎だった。その後、彼の姿を見たものはいない。

チェス盤だけが、再び次の持ち主へと渡された…



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