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「ラーシ様!」

「陛下!」

 俺がアゼルの両親を縄で拘束していると、レノスとザシェーバがやっと追いついてきてくれた。

 といっても、それぞれ三人くらいをまとめて相手にしていたのだから、時間がかかるのも無理はないわけだけども。

「二人とも。怪我はないか?」

「俺たち二人とも大丈夫です。それよりも、ラーシ様こそお怪我は?」

 気遣わしげな顔をするレノスに、俺は苦笑いした。

「目がちょっと。目潰しを食らってさ」

「ええ!?」

「早く戻って、清潔な水で洗わねばなりませんな」

 ザシェーバの言う通りだ。

 ああ、まだ目がじんじんと痛むし、視界がおぼろげに霞む。まいった。

「それよりも。海賊たちは全員倒してくれたか?」

 ザシェーバがにこりと笑って応じてくれた。

「問題ございません。縄で拘束もし終わりました」

「そうか。ありがとう」

 俺たちの横で、レノスが周りをキョロキョロと見渡している。

「ラーシ様。ところで、アゼルは?」

「ああ。ちょっと海賊船を追いかけていってしまって……戻ってくるとは思うんだけど」

 俺たちは不自然に大嵐と化している一帯を見つめる。俺が魔法で引き起こした大嵐が、海賊船を少しずつ沈めていた。

 アゼル……早く戻ってきてほしい。

 まさか、あっちで何もないよな……?

 不安げに見つめる俺の視界に、ふと遠目にぼんやりと人影が映り込んだ。全身ずぶ濡れのアゼルだ。

「アゼル!」

 俺は気遣わしげな表情で、急いで駆け寄っていく。

 気落ちしている様子のアゼルだったけど……とりあえず、怪我はなさそうだ。よかった。

「何かあったのか? 船で」

「いえ」

「本当に?」

「ええ」

 アゼルはふわりと微笑む。目尻に涙を滲ませながら。

「ちょっと、兄貴分とお別れしてきただけです。ご心配なく」

「アゼル……」

 アゼルの兄貴分。もしかして、海賊団の中にもアゼルに優しかった人がいたんだろうか。

 気にはなる。でも、俺はそれ以上追及しなかった。くるりと背を向ける。

「俺たちは先に戻ってる。あとできたらいいよ。待ってるから」

「……! はい」

 無遠慮に踏み込まないこともまた、必要な優しさだとカザロから学んだから。俺はレノスとザシェーバに声をかけ、海賊たち全員をライリーレ号まで引き連れていくことにした。

 気絶しているアゼルの母はレノスが、起きているけど動けずにいるアゼルの父はザシェーバがそれぞれ運ぶ。

 俺は二人の後ろをゆっくりと歩く。アゼルの方を振り向くまいと思っていたけど、自身の誘惑に負けてちらりと振り返った。

 アゼルはうなだれている。目からはらはらとこぼれ落ちた涙が、乾いた地面に吸い込まれていく。

 きっと、悲しい別れだったんだろうな……。

 見逃してしまったのか、あるいは。

 俺は再び正面を向く。もうアゼルの方を振り返らなかった。





「いてて……」

 ライリーレ号に戻ってすぐ、俺はお手洗い場に行こうとした。

 そこへ、イブキやカザロたちが気遣わしげな表情をして駆け寄ってきた。

「ラーシヴァルト。大丈夫だったか?」

「イブキ」

 俺は苦笑いした。

「ああ。無事に終わった。けど、ちょっと目潰しを食らってしまって」

「なに!?」

「ええ!? すぐに清潔なお水をご用意いたしますね!」

 カゼロが慌ててお手洗い場に走って行く。

 俺はありがたく待つことにして、船壁に寄りかかった。目を手でつい擦りながら。

「ラーシヴァルト」

「!」

 イブキに手首を掴まれて、俺はびくりとする。恐ろしい鬼の形相をしているイブキの剣幕にたじろいだ。

「な、なんだよ」

「目に異物が入った時は、安易に擦るべきではない。粘膜が傷つきかねない」

「え、そうなのか?」

「ああ」

 俺は素直に言うことに従った。目を擦りたい衝動を必死に堪え、どうにか瞬きだけで耐える。カザロさん、早くお水を!

 祈りが通じたのか。

 ほどなくして、カザロが桶に張った綺麗な水を運んできてくれた。おまけに手ぬぐいも。

「俺がやろう」

 イブキが手ぬぐいを手に取り、ちょんと先っちょを水に浸す。うっすら濡れた冷えたそれで、俺の目の縁を拭ってくれた。

 俺はびっくりしたものの、なすがまま、棒立ち状態だ。

 ううっ、冷たい。晩秋だから、ちょっと風が冷たいんだ。早く終わってほしい。

「イブキ。もういいよ。自分で目を洗う」

「ダメだ。感染症のリスクがある」

「え!? マジで!?」

「綺麗な水だと言っても、消毒されているわけでもない。やめておけ」

「う……わ、分かった」

 おとなしく、イブキに汚れた目を拭いてもらう俺。

「それにしても、イブキは本当に物知りだな。それも里の長老さんの豆知識か?」

「ああ」

「ふぅん」

 イブキとの距離が近い。俺の目を真摯に見つめ、処置を施すイブキの顔立ちは……うーん、いつ見ても涼やかで綺麗だ。塩顔美人と言うべきか。

「なんだ? ラーシヴァルト」

「え? あ、いや。綺麗だなーって」

「!?」

 なぜか、イブキの頬がうっすら赤くなってしまう。あれ? 照れてるのか?

 おかしい。ただ、顔立ちを褒めただけなのに。

 よく分からないものの、なんだか可笑しくて、俺はなおも続けた。

「その翡翠色の目、好きなんだ。透き通る宝玉みたいで」

「う、うるさい!」

 ぺしっと手ぬぐいで頬を叩かれる。

「もう終わった! 気になるところは、あとは自分でやれ!」

 こちらに背を向けたイブキの耳は、もはや真っ赤だ。

「あ、イブキ! からかってごめんって」

「はぁ!? 俺をからかってたのか!?」

 怒髪天を突いたイブキは、悔しげに顔を歪める。そしてやっぱり「ふん!」と鼻を鳴らして背を向けた。そのまま、ずんずんと船室へ下りていく。

 ええー、そんなに怒らなくてもいいじゃん。

 戸惑う俺の背後で、カザロがくすくすと笑っているのだった。



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