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「え? 僕もカレシア王国に……?」

 目の前にいるアゼルは、びっくりした顔をしている。

 翌日。俺はリスガの様子を見にオルドゴ宅に顔を出し、アゼルに伝えたところだ。来週、カレシア王国に発つライリーレ号に一緒に乗ろうと。

 昨日今日と、うっかり話しそびれてしまっていたから。

「ど、どうしてですか? 僕なんてなんのお役にも……」

「そんなことはない。それに文官としてぜひ引き抜きたいから、色んな経験をしてほしい。嫌か?」

「え、あ……そ、んなことは」

 妙に歯切れが悪いアゼルに、俺は首を傾げる。

「やっぱり嫌なのか? 船が苦手だとか」

「あっ! そ、そうです! ですから、ちょっとご遠慮したいです」

「そう、か。それなら仕方ないな」

 苦手なものを強要したくはない。絶対に行かないといけないわけでもないので、俺はあっさりと諦めた。

「行ってきなさい。アゼル」

 そこへ、オルドゴがやってきた。あくまでにこやかな表情をして。

 俺もアゼルも驚くほかなかった。

「え、え、でも、先生……僕」

「ここに来る道中は平気そうだったじゃないか。様々な経験を積んだ方がいい」

「う……」

 言葉に詰まっている様子のアゼルだ。あれ? 船が苦手というのは断るための嘘だったのか?

 よく分からないものの……それほど嫌なのなら、確かに連れて行きにくい。

「先生、いいですよ。無理強いはしませんから」

「陛下は些か優しすぎていらっしゃる。時には鬼になることも必要ですよ」

「そ、れは……」

 俺まで論破されてしまい、言葉を返せなくなる。

 鬼になることも必要、か……。

 考えた末、俺は笑顔でアゼルの肩にぽんと手を置いた。

「アゼル。断っても構わないんだけど、俺はぜひ君を誘いたい。行く気になれたら、声をかけてくれ」

 これが俺の精一杯だった。

 オルドゴは苦笑している。でも、俺なりの努力が伝わっているのか、もう何も言わなかった。

 アゼルは強張った表情でそっと頷く。

「あ……は、はい」

「じゃあまた。先生、お邪魔しました」

 リスガたちにもしっかり勉強するよう声をかけ、俺はオルドゴ宅を後にした。

 一軒家を出てすぐ、道端にコスモスの花がところどころ咲いている。綺麗だ。心が和む。花はいいな。もっと花を増やしたら、美しい集落になるのでは。

 でも、ガーデニングをしようにも人手が足りない。まだ先の楽しみにしよう。

 集落の中の自然を感じながら、俺は村長宅に戻る。カザロと朝議をしていると、

 --リィィン!

 呼び鈴が鳴った。誰かがやってきたんだ。

「僕が出ますね」

「いや、俺が出る。カザロさんは任せていた案件を頼む」

 政務室から出て玄関に行くと、そこには笑顔のボランが立っていた。木の籠いっぱいにベリーパンを詰め込んで。

 ん? もしかして、ベリーパンのお裾分けか……?

 俺は一瞬ぎくりとした。心臓がどくんと疾走し始める。--だとしたら、今度はきちんと理由を説明して断らないと。

「ボランさん。どうかしたか?」

「ベリーパン、また焼いたの。今度も力作よ。よかったら、食べてもらえませんか?」

「ありがとう」

 まずはお礼を伝えてから、俺は苦笑いを作った。

「でも俺……実は、ベリー類が苦手なんだ」

「え!? そうなの!?」

「うん。だから気持ちだけありがたく受け取る。ベリーパンならリスガが大好物だから、リスガに譲ってもいいか?」

「も、もちろん。そういうことなら」

 ボランは予想外すぎることだったのか、目をぱちくりとさせている。すぐにいつぞやのことを思い出したのか、こちらも苦笑した。

「じゃあ、先日はごめんなさいね。無理に食べてくれたのね」

「俺が優柔不断だっただけだから」

「そんなことないわよぉ。陛下はお優しい方だもの」

 私のために断れなかったんでしょう、と信じて疑わないボランの眼差し。

 その通りだけど、でもやっぱり俺が強欲すぎたんだよな。これからはこんな風にきちんと自分の思いも大事にしていかないと。

 それにしても、よかった。断っても、ボランの様子は変わらない。みんなを信頼するってきっとこういうことなんだろう。

「ああ、そういえば。来週、カレシア王国へまた行くんですってね。もしかして、ザシェーバ様も?」

「ああ。そのつもりだよ」

「やぁ~ん、残念。みんな、気を付けていってらっしゃいね」

「はは。ありがとう」

 ボランはすっかりザシェーバの虜になっている。豪気で男性らしいところが好きなんだろうか。

「ボランさん、ザシェーバのことが本当に好きなんだな」

「やだっ、陛下ったら!」

「ぐえっ!」

 力強い動きで肩をバシッと叩かれた。もはや、騎士になれそうなほどだ。さすが、イブキの扱きにも耐えられている猛者。

 たじろぐ俺をスルーし、ボランは頬に手を当てて語り始める。

「ザシェーバ様って、本当にお優しいのよ。私のことも色眼鏡でみないっていうか」

「色眼鏡?」

「私……性自認が曖昧なのよね。男ではあるけど、可愛い物が大好きだし、可愛く振る舞いたくて。でもそれって男なのに変でしょう?」

「え? どうして?」

 俺は首を傾げざるを得なかった。なぜ、男性が可愛い物や可愛いことが好きだと変なのか、よく分からなかった。

「俺の弟も可愛い物が大好きでしたよ。テディベアーとか」

「え?」

「末の弟のことです。今でも香水とかオシャレな物が好きですし、テディベアー好きは変わりません」

「そうなの……?」

 ボランは困惑した顔だ。

「私が自意識過剰なのかしら」

「そうなんじゃないか? 可愛い好きは、女性だけの特権じゃないと俺は思う」

「!」

 ボランは不意を突かれたように目を丸く見開く。しばらく言葉に詰まっていたけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。

「そうですね。私もそう思います。……はあ、陛下も推せるわぁ」

「えっ!」

「ふふ、冗談よ。では、失礼しますね」

 咄嗟に飛び上がったからか、ボランは茶目っぽく笑ってウインクを飛ばす。ベリーパンが詰まった木の籠を俺に渡して、去って行った。

 う、うーん……露骨に反応してしまった。推してもらえることが嫌なわけじゃないけど、なんとなくびっくりしてしまった。

 博愛で相手を包み込むことに長けているザシェーバは、偉大だな。

 俺は手にある木の籠を見下ろす。焼きたてほわほわのベリーパンが五つ。リスガ、ダデラ、スウェンのお子様組に一つずつ配るとして、あとは……オルドゴとアゼルにも食べてもらおうかな。

 あーあ、俺もベリー類が苦手じゃなかったら食べられたのに。残念。

「カザロさん。ちょっとオルドゴ先生の家に行ってくる」

 奥の部屋に声を張って伝えると、「どうかされましたか?」とカザロがひょっこりと顔を出した。

 俺は笑顔とともに木の籠を掲げてみせる。

「ボランさんからベリーパンをもらったんだけど、リスガたちに譲ろうと思って」

「それでしたら、僕が行ってきますよ」

「え? でも……」

「ちょうど、オルドゴさんにお話を聞いてみたいと思っていたので。文官の心構えというものを」

 なるほど、と思う。元それぞれの国の文官同士、当時のやり方などを知っておきたいのかもしれない。

 今後に活かしてくれそうな議題だ。俺は納得して、木の籠をカザロに頼んだ。

「本当においしいですよね。このベリーパン」

 カザロが木の籠を受け取りながら、微笑む。

 俺は苦笑した。

「ごめん。実は俺、ベリー類が苦手で」

「え、そうだったんですか?」

「うん。でも、ふわふわのパンの部分は確かにおいしいよな」

 この間、食べた時の感想を笑顔で添えると、カザロもまたはにかんだ。カザロとは話していて気分が落ち着く。

 あまり無遠慮に踏み込んでこないからだ……と気付くと、さすが大人だなと思う。踏み込まない優しさもまた、良好な人間関係を築く上で大切なことかもしれない。

 俺もそういった優しさを見習わないと。



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