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17 ※



 船内に入って、アゼルが寝泊まりする部屋に向かった。

 ちなみにオルドゴと同室でもある。そのオルドゴはしばらくやってこないだろうから、二人でじっくりと話せる。

「アゼル。ちょっと入ってもいいか?」

 扉をノックし、さらに声をかけると、中から「……はい」と小さく返答がきた。

 よかった。無視まではされていない。

「失礼します」

 扉を開けて、室内に足を踏み入れる。手狭な部屋に二段ベッドがあって、その一段目にアゼルは端座位していた。落ち込んでいるのか、俯いていた顔が俺に向けられる。

「……陛下。先程は申し訳ございませんでした」

 俺はふっと優しく微笑んだ。

「何を謝ることがあるんだ。平気だよ」

 あの時はびっくりしたものの、理由はもう理解できる。それに……まぁ、生い立ちに恵まれているのは事実だ。

「俺の方こそごめんな。その……先生から少し話を聞いたよ」

「!」

 アゼルの表情がぎくりとしたような、それでいて安堵したようなものになる。複雑な表情すぎて、俺にはちょっと思考が読めない。なぜ、安堵?

「そう、ですか……。はは、ご心配をおかけして申し訳ございません」

 アゼルはへらりと笑う。オルドゴを責める色はなかった。

「いや、それはいいんだけど……その、アゼルの方がつらかったよな。生き延びてくれてありがとう」

 アゼルは虚を突かれたような顔をする。きゅっと唇を噛みしめて、再び俯いた。その肩は小さく震えている。

 俺はぎょっとした。え、まさか泣いているのか!?

「ア、アゼル? ごめん、俺また何かひどいことを言ったのか?」

「ちが、います……先生と同じ、お優しいことを言ってくれるから……嬉しくて」

 小さく泣きじゃくりながら、アゼルは手の甲で涙を拭う。

 俺はおろおろするしかなかった。何がそんなにも琴線に触れたのか分からない。

 でも、と思う。

 俺の言葉で何かが響いたというのなら、これほど嬉しいことはない。少しでも、励ましてあげられたのだろうか。

 アゼルは必死に泣き止んで、潤んだ瞳で俺に精一杯にこりと笑いかけた。

「ありがとうございます。陛下」

「いや。少しでも心が楽になったのならよかった」

「はい。僕にとってはとても嬉しい言葉でした。生きていてもよかったんだと思えて」

「そんなの当たり前だろ!」

 つい咄嗟に語気強く言い放ってしまった。

 だってそうだろう。生きていてもよかったって……まるで死んだ方がいいとでまで思い詰めたことがある風に聞こえたんだ。

 死んだ方がいい人間なんて存在しない。少なくとも俺はそう思ってる。

 とはいえ。

「あ……ご、ごめん。声を荒げてしまって」

「い、いえ……」

「でも」

 俺は戸口に立ったまま、アゼルに柔和に笑いかける。慈愛の笑顔を。

「アゼルは生きていて、もちろんいいんだよ。俺は嬉しいよ。こうして色んな話ができて」

「陛下……」

「ライリーレ国民になってくれて本当によかった。だから……その、自分のことをもっと大切にしてほしいし、自信をもってほしい。アゼルは十分立派な人だよ」

 アゼルがはっとした顔をする。やがてその表情は罪悪感に襲われたような、思い詰めたものに変わっていく。

 震える手で自身の腕を押さえてもいて、俺は首を傾げた。

「アゼル?」

 その時だった。

 ドォォオオオオオン!

 凄まじい衝撃音とともに、船が大きく横に揺れる。

「!?」

 俺はたまらず立っていられなくなって、尻餅をついた。いててっ!

 痛みに顔をしかめたものの……いや、それはいい。一体、なんの音だ!?

「ア、アゼルは大丈夫か?」

「……はい」

 ベッドに座ったままのアゼルは俯いている。その表情はもう真っ青になっており、全身をぶるぶると震わせていた。

 様子がおかしい。怯えているだけなのか。それとも、もしかしてこの騒動について何か知っているのか……?

「ラーシ様!」

「ぐえっ!」

 その時、突然扉が開いて、俺の尻にぶつかった。

 俺はキッと背後にいる加害者を睨む。

「レノス! 急に扉を開けるな!」

「す、すみません。ですが、今はそれどころではありません」

 人の尻に扉をぶつけておいて、なんだその言い草。

 と一瞬思ったものの、何やら焦った様子のレノスを見て、俺は表情を引き締めた。

「何かあったのか?」

「それが、どうやら海賊船と衝突してしまったようで」

「海賊!?」

 マジか。出航して早々、海賊と遭遇するなんて運がない。

「乗り込まれたか?」

「まだです。ですが、それも時間の問題かと……、くっ!」

 また、ライリーレ号が大きく揺れる。大きな摩擦音とともに。おそらく、まだ海賊船と接触しているんだろう。

 俺は即座にしゃがみ込んで耐えた。揺れが収まってから、再び立ち上がって身を翻す。

「迎撃する! 行くぞ、レノス」

「承知いたしました」

 レノスは僅かに不安そうな表情を浮かべていたものの……船内に逃げ場はないんだ。閉じこもっていたって、蹴破られて殺される道しかない。あるいは、人身売買ルートか。

 こんなことなら、イブキも連れてくるんだった。

「ああ、アゼル。君はここで待っていてほしい。鍵は閉めて」

 俺が振り向きながら声をかけると、アゼルは絶望に染まった顔をしていた。

 俺は慌てて励ます。

「大丈夫だ! 俺たちがなんとかするから!」

「あ、う……すみ、ません」

「心配しなくていい。信じて待っていてくれ」

 俺は力強く口端を持ち上げ、笑いかける。そして再び戸口の方を向いて、颯爽と部屋を後にした。その後ろにレノスも続く。

 すみません、すみません、すみません……。

 ひたすらなぜか謝罪するアゼルの声は、俺たちの耳には届かず。



「しかしどうして、海賊船と衝突したんだろうな」

 俺は船内の廊下を走りながら、一人ひとりごちる。

 たまたまなのか、それとも初めから付け狙われていたのか。だとしたら、海賊たちの目当てはなんだろう。

 ……炭酸水、か?

「レノス。積み荷を守るぞ」

「承知いたしました。倉庫に戻りますか?」

「いや。ブリッジまで行く。そこで侵入させないよう戦おう」

 本当はもう一人、倉庫の手前に防衛騎士を配置したいところなんだけど……今は俺たち二人しかいない。レノスに指示を出しても断られるだろうし、一人ずつよりも二人で迎え撃った方が勝率が上がるはずだ。

 急いで階段を駆け上がり、手前で陣形を取る。

 一体どれほどの海賊がいるのか。こっちは十数人しかいない上、まともに戦えるのは俺たち二人とザシェーバたち三人だけ。

 対処できるか……?

 腰にはいた剣を抜き、正面に構える。するとすぐ、--きたっ!

 ザシェーバたちの守りを突破したらしい海賊が数人、俺たちの方へ剣を持ったまま飛びかかってきた。

 俺たちは即座に剣を弾き返す。キィンと金属音がブリッジに響き渡る。

「邪魔だ! どけぇぇ!」

「!」

 すぐに追撃が迫って、俺はどうにか攻撃を受け止めた。

 小太りの海賊は猛攻し、何度も剣で斬りつけてくる。くそっ、しのぐだけで精一杯だ。

 斜め後ろに押されていく。俺ははっとして元の位置に戻ろうとしたけど、当然ながらそう簡単には許してくれない。

 抜け道ができた……と焦った瞬間、即座にレノスが庇いに入った。海賊数人を相手にしながら、俺のカバーまでできるなんて、さすが俺の護衛騎士だ。

 すぐには大丈夫だ。俺は俺の相手をする。

「しぶといな、坊ちゃん!」

「くっ……!」

 とんでもない怪力だ。見た目通り、腕力が高い。その上、俊敏だ。

 鬼教官からの教えを忠実に守ろうとするも、実践とは難しい。なかなか倒せない。なぜだ。

『相手を倒せない。そういう時は、まず自分の身を守ることだけに集中しなさい』

 ふと、鬼教官の言葉を思い出す。

 厳めしい顔をした、でも実は温かい人だった師匠。今頃はアルヴェルス王国王立騎士団の最高顧問をしているはずの元王立騎士。

『耐えなさい。--勝機は必ずやってくる』

 はい、先生。

 俺は心の中で返事をする。ひとまず、小太りの海賊からの猛撃を受け流し、耐える。

 キィン!

 カキィン!

 何度も、何度も、剣の刀身がぶつかり合う。

 相手から見てもなかなか倒せない俺に苛立ったのか。小太りの海賊が怒号した。

「とっとと、くたばれっ!」

 小太りの海賊の荒い剣撃を、俺は素早くかわす。

 今だ!

 俺は剣の刀身を横にして、小太りの海賊の両手を思いっきり殴打した。「いってぇ!」と情けない声を上げながら、剣をブリッジの床に落とす。

 俺はすぐにそれを足で蹴り飛ばした。舵輪がある方角へ、くるくると回転しながら吹き飛んでいく。

 悔しさに歯嚙みする小太りの海賊の腹部に、渾身の力を込めて剣の柄を叩き込んだ。

「う…っ!」

 小太りの海賊は血反吐を吐き、その場に崩れ落ちる。気絶したらしく、ぴくりとも動かなくなった。

 ふぅと一息ついてから、レノスの応援に向かおうとした、その時だ。

「!?」

 どどどどっ! と数十人もの海賊たちがなだれ込んでくる。

 俺は仰天するほかなく、でもすぐ焦りながらも道を守ろうと立ち向かった。が、数の不利には敵わなかった。

 善良といってもいいのか……人の良さそうな海賊の指揮官によって、俺たちは全員捕縛された。アゼルを除いて。

 炭酸水はすべて運び出されてしまい、奪われた。

「ふぅ。あいつも役に立つことがあるもんだ」

 甲板の端に立っている女性の海賊が嘲笑する。年は……四十路前後くらいか? ふわふわの猫っ毛をしている。

 それにしても、『あいつ』? どういうことだ。

「それでは、またいつか。お坊ちゃん国王様」

 人の良さそうな海賊の指揮官は、にやりと笑い、背を向けた。

 その言葉を聞いて、俺ははっとする。--そういうことか。

 命を見逃すのは、また炭酸水を奪うためなんだろう。ということは、炭酸水を売りさばいてお金儲けをこれからもしていく気満々なのだ。

 人が良いなんてとんでもない。おまけに誰がお坊ちゃん国王様だ。腹立たしい。

 撤収していく海賊たち。離れていく海賊船を遠目に、俺はギリギリと歯嚙みした。

「くそっ!」

「落ち着いて下さい。ラーシ様」

 レノスが優しく宥めるも、俺の心は怒りでいっぱいだ。同時に思う。カレシア王国……ナヤフ陛下にも申し訳ないと。

 どうにかライリーレ王国に戻って運び直ししても納期が遅れる上、そもそもまた海賊たちに奪われるかもしれないのだ。

 せっかく大きな取引口になれたのに……くそっ、防犯意識が足りなかった。

「なんなんだ、あいつら! みんなで頑張って鉄樽に運び入れたのに!」

 湧き炭酸水とて、一度に汲める量はバケツ一杯分。大きな鉄樽を満たすのに、人の手で何千回汲んだと思っているんだ。

 ああもうっ、腹が立つ! みんなの努力をふいにして!

「ラーシ様……」

 後ろ手に縄で拘束されたままのレノスが、困り顔になっている。

 一方、オルドゴはふっと優しく微笑んだ。こんな時なのにどうしてだ。

「先生。笑い事じゃありません!」

「はっはっ。すまん。ただ、さすが陛下は……人の気持ちを大切にされる方だなと」

 オルドゴの隣に座り込んでいるザシェーバも、同意した。

「おっしゃる通りですな。民も、感動することでしょう」

 よく分からないものの、大袈裟では。感動って。

 不意の出来事に怒りが少し削がれた。冷静になった俺は、一人考える。

 ……でも、おかしいな。まだライリーレ王国の所在を知る者は圧倒的に少ない。炭酸水の件を含めて、どこから情報が漏れたんだ?

「さて。そろそろ縄をほどくか」

 ザシェーバがぽつりと呟く。

 俺は「え?」となった。縄をほどくって、もしかしてわざと捕縛されていたのか!?

「ザシェーバ。どうして……」

「私一人が暴れたところで、事態の収拾は図れませんでしたので」

 つまり、無駄な抵抗を選択しなかった。そういうことらしかった。

 宣言通り、縄をほどしたザシェーバは、俺たちの縄もほどいてくれた。それにしても、ザシェーバがいなかったら……あれ?

 アゼルが船内に残っていることを、海賊たちは知らないはず。だから捕縛されなかった。それなら、どうやって俺たちが縄をほどくと考えたんだ、あの指揮官。

 もしかしてアゼルに気付いてはいたけど、武器をとらなかったから野放しにしたんだろうか……? 分からない。



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