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「せんせい……へい、か」

 その時だ。ブリッジの方から俺たちがいる甲板まで、アゼルがよろめきながら歩いてきた。顔面真っ青だ。

 怖い目に遭ったからだろう。そう思うのに……なぜだか、妙な胸騒ぎが止まらない。

「……アゼル」

「ごめんなさい」

「え?」

「本当にごめんなさい…っ……、僕のせいでっ」

 アゼルの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。大きく泣きじゃくり始めたアゼルの言葉を聞いて、俺は嫌な予感に襲われた。

 --もしかして、アゼル?

 あの海賊たちに情報を流したのはアゼルだったのか?

 そんな、まさか……!

 呆然とする俺の前に、何かを察したオルドゴが慌てて進み出た。

「陛下! 申し訳ございません! 儂の不肖の弟子が……!」

「先生」

 俺もまた、前に出てオルドゴを制す。

「お下がりください。俺は彼と話したい」

「……」

 容赦なく言い放つと、オルドゴは無言で引き下がった。実際、二歩くらい後ろに。

 俺は未だ泣いているアゼルと向き合う。戸惑いと、同時に怒りを感じながら。

「アゼル。君があの海賊たちに諸々の情報を横流ししたのか?」

「……、はい。そうです」

 少しの沈黙ののち、アゼルはこくりと頷く。

 必死に涙を止めて、でも顔は上げないままだ。謝罪する気はあるのだろうか。

 苛立ったものの……待て、俺。これだけつらそうにしていて、本心からの裏切りではないのでは?

「何か理由があったのか?」

「え?」

「本気で裏切ったとは思えない。何か事情があるんじゃないか?」

 アゼルの人柄のよさが嘘だったとよく考えたら思えない。実際、アゼルは他のライリーレ国民からも慕われていた。優しくていい子だと。

 俺もそう思うし、そう信じたい。

「話してほしい。正直に全部」

「……」

 再びアゼルは押し黙った。顔を伏せたまま、沈黙が落ちる。

 でも、自分には説明する責任があると察したのかもしれない。ぽつぽつと語り始めた。

 そもそもの始まりは一ヶ月前、自分がライリーレ王国に行くことがあの海賊たちにバレてしまったことが発端だったそうだ。

「ライリーレ王国の所在を後から教えろ。そう言われました。従わないと僕はもちろん、オルドゴ先生まで殺すと」

「二人を殺す!?」

「はい」

 俯いたまま、アゼルは震える声で続ける。

「僕、怖くて……逆らえなかった……っ。先生だけは失いたくなかったから……っ!」

「……そう、だったのか」

 ひどい話だ。オルドゴまでもを人質に取られていた。つまり、やむなく情報漏洩をしたということだった。

「本当に、申し訳ございません……! 僕の父と母が……っ!」

「え?」

 一瞬、意味が分からなかった。父と母? アゼルの?

 俺は困惑するしかない。

「もしかして……ご両親が、海賊なのか?」

 アゼルはおずおずと頷く。

「はい……。先程の海賊は……僕が昔、在籍していた海賊団でもあるんです」

 ということは、生まれ自体が海賊団ということになる。

 そういえば、以前話してくれた。生まれ育った故郷を大人になってすぐ離れたと。なるほど、海賊団にいるのが嫌で足抜けしようとしたということだったのか。

 しかし、結局は逃げられなかった。それが今回の顛末。

 アゼルはぐっと下唇を噛みしめる。その目から再び涙がこぼれ落ち始めた。

「本、当に……本、当に、申し訳ござい、ませんでした……っ!」

 深く、深く、頭を下げるアゼル。

 俺は返答に窮した。国としてはとんでもない損害を被ったのであり、国王としてなんの処罰もなく許すわけにはいかない。

 でも、ラーシヴァルト個人としては責めることはできかねた。大切な相手を死なせたくないと思うことの何がいけないのか。自分の身だって自分で守らなければならない。

 強いて言うのなら。

「どうして、誰にも相談しなかったんだ。先生に話せば……」

「先生を怖がらせたくなかった。僕が一人で対応すれば、それでいい。だから……っ」

「そのために俺たちの貿易を犠牲にしたと?」

「……その通りです」

 うなだれ、泣きじゃくるアゼル。

 その震える肩に、俺はぽんと手を置いた。優しく笑って。

「一人でよく耐えたな。頑張った」

「……!」

 アゼルはゆるゆると顔を上げる。その目は信じられないといった色をしていた。

「どうして……」

「ん?」

「どう、して……そんなにお優しいんですか? こんな僕にも」

「アゼル。自分を卑下するのはやめてほしいと伝えたはずだ」

 冷静に指摘してから、俺はふっと微笑んだ。

「国王として、処罰に関しては追っ手沙汰を申し渡す。でも、ただのライリーレ国民ラーシヴァルトとしては、君のことが好きだからだ」

「す、き……? 僕のことが」

「ああ。俺にとって大切な仲間だ。だから優しくするんだ」

「っ!」

 俺の真っ直ぐな言葉がアゼルの中の何かを変えたのか。

 アゼルはしゃくり上げ、叫んだ。

「僕、強くなりたい……! こんな、あいつらに立ち向かえなかった、情けない自分が悔しくて悔しくて仕方ない……っ!」

「アゼル……」

 情けない自分が悔しい。その気持ちは……俺にも分かる。痛いほど。

 つい最近の件だって、俺が未熟だったせいでライリーレ王国の民に迷惑をかけた。みんなを振り回し、レノスやザシェーバにもきつく当たってしまった。

 そして情けないことに、俺たちの関係は壊れないか、怖くて信じ切れず、確認するような口ぶりになってしまった。

「アゼル。君はもう十分、強いよ」

「そんなわけありません……!」

「いいや、そんなわけある。だって、誰かを守るために行動できる人が弱いわけがない。アゼルは先生のことを守ろうとしたんだろ?」

「そ、そんなの……」

 なおも賛辞を拒絶するアゼルと正面から向き合う。潤んだその瞳を覗き込むようにして、ふっと笑みをこぼした。

「じゃあ、強くなろう。俺と一緒に」

 奪われていった炭酸水を、このまま諦めるわけにはいかない。勝手に売りさばかれることも腹立たしいけど、それ以上に炭酸水に何か仕込まれて、ライリーレ王国の悪評が流れては困る。

「だから、海賊団のアジトの場所を教えてほしい」

「っ、はいっ!」

 アゼルが声高に返事をした、その時だった。

 海の方から俺の名前を呼ぶ……あっ、イブキだ! ちょうどいいところに!

 ライリーレ号のすぐ下に、小船がぷかぷかと浮いている。そこにイブキが立ち、俺のことを見上げている。

「すごい音が聞こえて駆けつけた! 何があった!」

「それが、海賊団に積み荷を奪われたんだ!」

「は!?」

 やっぱり驚いているイブキに向かって、俺は手近にあったロープを投げようとした。

 が、レノスが「俺がやります」とさりげなく俺の手からロープを奪って代わりに放り投げる。

 イブキは軽い身のこなしで甲板まで上がってきた。

「海賊団に襲われたのか? 無事か?」

「ああ。みんな、どうにか無事だよ」

 軽く負傷した仲間もいるけど、死に直結するような怪我ではない。ただ、これから戦いに赴くメンバーからは外さないといけない。

 俺が笑顔で返すと、イブキはあからさまにほっとした顔をしていた。よかった、と小さく口の中で呟く。

「それで? 積み荷はどうするつもりだ」

「これから海賊団のアジトに向かう」

「場所は分かるのか?」

「アゼルが知ってる」

「なぜ、アゼルが知っているんだ」

「詳しい事情は今から話すけど。イブキ、お前もついてきてもらえるか?」

 正面から頼み込むと、イブキはふっと笑った。

「--頼まれるまでもない」



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