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     ***



「アゼルの奴、案外使えるじゃないか」

 ライリーレ号が向かう先--海賊団のアジト。

 岩場を横にくりぬいた場所に、アゼルの両親はいた。アゼル母海賊は岩壁に寄りかかって腕組みをしており、アゼル父海賊に至っては岩床に寝そべっている。

「このまま、小間使いとして役立てるのも悪くないな」

「ああ。逃げ出しやがった時は、それはそれでせいせいしたが。あんな出来損ないでも、使い道があるんだねえ」

「はっはっ。確かに」

 ラーシヴァルトが聞いたら眉をひそめるどころじゃないことを、二人は口にする。

 船長とその妻。本人たちは情熱的な愛をもって子をなしたが、生まれてきたアゼルは二人の期待に沿う『海賊』ではなかった。

 アゼル父海賊が吐き捨てる。

「武器がろくに扱えないグズだ。諜報員くらいしか役立たんよ」

「ふふっ。これからもせいぜい、いいカモにして……ん?」

 外が騒がしい。

 二人が視線を海側に向けると同時に、海賊員が慌てた様子で飛び込んできた。

「船長! 奥様! 大変です!」

「どうした。騒々しいね」

 アゼル母海賊が訊ねると、海賊員は真っ青な顔で答える。

「お、鬼です。鬼がでました。--凄まじい勢いで、我々を倒しています!」



     ***


「ぐわっ!」

「うわぁあああああ!」

 前を走るイブキが、襲いかかってくる海賊たちを次々と叩き伏せる。

 あまりにも動きが俊敏すぎて、俺はもう……ついていけなくなった。砂浜という特殊なところを走っているからというのもあるかもしれない。

 異能力を使わなくても、イブキはこんなにも強いのか。

 でも。

「イブキ! そろそろ止まれ! 挟み撃ちに遭うぞ!」

 切り込み隊長として前線を戦うのはいいけど、一人で突っ走りすぎだ。後方の俺たちとの間に敵が割って入ったら、この流れも分断されてしまう。

 そのことをイブキも察したらしく、立ち止まろうとした。が、危惧していた通り、他の大勢の海賊たちがなだれ込んでくる。

「くっ!」

 俺は剣を構えた。レノス、ザシェーバもだ。

 そしてアゼルは短剣を震える手で構える。不得手というらしいが、その構えは別段おかしくは見えない。

「くそっ! こいつらを止めるぞ!」

 大勢の海賊たちはもはやイブキを諦めて--船長たちに任せたのか--、俺たちに向かって束になってかかってくる。

 剣と剣を交錯させる俺たち後手組。

 ちっ! 数の不利から、イブキを先頭にしてひたすら敵を壊滅させていくという単純戦法をとるしかなかったのに……分断されてしまった。

 こればかりはイブキが悪いんじゃない。俺たちの身体能力が低かったことが悪いんだ。いやまぁ、俺たちだって一般的には低いわけじゃないんだけども。

 数に押され、苦戦する俺の耳にイブキの声が響く。

「ラーシヴァルト! 少しの間、動くな!」

「へ?」

 何を意味の分からないことを。

 と一瞬思ったけど、はっとする。そうか、あの異能力を使うつもりなんだと。

 --時間停流。

 一定範囲の世界の時間を限界まで遅く変えてしまう、イブキの超能力だ。

「!」

 ぐわんっと音が鳴ったような気がした瞬間、俺の体が鉛のように重くなった。腕も、足も動かせない。

 だけど、それは俺の周りにいる海賊たちも同じ。

 俺の半径五メートル以内が、イブキの異能力によって時間速度が止まるに近くなる。

 そんな中、イブキだけが颯爽と通り抜けた。

 瞬間、時間速度が元通りになる。気付いたら、俺の周りの海賊たちだけが地面に倒れ伏していた。血を流しながら。

「イブキ……! はぁ、ありがとう」

 とんでもない技だ。でも助かった。

 息を弾ませながらお礼を伝えると、イブキは表情を変えずに「気を緩めるな」と厳しく言い放つ。その表情には疲労の色が濃くなっていた。チートとしか思えない異能力を使った代償だろう。

 俺ははっとしてアゼルを振り向く。俺から少し離れた場所にいるはずのアゼルだ。倒れているんじゃないかと心配したけど……、ん!?

 俺はぎょっとするほかない。残る海賊たちの半分、つまり五人もをもう打ち倒していたからだ。

 アゼル……え? 戦うのが不得手だったんじゃないのか……?

 アゼルは短剣を振り払い、返り血を砂浜に飛び散らす。その動きはさまになっていて、ちょっぴりカッコいい。

 さらに残る五人は、それぞれレノスとザシェーバが相手をしている。苦戦しているというほどでもなさそうだ。じき、勝負をつけるだろう。

「イブキ。ここまでありがとう。あとはライリーレ号に戻って休んでくれ」

 イブキを振り向いて言うと、イブキは不満そうな顔をした。

「俺はまだ戦えるが」

「その顔で何言ってるんだ。無理して倒れたら、困るんだよ」

 もちろん、みんなが。

「……分かった」

 イブキはどことなく嬉しそうな顔をして、よろめきながら身を翻す。心配してもらえたのが嬉しかったのか?

 そりゃあ、みんな心配するに決まっているのに。

 ともかく、俺はアゼルに声をかける。

「アゼル。行こう」

 残す海賊は……アゼルの両親だけ。あくまでアゼルが知っている範囲での情報提供によると、だけど。

 なにせ、アゼルはここ一年ほど離れていたから。情報は厳密なものじゃない。

 アゼルは力強い目をして頷いた。

「はい」



 レノスとザシェーバを置いて、俺たちは岩場の方へ走る。

 アゼルの両親との邂逅は、案外すぐに叶った。大柄の男性海賊と、細身だが身長の高い女性海賊が岩場前に立っていた。

 アゼルが、少しだけ震える声で呟いた。

「父さん……母さん……」

 その声は切なげだった。これから歯向かうことに少し恐怖を感じているようでもあり、同時に打ち倒すことを申し訳なく思っていそうな、そんな複雑な響きだ。

 息子に呼ばれた二人は、しかし嫌そうに顔をしかめた。

「やめろ。あんたなんか、私らの子どもじゃないよ」

「!」

 傷ついた目をするアゼルを、俺は後ろに庇う。咄嗟の行動だった。

「なんなんだあんたら! よく自分の息子にそんなことが言えるな!」

 一喝しても、二人は鼻で笑うだけだ。

 本当になんなんだ、この人たちは。苛立ちを覚える俺に、アゼルの母は腕組みをして嘲笑する。

「親になったことのないお坊ちゃん国王様は、さすがお綺麗なことが言える。親は子どもを選べないっていうのにさ」

「はぁ!?」

「まったくその通りだ。相当お花畑だな。あっはっは!」

「……」

 アゼルの父にまでバカにされ、俺は歯嚙みする。

 握り拳をきつく閉じた。皮膚に爪が食い込んで……痛い。でも、今はアゼルの心の方がもっとずっと痛いはずだろう。

 こんな親が存在することが俺には信じがたかった。

「……あんたらみたいな大人、俺は心底軽蔑する」

 ふつふつと怒りを覚えながら、でも静かに吐き捨てた。子どもの心を平気で傷つける親なんて、俺は親だと認めたくない。

 アゼルの母が「へえ?」と挑発するように口元に半月を作る。

「軽蔑する? で、何?」

「捕まえて、牢屋に入ってもらう。もう二度とアゼルに顔を見せるな」

 冷徹に続けると、アゼルの父がニタリと笑った。

「ほう? やれるものならやってみろ、その出来損ないと」

「俺の仲間を侮辱するな!」

 俺は怒号しながら、剣を振り抜く。

 しかし、攻撃は当たらなかった。アゼルの父は軽やかに横に跳躍したからだ。

 アゼルの父も剣を抜き、俺の猛攻を素早く受け流す。

 キィン! キィン! と金属音がぶつかり合う音が、海岸に反響し続けた。

 俺は追撃しながら、冷静にアゼルの父の動きを観察する。船長というからには一番の実力者かと思っていたけど……そうでもない。他の海賊たちと大差ない。

 これなら勝てる……!

「!?」

 勝機を予感した瞬間、砂塵が視界を塗りつぶした。強烈な痛みが走り、俺は思わず動きを止める。

 目潰しを食らってしまった。なんて卑怯な……っ!

「く…っ……!」

「死ね! お坊ちゃん国王っ!」

 アゼルの父が振るう剣が、すぐ間近に迫る。

 --死ぬ。

 走馬灯が一瞬見えかけた。が、俺は即座に横に転がり避けた。剣の切っ先が髪にかすめ、銀色の毛束がふわっと宙に舞い散る。

 続く連撃も転がって避け、剣先が地面に埋まっている間に、どうにか持ち直す。立ち上がって、俺から攻撃をしかけた。

「あんたらこそ、アゼルに謝れよ!」

 叫びながら、渾身の一撃で剣を振り下ろす。

 アゼル父の首裏を狙ったその剣撃は、しかしまたしても空振りしてしまった。

 一向に勝敗がつかない。くそっ、目潰しのせいだ。まだ目が痛い。それに視界がぼやけてしまっている。

 どうすればいい。どうしたら、この状態でもこの男に勝てる。

 仮にまた目潰しを食らったら、俺の目はもう限界だ……と考えた時、おのずと次の行動は決まった。

「死ねぇええええ!」

 横に薙ぎ払った攻撃を、俺はしゃがみ込んで下方にかわす。即座に右足を蹴り出し、アゼルの父の太く短い左足に足払いをしかけた。

「!?」

 俺は顔を歪める。アゼルの父が重いせいで負担は強かったものの、俺の脚力に負けたアゼルの父は後ろに転倒した。

 地面に落ちた剣を、俺は即座に自分の手で拾う。

「あんたの負けだ。おとなしくお縄につけ」

「く……っ!」

 アゼルの父は悔しそうに歯嚙みしていたけど、全身を固い地面に打ちつけた衝撃で動けずにいる。手だけを地面に何度も叩きつけていた。

 よし。俺の勝ちだ。



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