22 ※
「ラーシ様!」
「陛下!」
俺がアゼルの両親を縄で拘束していると、レノスとザシェーバがやっと追いついてきてくれた。
といっても、それぞれ三人くらいをまとめて相手にしていたのだから、時間がかかるのも無理はないわけだけども。
「二人とも。怪我はないか?」
「俺たち二人とも大丈夫です。それよりも、ラーシ様こそお怪我は?」
気遣わしげな顔をするレノスに、俺は苦笑いした。
「目がちょっと。目潰しを食らってさ」
「ええ!?」
「早く戻って、清潔な水で洗わねばなりませんな」
ザシェーバの言う通りだ。
ああ、まだ目がじんじんと痛むし、視界がおぼろげに霞む。まいった。
「それよりも。海賊たちは全員倒してくれたか?」
ザシェーバがにこりと笑って応じてくれた。
「問題ございません。縄で拘束もし終わりました」
「そうか。ありがとう」
俺たちの横で、レノスが周りをキョロキョロと見渡している。
「ラーシ様。ところで、アゼルは?」
「ああ。ちょっと海賊船を追いかけていってしまって……戻ってくるとは思うんだけど」
俺たちは不自然に大嵐と化している一帯を見つめる。俺が魔法で引き起こした大嵐が、海賊船を少しずつ沈めていた。
アゼル……早く戻ってきてほしい。
まさか、あっちで何もないよな……?
不安げに見つめる俺の視界に、ふと遠目にぼんやりと人影が映り込んだ。全身ずぶ濡れのアゼルだ。
「アゼル!」
俺は気遣わしげな表情で、急いで駆け寄っていく。
気落ちしている様子のアゼルだったけど……とりあえず、怪我はなさそうだ。よかった。
「何かあったのか? 船で」
「いえ」
「本当に?」
「ええ」
アゼルはふわりと微笑む。目尻に涙を滲ませながら。
「ちょっと、兄貴分とお別れしてきただけです。ご心配なく」
「アゼル……」
アゼルの兄貴分。もしかして、海賊団の中にもアゼルに優しかった人がいたんだろうか。
気にはなる。でも、俺はそれ以上追及しなかった。くるりと背を向ける。
「俺たちは先に戻ってる。あとできたらいいよ。待ってるから」
「……! はい」
無遠慮に踏み込まないこともまた、必要な優しさだとカザロから学んだから。俺はレノスとザシェーバに声をかけ、海賊たち全員をライリーレ号まで引き連れていくことにした。
気絶しているアゼルの母はレノスが、起きているけど動けずにいるアゼルの父はザシェーバがそれぞれ運ぶ。
俺は二人の後ろをゆっくりと歩く。アゼルの方を振り向くまいと思っていたけど、自身の誘惑に負けてちらりと振り返った。
アゼルはうなだれている。目からはらはらとこぼれ落ちた涙が、乾いた地面に吸い込まれていく。
きっと、悲しい別れだったんだろうな……。
見逃してしまったのか、あるいは。
俺は再び正面を向く。もうアゼルの方を振り返らなかった。
「いてて……」
ライリーレ号に戻ってすぐ、俺はお手洗い場に行こうとした。
そこへ、イブキやカザロたちが気遣わしげな表情をして駆け寄ってきた。
「ラーシヴァルト。大丈夫だったか?」
「イブキ」
俺は苦笑いした。
「ああ。無事に終わった。けど、ちょっと目潰しを食らってしまって」
「なに!?」
「ええ!? すぐに清潔なお水をご用意いたしますね!」
カゼロが慌ててお手洗い場に走って行く。
俺はありがたく待つことにして、船壁に寄りかかった。目を手でつい擦りながら。
「ラーシヴァルト」
「!」
イブキに手首を掴まれて、俺はびくりとする。恐ろしい鬼の形相をしているイブキの剣幕にたじろいだ。
「な、なんだよ」
「目に異物が入った時は、安易に擦るべきではない。粘膜が傷つきかねない」
「え、そうなのか?」
「ああ」
俺は素直に言うことに従った。目を擦りたい衝動を必死に堪え、どうにか瞬きだけで耐える。カザロさん、早くお水を!
祈りが通じたのか。
ほどなくして、カザロが桶に張った綺麗な水を運んできてくれた。おまけに手ぬぐいも。
「俺がやろう」
イブキが手ぬぐいを手に取り、ちょんと先っちょを水に浸す。うっすら濡れた冷えたそれで、俺の目の縁を拭ってくれた。
俺はびっくりしたものの、なすがまま、棒立ち状態だ。
ううっ、冷たい。晩秋だから、ちょっと風が冷たいんだ。早く終わってほしい。
「イブキ。もういいよ。自分で目を洗う」
「ダメだ。感染症のリスクがある」
「え!? マジで!?」
「綺麗な水だと言っても、消毒されているわけでもない。やめておけ」
「う……わ、分かった」
おとなしく、イブキに汚れた目を拭いてもらう俺。
「それにしても、イブキは本当に物知りだな。それも里の長老さんの豆知識か?」
「ああ」
「ふぅん」
イブキとの距離が近い。俺の目を真摯に見つめ、処置を施すイブキの顔立ちは……うーん、いつ見ても涼やかで綺麗だ。塩顔美人と言うべきか。
「なんだ? ラーシヴァルト」
「え? あ、いや。綺麗だなーって」
「!?」
なぜか、イブキの頬がうっすら赤くなってしまう。あれ? 照れてるのか?
おかしい。ただ、顔立ちを褒めただけなのに。
よく分からないものの、なんだか可笑しくて、俺はなおも続けた。
「その翡翠色の目、好きなんだ。透き通る宝玉みたいで」
「う、うるさい!」
ぺしっと手ぬぐいで頬を叩かれる。
「もう終わった! 気になるところは、あとは自分でやれ!」
こちらに背を向けたイブキの耳は、もはや真っ赤だ。
「あ、イブキ! からかってごめんって」
「はぁ!? 俺をからかってたのか!?」
怒髪天を突いたイブキは、悔しげに顔を歪める。そしてやっぱり「ふん!」と鼻を鳴らして背を向けた。そのまま、ずんずんと船室へ下りていく。
ええー、そんなに怒らなくてもいいじゃん。
戸惑う俺の背後で、カザロがくすくすと笑っているのだった。




