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「わぁ、これがライリーレ号ですか!」

 数日後。

 カレシア港に停泊させたままのライリーレ号を見たエリューハニスが声を弾ませる。

「素晴らしいですね! 船壁の継ぎ目がほとんど見えないっ。ああ、国旗も! カラフルでオシャレです!」

 素直で微笑ましい感想をこぼすエリューハニスに、ウシュベルーナが突っ込む。

「オシャレなどではない。兄上のことだ。七色使っているのにも、何か思惑がある。……そうですよね、兄上」

 俺はわざとエリューハニスに乗っかった。

「いや、ない。本当にオシャレだよ」

「え……!?」

「はは、冗談だよ。嘘だ。意味はある」

「……からかわないで下さい」

 むっとするウシュベルーナに俺は「ごめん、ごめん」と謝りつつも、七色の国旗について俺は語った。

「あれは人にも国にも垣根がない、虹と同じでグラデーションなんだ、っていう意味合いを込めて七色を使ったんだ。本当はもっと継ぎ目を細かくして、本物のグラデーションを作りたかったんだけどな」

「なるほど……」

「垣根がない、ですか……」

 ウシュベルーナも、エリューハニスも、何かに腑に落ちたようなような顔をしている。どちらも優しく笑みをこぼした。

「さすが、兄上です」

「ええ」

「はは。ありがとう」

 俺が伝えたいことを汲み取ってもらえたみたいだ。エリューハニスはまぁともかく、ウシュベルーナは俺よりよほど賢いから。

 共感してもらえるのなら、家族としてこれほど嬉しいことはない。

「じゃあ、そろそろ」

「はい。海賊団の身柄を引き取ります」

 ライリーレ王国の防衛騎士から、アルヴェルス王国の王立騎士たちへと、少しずつ海賊団の身柄を引き渡していく。

 暴れる者が大多数だった。特にアゼルの母の遠吠えがひどかった。

「アゼル! お前……いつか、絶対に殺すからな!」

 とんでもない暴言に、海賊以外のみながぎょっとしていた。イブキでさえも眉をひそめ、冷ややかに見つめている。

「敗者が喚いたところで見苦しいぞ」

 イブキの痛烈な一言は、アゼルの母をますます激高させた。ジタバタと暴れ、今にもイブキに掴みかかっていきそうだ。

「なんだと! お前……っ!」

「子を守らぬ親など不要だ。傷つけることしか能が無いなら、とっとと消え失せろ」

「……!」

 なおも、アゼルの母はヒステリックに喚いていたけど、ザシェーバからどうにか第五師団の騎士団長に受け渡しが進んだ。アゼルの父とともに馬車に突き飛ばされるようにして押し込まれた。

 アゼルの父に関しては、もはやアゼルにかける言葉は何もなかったらしい。本当に……ひどい奴らだったよ。

 アゼルの方をちらりと窺うと……なんだか妙に冷徹な顔で、氷のように冷たい目をしている。そういえば、アゼルも何も口にしなかった。アゼルもまた、奴らにかける言葉などもうないんだろう。

「ウーシュ兄上。なんなんでしょうかね、あのクズ」

 アゼルとほぼ関わりのないエリューハニスもまた、暴言を口にする。それにはウシュベルーナが眉間に皺を寄せた。

「だからやめろ。品のない言葉遣いは。塵芥と言うべきだ」

「同じ意味じゃないですか」

「品性の問題だ」

「やめろ、二人とも」

 俺はすぐに二人を諫めた。言い過ぎだと思ったし、何よりもアゼル当人の気持ちに配慮していない発言だと思ったからだ。

「人に向けて使っていい言葉じゃないよ」

 俺も毒を吐く時はあるから、見本になれていなかったのかもしれないけど。

 二人はちょっぴり不満そうだった。塵芥を塵芥と呼んで何が悪いと言いたげだったし、何よりも正義感からであったんだろう。

 それがアゼルにも伝わったのか、アゼルは苦笑いで「いいんですよ、陛下」と二人に怒らなかった。

「でも……ごめんな。内心、複雑だろうに」

「いえ。そうおっしゃられても仕方の無い人たちだと思いますので」

 上手くはぐらかしているけど、やっぱり相当複雑な胸中なんだろうな……。

 確かに身内の悪口というものは自分が言うのはよくても、いざ他人に言われると、腹が立ったりもするし。

 奴らと決別したとは言っていたけど、割り切れきれない何かがあるのかもしれない。俺たち三兄弟には、残念ながら理解できない何かが。

 ごめんな、アゼル。分かってあげられなくて。

「……大変だったな。アゼル君。ずっと」

 ザシェーバが気遣わしげな顔で声をかけると、アゼルはなおも「いえ」と苦笑する。

「無理に許す気はない。納得いくまで怒って、でも……泣きたくなる気持ちにも嘘をつかなくても大丈夫だ。なんなら、私が飲みに付き合うよ」

「!」

 アゼルは冷ややかだった目を大きく揺らした。氷のように凍てつかせていた何かが、溶けいていくかのように。

 目にうっすら涙を浮かべて、「ありが、とうございます」と言葉につっかえながらお礼を口にしていた。

 ザシェーバ……さすがだな。

 俺もあんな風に誰かを救える言葉を伝えられるようになりたい。尊敬するよ。

「それでは、兄上。俺たちは失礼しますね」

「ああ。帰りの道中、気を付けて」

 海賊団の輸送が完了して、ウシュベルーナたちも引き上げていく。

 いなくなってから、ふと気付いた。あ。まただ。エリューハニスから預かったペンダントを返し忘れてしまった。

 ま、まぁ、いいか。次こそは必ず。

「物忘れ王子」

「次から次へとあだ名を増やさないでくれよ」

 からかうイブキに、俺はむっとする。いつぞやの意趣返しか?

 ともかく、無事に……

「ああっ!?」

「どうかされましたか、ラーシ様」

「ナヤフ陛下に、炭酸水の輸送が遅れることを伝え忘れた!」

 当然、ダメにしてしまった謝罪も。なんてこった。

 慌てる俺に、カザロがくすりと笑いながら口を挟んだ。

「陛下、問題ございません。ヌルゴさんに僕からお伝えしておきましたので」

「え、本当に!?」

「ええ。事情が事情ですので少し値引きした金額にしていただけるのなら問題ないと言われましたので、承諾いたしました」

「そ、そうか」

 フォローしてもらえてありがたいけど、そうか。さすがヌルゴ。抜け目がない。

 でも、カレシア王国側から見たら輸入が遅れて経済に打撃をこうむるのだろうから、致し方ないことだろう。まだ優しい対応の方だ。

「お伝えそびれたままで、申し訳ございません。以後、気を付けます」

「ああ。でも今回はいいよ。バタバタしていたから、話す時間がなかったんだし」

 勝手と言ったら勝手な決断を含めて許すことにして、俺は笑顔を向ける。本当に頼りになるな、カザロは。

「本当にありがとう。助かったよ」

「いえ」

 イブキがなおも茶化す。

「物忘れ王子」

「う、うるさい」

 その場がくすくすと笑いに包まれる。ただ一人だけ……アゼルだけを除いて。

 そのことに気付いた俺はなんとも物悲しい気持ちになって、でも下手に声をかけず、そっとしておくことにした。

 あまり心配しすぎても、アゼルは逆に気を遣ってしまいかねないし、ただ単純に鬱陶しく思われるような気がして。

「……じゃあみんな。さぁ、ライリーレ王国に帰ろう!」

「陛下」

 アゼルが俺の言葉を遮るようにして口を開いた。

「ん? なんだ、アゼル」

「僕は……ここで失礼します。これまでありがとうございました」

「へ?」

 何を言っているのか、一瞬理解が追いつかず、俺は戸惑った。

「ど、どうしてだ。一緒に帰れば……」

「いえ。僕はもう……みなさんと一緒にいられない。いる資格がない。たくさんご迷惑をおかしてしまって、大変申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げるアゼル。

 その場がしんと静まり返った。オルドゴさえ寝耳に水だったのか、唖然としている。それでも何か言おうとするオルドゴを、俺が制して口を閉ざさせた。

「アゼル。そんなに思い詰めなくていいんだよ? 確かに貿易面では痛手だった。でも、海賊団の捕縛という武勇を手に入れられたし、それによって諸外国からのイメージ好感度が上がったはずだ。悪いことばかりではなかったんだ」

「……でも、僕は」

「アゼル。聞いてほしい。処罰に関して追って沙汰を申すと言っていただろう?」

「! は、はい」

 ようやくそのことを思い出したのか、アゼルははっとする。僅かに震える手でぎゅっと握り拳を作る。

「どのような処罰でも、もちろん受け入れます」

「なら、改めて俺たちの仲間になれ」

「え?」

「ライリーレ国民として生きるんだ。これからも。インフラ整備について、ザシェーバたちと話を進めてほしい。文官として」

「!」

 優しく微笑みながら言うと、アゼルは瞼を震わせた。俯き、震える声で言う。

「……いいんですか? 僕なんかを仲間にして」

「なんかじゃない。アゼルだから、仲間として迎え入れたいんだ」

「どうして」

「俺が勝手にそう決めたからだ」

 答えになっていない返答をする。

 アゼルを仲間に引き入れたい理由。正直なところ……俺個人の気持ちでしかない。文官としての伸びしろは未知数だから。

 数週間とはいえ、一緒に過ごしてきた仲間を俺は切り捨てたくない。

「力を貸してほしい。俺たちと一緒に内政を頑張ろう。今後、期待してる」

 アゼルはしばらく無言だった。でもやがて、静かに嗚咽を漏らし始めた。

 ぽつぽつと言葉を落とす。

「ぼ、く……ずっと、居場所も、ないし、仲間もいなくて…っ……」

「うん」

「孤、独だった…っ……先、生でさえも違う所にいる気が、して……」

「そうか」

 俺はただ優しく耳を傾けて、静かに相槌を打つ。

 でも、内心では痛ましい。アゼルの言葉は要領を得ないけど、その気持ちは痛いほど伝わってきたから。

 居場所もなく、仲間もいない。ほんの一時的だけど、俺にも覚えのある状態だ。

 今、ようやく俺たちという居場所と仲間ができて、きっと……アゼルは孤独じゃなくなっているんだろう。そう信じたい。

「こん、な僕ですが……! よろし、くお願いします……っ!」

 切ない泣き声が、カレシア港に響き渡った。




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