第六編 百年の声
2026年・日本 — 朝倉湊の祖母
第一章 最後の記録
湊の祖母は、チェス盤に関する記録を長年保管している。
アレクサンドルの名。
ウィリアムの暗号。
佐伯のノート。
澪の手紙。
誠司の最後の書きつけ。
それらは一冊の古い帳面にまとめられていた。だが盤の呪いを完全に解くことはできなかった。
しかし、歴代の持ち主が残した言葉を読み返すうちに、一つの結論にたどり着く。呪いを生み出したのは、チェスそのものではない。
エドガーの恐怖だった。
彼は死ぬことを恐れ、敗北を恐れ、誰かに自分を忘れられることを恐れた。
その恐怖から逃れるために、他人の魂を盤に閉じ込め、支配される者が勝利を求めるほど、エドガーは力を増していった。
祖母は、最後のページにこう書いた。
『エドガーを倒すだけでは、呪いは終わらない』
『彼を倒そうとする限り、勝敗のルールは残り続ける』
『アレクサンドルを救うには、彼が自分の意思で盤の外へ出なければならない』
祖母は、湊がその意味を理解できると信じていた。彼は人の悲しみに敏感だから。
誰かの痛みを無視できず、時には自分まで傷ついてしまう。
だが、祖母は知っていた。湊の優しさは、誰かを支配するためのものではない。
相手の選択を尊重するためのものだと。
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第二章 祖母の最後の手紙
祖母は、湊に一通の手紙を残した。
『湊へ
この盤を見つけたら、どうか怖がらないでください。ただし誰かを救おうとして、自分を犠牲にする必要もありません。
アレクサンドルは、百年以上も孤独の中にいます。でも彼を救うことは、彼の代わりに苦しむことではありません。
彼が本当に望んでいることを、聞いてあげてください。
そして最後の一手を指すときは、彼の意思を忘れないでください。
勝つことではなく、終わらせること。
それが、あなたに託された願いです』
祖母はその数日前に亡くなっていた。
湊は手紙を読み終え、白のキングを手に取る。その底には三本の傷があり、彼は指先で傷をなぞった。
すると、頭の中に声が響いた。
『……僕を、覚えていてくれたんだね』
湊は目を閉じた。
「うん。もう忘れないよ」
その瞬間、チェス盤の駒が一斉に動き、最後の対局が始まろうとしていた。




