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 そして翌週--。

 カレシア王国に立つ日がやってきた。メンバーは、俺やレノス、ザシェーバたち三人、カザロ、他に五人。

 イブキはまた万が一の時のための戦力としてライリーレ王国に置いていく。やっぱり不満そうだった。なぜだろう。

 聞いてみたけど、「別に」と素っ気なかった。よく分からない。

「アゼルは、本当にいいのか?」

「……はい」

 ライリーレ号に乗り込んですぐ、俺はアゼルに声をかける。

 なんと、アゼルも同行してくれることになったんだ。オルドゴと一緒に。

 アゼルの意思が変わったというよりも、オルドゴが強引に連れて行くように思えなくもない。先生は意外と鬼のような面があるからなぁ。

「先生、厳しいところあるよな」

 苦笑いでうっかりと本音を言ってしまうと。

「そ、そんなことありません。先生は……その、僕のためにあえて厳しくしているんです」

 厳しいとアゼル本人も言ってしまっている。

 でも、アゼルにとってはそういうことじゃないんだろう。オルドゴを批難されたように受け取ったから庇ったのだと気付く。

 俺は慌てた。

「ごめん。先生を悪く言ったわけじゃないよ。……優しいんだな、アゼルは」

「え? そ、そんなこと……」

「あるよ。リスガからも聞いているけど、子どもたちから『優しいおにいちゃん』として人気あるじゃないか」

「……そう、なんですか?」

「うん」

 自信を持って欲しくて、優しく伝える。余計なお世話かもしれなくても、励ましたかったんだ。

 なんだか、アゼルって……ウシュベルーナとかぶるところがあるんだよな。ちょっと放っておけない。

「もっと自信持った方がいいよ。その、謙遜も過ぎるんじゃないか」

「え、あ、えっと……すみません」

「いや、謝らなくてもいいんだけど……」

「す、すみません」

「……」

 俺は眉をハの字にした。謝るのが癖になってしまっているんだろうか? 悪い癖としか言い様がない。全然悪いことをしていないのに、なぜ謝るんだ。

「それって癖?」

「え? 何がですか」

「すぐに謝るの」

「え、あ、すみま……ええと……、--はい」

 アゼルはうなだれる。

 みゃおみゃお、とうみねこが鳴く声が空から聞こえる。ライリーレ号も発進し、曇った空の下に広がる大海へ飛び込む。

 今日は天気が悪い。荒れなければいいけど。

 思わず空に目をやった俺は、はっとしてアゼルに視線を戻す。アゼルは甲板に立ち尽くしたまま、そして俯いたままだ。

「……鬱陶しい、ですよね。本当にすみません」

「そんなことないよ。でも、もったいないと思う。そんなに窮屈そうに生きていたら、つまらなくないか?」

「つまらない……?」

「だって、人の心ってもっと広いものだろ? 温かく受け入れてくれる人はたくさんいるのに、そこまで自分を卑下しなくてもいいのになって俺は思う」

 よかれと思って伝えた言葉だった。でも、アゼルは途端に苛立ちを滲ませた表情に変わって、俺のことを冷ややかに見つめた。

 思わずたじろいでしまうくらいに。

「ア、アゼル?」

「そんなの……恵まれた環境で育ったから言えることなのでは」

「え?」

「……すみません。失礼します」

 アゼルは恭しく一礼して、そそくさと立ち去っていた。俺は慌てて追いかけにいこうとしたけど、背後から声をかけられた。

「すまんのぅ。陛下」

「先生」

 そこにいたのは、オルドゴだった。なんだか申し訳なさそうな顔をしている。何か知っているのだろうか。

 でも、仮にそうだとして聞いてもいいのかどうか迷った。個人の込み入った話を勝手に第三者から聞くのはどうかと思ったからだ。

「えっと、いえ。……はは。アゼルを怒らせてしまったみたいです。またやらかしました」

 先日もイブキをちょっと怒らせてしまったことがあった。普通に会話はしてもらえたし、結局何が原因だったのか分からないままだけど……まぁ、俺が悪かったんだろう。多分。

 オルドゴは後ろ手を組んだまま、海の方に視線を向ける。遠くを見るように。

「アゼルはな、いわゆる毒親家庭で育ったようなんだ」

「え!?」

 毒親。子どもの心を傷つけ、毒になる親のこと……と知っている。

 といっても、具体的にはあまり知らない。俺の両親は優しくて俺たちのことを大切にしてくれる人たちだから。もちろん、厳しくする時もあったけども。

「……じゃあ、恵まれた家庭っていうのは」

「陛下のお育ちを羨ましく思ったんだろう。よく知りもしないでと言いたいが……確かに陛下のお人柄には育ちの良さが滲み出ておるから」

「そうなんですか?」

「はっはっ。本人に自覚がなくても、周りの者は感じるとるものだ」

 まぁ、確かに。シャルーラを見て、庶民だと感じる者なんて少数派だろう。それと同じように、俺も育ちがよく映るのかもしれない。周りの目に。

「……じゃあ、アゼルはきっとつらい思いをしながら育ったんですね」

「そのようだ」

 なんだか申し訳ないことを言ってしまった。知らなかったとはいえ、配慮に欠けていた。

 俺は俯いた。毒親家庭に育ったなんて……心が痛む。

 世の中、温かく受け入れる人はたくさんいる。それが間違いだとは思わない。だけど、少なくともアゼルの両親はそうではなかった。

 その現実は俺が思うよりずっと、壮絶な生い立ちに繋がっているんだろう。軽々しく、つらかったなと一言で済ませられるものじゃないのかもしれない。

「……俺、謝ってきます」

 身を翻そうとしたけど、オルドゴが制止した。

「待ちなさい。今はそっとしておいた方がいい」

「どうしてですか」

「本人が乗り越えるべきことじゃ。むやみに触れん方がよい」

「でも……」

「儂らのような恵まれた生い立ちの者の声など響かんと思うぞ。やりきれないが」

 オルドゴはそっと目を伏せて呟く。

 俺もまた、切なくなって俯いた。どうしたら、アゼルのつらい気持ちを無くすことができるんだろう。いや、無くしてあげたいなんて、それこそ強欲か……。

 じゃあ、せめて和らげられるように。そんな存在になりたい。せっかく出会った仲間だ。

 そして。

 アゼルのような生い立ちの者もまた、笑っていられる場所にしたい。

「先生。やっぱり俺、アゼルに謝ってきます。配慮に欠けていたことを」

 俺の声は、確かに響かないのかもしれない。

 それでも、伝えることに意味があると思うから。

「失礼します」と軽く一礼してその場を立ち去ると、オルドゴは何も言わずに見送ってくれた。呆れたのかもしれないし、温かく見守ろうと思ったのかもしれない。

 なんにせよ、ありがとうございます、先生。



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