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「あ、いた」


 俺は息を弾ませ、呟く。

 ライリーレ簡略港の港内には、ライリーレ号が停泊している。そこに向かうイブキの姿を遠目に見つけ、俺は駆け寄ろうとした。

 近々、再びカレシア王国へ貿易に行く予定があるから、イブキはライリーレ号の調整をしてくれるんだ。

 --が。


「ラーシ様」

「……レノス」


 横合いから声をかけてきたのは、レノスだ。なんだか……気落ちしているような、それでいて気遣わしげな表情をしている。

 俺はその表情を見て察した。そうか。レノスだったのか。--ザシェーバが言っていたとある相談者というのは。

 正直なところ、俺もここまでくる道中で薄々分かっていた。だって、あんなにも俺のことをよく見ている奴なんて、レノスしかありえない。


「お前がザシェーバに相談したんだな?」

「はい」

「おかげで今、困ってるんだけど」

「……申し訳ございません」


 レノスは目を伏せ、真摯な顔で謝罪する。

 俺は責める気にはならなかった。反省しているのが伝わってくるし、そもそもレノスはあくまで相談しただけだ。まさかこんなに事態になるとは思っていなかったに違いない。

 と思っていたんだけど……。


「俺からザシェーバさんに頼みました。みなさんに節度を持って接してもらえるよう、伝えてもらえないかと」

「は?」


 レノスから頼んだ? ザシェーバが暴走したわけじゃなく?

 どういうことだ。


「どうしてそんなこと……」

「ここのところ、目に余っていたんです。ラーシ様の優しさに配慮せず、気付きもしない彼らの行動が。ベリーパンの件だってそうでしょう」


 ベリーパンって、俺が無理に食べようとして、でもイブキに助けてもらったことか?


「あ、あれは俺がただ固辞できなくて……」

「それはボランさんに気を遣ったからでは? ブルベリーのお味見の件だってそうでした。なぜ、そこまで無理をして気を遣われるのです」

「う……それ、は」


 痛いところを突かれて、俺は言葉に詰まる。どう答えたらいいものか……いや、でも。

 俺はキッとレノスを睨み上げた。


「それとこれとなんの関係がある! 最初から俺に言えばよかっただろ!」


 つい声を荒げると、レノスもまた言葉に詰まっていた。その通りだから、だろう。


「俺は心配して……」

「みんなが悪いわけじゃないのに、みんなを悪者扱いするな! お前も過保護なんだよ、昔っから!」

「……そうかもしれません。確かに俺もここまでみなさんがよそよそしくなるとは思っていなかった。見通しが甘かったです」

「だから、そういうことじゃない……!」


 俺がまだ成人していないからといって、過保護にしすぎだろう。小さな子どもというわけじゃないのに。


「たとえ、気疲れしたとしても、それは俺の責任だ。俺が一人で解決すべきことなんだよ」

「なんでも、お一人で抱え込まないで下さい」

「人に頼ってばかりいても、人は成長できないだろう」

「では、心配くらいさせて下さい。確かに……俺も悪かったです」


 ようやく本当の意味での謝罪を引き出たけど、俺はまだ怒りが収まらなかった。なんていうのか、裏切られたような気分が強くて。

 ザシェーバの時は、もっと大人な対応ができたんだけどな。


「心配なんてしなくてもいい。俺は来月には大人になるんだから」


 ふん、とそっぽ向く。俺はその場をそそくさと立ち上がって、声をかけようとしていたイブキの下に向かった。

 ……レノスは追いかけてこなかった。





「それは。派手な喧嘩をしたものだな」


 イブキが苦笑いで相槌を打つ。

 あれからライリーレ号に入って、俺はイブキに愚痴っていた。主にレノスのことだ。

 イブキは初めは真剣な顔で聞いてくれていたけど、過熱していくと段々と苦笑いに変わっていった。二人も喧嘩することがあるんだなと、ちょっぴり不思議そうな雰囲気で。


「あっちが悪いんだ。俺のことをいつまでも子ども扱いして」

「六年前からの付き合いなんだろう? まだ子どものままに思えるんじゃないか?」

「来月でもう十七歳になるのにか?」

「兄貴分とはそういうものだ。俺とて、アヤメ……年の離れた妹のことは、いつまでも小さく可愛い妹のように思っていた」

「ふぅん……」


 俺は……あんまりピンとこない。ウシュベルーナは双子だし、エリューハニスは一つしか年が変わらないからか?

 ともかく、昔のことを懐かしむイブキの目には、未練も何もなさそうに見える。色んな過去を、吹っ切りつつあるんだろう。


「なんか、ごめんな。嫌なことまで思い出させたんなら」

「……今、お前が思い出させたわけだが」

「えっ!?」


 はっとして顔を上げると、イブキはどことなく困ったように笑った。


「ラーシヴァルト。お前は確かに優しすぎる。周りに気を遣いがちだ。自分は周りに対しては、気を遣わなくてもいいというのに」

「そんなこと……」

「ある。レノス殿の気持ちも俺には分からなくもないんだ」

「そう、なのか……?」


 そんなに俺って優しすぎるのかな? 確かにみんなを傷つけないように言動には注意しているし、なるべく不快な思いをさせないように気を付けてもいる。

 でもそれって、人に対する必要な配慮なのでは?

 好き放題、言いたい放題に振る舞ってしまったら……人が離れていきそうに思う。それは国王として致命的な振る舞いのはず。

 あれこれ考える俺に、イブキはそっと息をつく。


「やはり、お前は周りに対して気を遣いすぎだ。ベリーパンの件だって苦手で食べられないのなら、正直に伝えた方がよかった。なぜ、伝えずに無理をしたんだ」

「だって……ボランさんが一生懸命作ったって聞いて。断れるわけないだろ」

「なら、こっそり捨てればよかったのでは」

「そんなことできるか!」


 咄嗟に強く言い返すと……イブキはちょっぴり呆れた顔をしている。なぜ。


「強欲すぎないか。ラーシヴァルト」

「え?」

「なんでもかんでも、手に入れたいと言わんばかりだ。人一人が優先できるのは、所詮一つだけ。自分のことをないがしろにすると、気疲れするのも当然だと思う」

「ないがしろって、そんな大袈裟な……」

「自分のことをもっと大切にしてほしい。お前が消耗していかないか、俺は心配だ」

「……」


 確かに正直なところ……ここ数ヶ月、みんなと距離が近付いていく分だけ、精神的に疲弊していく感覚はあった気がする。

 何も言えなくなる俺に、イブキに躊躇いがちに助言してくれる。


「時には線引きすることも大切だと思うぞ。すべての善意を受け入れる必要はない」

「……そう、か」


 みんなからの善意。なるべく受け止めたかったし、俺からも渡したかったんだけど、それをやりすぎてしまっていたのか?

 レノスが心配していたのも、そういうところだったのかも……。

 俺はしばらく沈黙して、船内の壁にふと寄りかかる。


「……俺、さ。昔、弟のことをすっごく傷つけたことがあるんだ」

「弟というと、どっちだ」

「ウシュベルーナだ。双子の弟の方」

「ああ。人見知りで大人しかったという」

「そう」


 イブキには、弟たちについてたまに話すことがある。同じ兄としての立場から悩まされていたこととか、弟妹自慢とか、話が合って。

 といっても、話すのはもっぱら俺だけども。


「幼い頃からウーシュは自分に自信がなくて、昔はよく自分はダメ王子なんじゃないかって相談されてた。そんなことないよって必死に伝えていたんだけど……あまりにも回数が多くなってさ。俺、疲れてしまって、咄嗟に『めんどうくさい』って言ってしまったんだ」


 その時の、ウシュベルーナの深く傷ついた目をよく覚えている。俺に拒否された感覚だったのか、絶望感たっぷりの表情だったと思う。

 今、振り返っても、本当に最低なことをしてしまった。まだ四、五歳頃のことだったとはいえ……兄失格だ。


「すぐに我に返って、慌てて謝った。ウーシュは笑って許してくれた。でも、それからもう弱音を吐かなくなった。もしかしたら、今も気にしているのかもしれない……」

「……」

「それからなんだか、人を傷つけることがすごく怖くて……。無理して人に合わせがちな自覚は正直なところあるよ」


 ため息とともに吐露すると、イブキは静かに「……そうだったのか」と相槌を打った。船室の小道具を調整する手を止め、俺を振り向く。


「ラーシヴァルト。それは確かにお互い気に病んでいることかもしれないが……結果的に悪いことではなかったのでは?」

「は?」


 俺は意味が分からず、眉間に皺を寄せた。

 悪いことじゃなかったって、何がだ。ウシュベルーナが傷ついた件なのに。

 咄嗟に何か言い返そうとする俺を、イブキが遮って語る。


「当時のお前は、限界だった。ウシュベルーナ陛下がお前に寄りかかりすぎていたからのように俺は思う。言葉こそきつかったかもしれないが、必要なことだったのではないか。二人がそれからも一緒にいるために」

「あの件は、別に俺がもっと優しくしてしっかりできていたら……」

「その考え方が、お前を苦しめているのでは?」


 イブキは真摯な目で、諭すように続けた。


「一人で背負いすぎだ。人間というのは、お前が思うよりもずっと強い生き物だよ」

「!」


 はっとする。

 言われてみると、確かにウシュベルーナはか弱い存在ではない。傷ついても、笑って謝罪を受け入れ、許してくれた。

 傷つけた事実を正当化するつもりはないけど……でも、そうだな。俺が何かしてやらなくたって、ウシュベルーナもエリューハニスも立派に力強く育ったんだ。

 そしてそれは、ライリーレ王国のみんなも同じだろう。

 みんなを信頼していなかったわけじゃない。俺が必要以上に心配しすぎていただけだ。やっぱり、みんなは悪くない。

 俺が未熟だったんだ。一人の人間として。


「……イブキ。ありがとう」


 俺は顔を上げ、イブキに向かって笑う。


「自分の至らなさがよく分かったよ。長々とごめん。仕事の邪魔をしたな」

「別に構わない。話したいことがあれば、これからも気にせず話してほしい。俺とお前の仲だろう」

「はは。本当にありがとう。じゃ、俺……レノスやザシェーバたちに謝ってくるよ」

「それがいい」


 イブキもふわりと微笑む。

 イブキはしっかりしているなと思う。率直な物言いが、でもすごく胸にストンと落ちる。

 俺は片手を上げ、船内を立ち去った。



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