第二編 最後の家族
1912年・イギリス — ウィリアム・ハート
第一章 遺された暗号
ウィリアム・ハートは、亡くなった伯父の屋敷を整理していた。
地下室の奥で見つけた木箱には、黒檀のチェス盤が入っており、箱の底には1枚の古い紙が貼りついていた。
『王を盤の外へ』
ウィリアムは首をかしげた。チェスでキングを盤の外に出すことなど、あり得ない。
それは反則どころか、ゲームそのものを成立させなくする行為だ。
その夜、彼は妻と息子たちが寝静まったあと、書斎でチェス盤を広げた。
すると白のポーンが動いた。
ウィリアムは驚きながらも、黒のポーンを動かした瞬間、盤の向こうから声がした。
『よい手だ』
彼は顔を上げたが、誰もいない。
だが机の上には、小さな紙切れが置かれていた。
『3、2、1…』
翌朝ウィリアムの長男アーサーが階段から転落した。
命に別状はなかったが、少年は目を覚ますと父親に告げた。
「お父さん、白い人が3人いたよ」
「3人?」
「1人は顔がなかった。もう1人は血だらけで、最後の1人は泣いていた」
ウィリアムは青ざめ、その夜に盤を調べた。
白のキングの底には、三本の傷が刻まれていた。
アーサーの言った「3人」は、偶然ではない。
ウィリアムはそう確信した。
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第二章 伯父の秘密
地下室の壁を調べていると、ウィリアムは古い日記を見つけた。
そこには、エドガーという男の名前が何度も記されていた。
『エドガーは死者を呼び戻す方法を研究していた』
『彼はチェスを使い、魂を駒に閉じ込めることができると信じていた』
『だが、最初に閉じ込めた魂は、彼の支配に従わなかった』
そして最後のページ。
『エドガーは、自分自身を盤に結びつけた。彼は盤が存在する限り、支配者であり続けるつもりだ』
ウィリアムは息をのんだ。
エドガーは、ただの呪術師ではなかった。
自分が死ぬことを恐れ、永遠に勝者であり続けようとした人間だったのだ。
その夜、ウィリアムは盤の前に座った。
「お前は、誰かを救うために作られたのか?」
白のキングが一度だけ揺れた。
『違う。救われることを恐れた男が作った』
ウィリアムは、その言葉の意味を理解できなかったが、1つだけ決意した。
自分の家族を、この盤に奪わせるわけにはいかない。
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第三章 父の代償
数日後アーサーが再び倒れ、今度は目を覚まさなかった。
ウィリアムは、毎晩盤に向かった。
白の駒が動くたび、息子の呼吸が浅くなる。
黒の駒を動かすと、呼吸が少し戻る。
盤は、家族の命を使って対局を続けさせていた。
最後の夜、ウィリアムは白のキングをつかんだ。
「息子を返せ!」
『勝てばよい』
エドガーの声が響いた。
「勝つことなど、どうでもいい!ただ息子を守りたいだけだ!」
その瞬間、白のキングの底から、小さな紙片が滑り落ちた。
そこには、アレクサンドルの名が記されていた。
ウィリアムは、その名前を日記の余白に書き留め、盤の裏に刻まれた三本の傷をなぞった。
傷の向きは、中央へ向かっており、まるで何かを外へ導こうとしているようだった。
ウィリアムは、黒のキングを盤の外へ置こうとした。
しかし、エドガーの声が轟いた。
『触れるな!』
机が砕け、ウィリアムは床に倒れた。
翌朝、彼は書斎で亡くなっていた。
家族は助かった。ただウィリアムの手には、黒のキングが握られていた。
彼は最後の力で、日記に一文を書き残していた。
『勝つ必要はない。王を外へ出せ』
その言葉は、次の時代へと渡っていく。




