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「あ。おはよう、ボラン」
翌日。
朝食を食べた後、リスガがいるオルドゴの家に顔を出そうと外を歩いていたら、エプロンを腕に抱えているボランと鉢合わせした。
いつもなら明るい笑顔を向けてくれるんだけど、今日のボランは様子が変だ。どことなく、引き攣った笑みを浮かべた。
「お、おはようございます。陛下」
それだけ返し、そそくさと通り過ぎていく。
……ん? なんだ、急に『陛下』呼びをするなんて。それにどうしてああも素っ気なかったんだろう。普段はもっとお喋りな人なんだけど。
急いでいたのかなぁとその時はあっさりと解釈して、なおもオルドゴの家に向かう。
オルドゴの家は集落の片隅にぽつんとある。もちろん、アゼルと二人暮らしだ。村長宅からは徒歩で十分ほど。
その間にも、畑へ向かう村民たちと次々とすれ違った。みな、「おはようございます、陛下」とだけ妙によそよそしく挨拶をして、慌てて走り去っていく。
えーと……一体何があったのか。どうしていつもみたいに雑談できないんだろう。『陛下』呼びを強制した記憶だってやっぱりないんだけども。
内心首を捻るしかない俺だけど、ひとまずリスガの下へ顔を出した。
「先生、お邪魔します」
「おお。陛下。おはようございます」
「おはようございます。リスガはもうきていますか?」
「もちろん」
オルドゴと挨拶を交わしてすぐ、奥からひょっこり現れたリスガが俺に勢いよく抱きついてきた。
「ラーシヴァルト! おはよう!」
「おっと。おはよう、リスガ」
ぎゅーっとハグをお返しする。
「おはようございまーす。先生」
ちょうどそこへダデラがやってきた。いつもなら、なぜかむっとしたような顔をするところなんだけど……ん? ダデラは小さく「おはようございます、陛下」と呟いて、静かにリビングに行ってしまう。
ダデラまで。
急速に距離を感じる。俺はなんとも不安になった。
もしかして、俺……村民のみんなに何かしてしまったのか? だから距離を置かれている。そうとしか考えられない。
「ダデラ、おはよう」
俺はリスガを体から引き剥がして、テーブルに腰掛けているダデラの下へ歩み寄った。
ダデラは鞄から問題集を取り出している。でも、俺に声をかけられてびくりとしていた。
「な、なんでしょうか? 陛下」
「どうして急にそういう口調とか敬称呼びになったんだよ。俺、何かしたか?」
「……いえ。そんなことは」
「理由もなく、ここまで態度を変えないだろ」
「……」
押し黙るダデラ。
俺から苛立ちを察したリスガが少し不安そうな顔をしていることに気付いて、俺ははっとする。慌ててリスガの体を抱きしめた。
「ごめん、リスガ。別にダデラに怒ってるわけじゃないんだよ」
嘘ではないけど、真実とも違うような気がする言い訳をする。
だって、悲しいのは本当だ。せっかくあんなにも仲良くなれたはずだったのに、その関係が消えて無くなってしまったようで。
「ダデラ。教えてくれないか? 他のみんなも同じような感じで……不安だし、ちょっと寂しいんだ」
俯いていたダデラだったけど、はっとした顔を上げて俺を見た。俺の気持ちを慮ってくれたんだろう、言いにくそうにぽつぽつと教えてくれた。
「その、俺も詳しくは知らないんだけど……ただ、父ちゃんとパパに言われて。陛下に対してきちんと礼儀を弁えて、節度のあるお付き合いをしなさいってさ」
「二人から? いつ?」
「昨日の夕方。家に帰ったら言われた。ちょっと怖い顔で」
「……そう、だったのか」
まだ謎が残るけど、でも少なくともダデラがよそよそしい理由が分かって、俺は少しほっとした。
嫌われたわけじゃなかったらしい。よかった。
「ありがとうな、ダデラ。じゃあ、俺から二人に話を聞くから」
「……なんか、ごめん」
「いいよ。二人から諭されたことを守っただけだろ? ダデラが悪くない」
俺の言葉を聞いて、ダデラもまたほっとした顔をしていた。
ただ、リスガは何か許せないものがあったみたいだ。ダデラの椅子からぶらんとしている足を思いっきり蹴っていた。
すぐに怒ったけど、リスガはぷいっと知らぬふり。はぁ、やれやれ……。代わりというのか、俺のために怒ってくれる気持ちは嬉しいんだけども。
ダデラはちょっぴり涙目だった。
「じゃあ、俺は行くから。しっかり勉強しろよ、二人とも」
まだアゼルと挨拶をしていないものの、今は急ぎたい。玄関に向かうと、今度はスウェンとばったり会う。
スウェンの場合は保護者の送迎があるわけで。スウェン父とも顔を突き合わせ、またも引き攣ったような表情をされた。
「お、はようございます。陛下」
「おはよう」
俺が次に話しかけようとする前に、スウェン父はそそくさとスウェンを連れてオルドゴの下へ行ってしまった。
うーん……こうも分かりやすく避けられると、さすがの俺もショックだ。もしかしたら、表情に出ているかもしれない。
なるべく動揺を表に出さないようにして、俺はオルドゴ宅を出た。
「あの二人は……山の方だな」
よし。急げば、追いつけるかもしれない。
俺はライリーレ簡略港に続く山道を、颯爽と走った。
「あれ? --イブキ! おはよう!」
ライリーレ簡略港までの途中、イブキも悠然と歩いていた。一人だ。
イブキは普段あまり村民たちと馴れ合わない部分があるから。仕事前は特にそう。なんでも、その日の仕事日程をじっくり考えたいそうだ。やっぱり真面目な男だ。
「……ラーシヴァルト」
俺が足を止めて声をかけると、イブキも足を止めて振り向いた。
その時、はっとする。もしかして、イブキまでもが俺によそよそしくするんじゃ……?
体が強張った。心臓がばくばくと早鐘を打つ。
震えそうになる両手でぎゅっと握り拳を作ったけど、イブキはあっさりといつものように笑った。
「おはよう。どうした。不安そうな顔をして」
「え、あ……」
俺はなんだか泣きたくなった。あまりにも安堵して。
イブキにまで距離を置かれたら……もう立ち直れなくなると思っていた。本当によかった……。
「ラーシヴァルト?」
「な、なんでもないよ。ありがとう。じゃあ、お互い仕事を頑張ろうな!」
イブキにはなんとなく話せず、俺は笑顔を取り繕ってまた走り出した。
話せなかったのは、本当になんとなくでしかない。イブキを信頼していないとかそういうわけじゃなくて……ああ、そうだ。
あんまり心配をかけたくなかったから、だ。
イブキは優しい。現在のあの穏やかな表情を曇らせたくはない。俺一人で解決する。
ザシェーバたちの姿は見当たらない。まだ、ゆっくりと朝食を食べていたのかもしれなかった。力仕事だからなぁ。
「はぁっ、はぁ…っ……」
がむしゃらに山道を駆けていると、やがてライリーレ簡略港が見えてきた。
が、ダデラ父二人が向かうのは山だ。まだ舗装されていない山道に体を向ける。いい加減に疲れてきてしまい、走る速度を落とす。
あの二人……出発が早いんだな。でも、ここで諦めたら、もやもやを抱えたまま、政務をしなくてはならなくなる。そんなのしんどすぎる。
頑張って足を動かしていたら……あっ! いた!
「ダデラパパたち!」
二人の名前を後方から呼ぶと、ダデラ父二人ともびくっと体を震わせた。とはいえ、さすがに無視することなく、足を止めて俺を振り返った。
やっぱり、ぎこちない笑顔を浮かべて。
「……おはようございます。陛下」
「何が私どもにご用でしょうか?」
今思うと、引き攣っているというよりも、強張った表情に近い気がする。
てっきり、彼らが急に俺に対して敬意を払うように村民たちを取り仕切ったのかと思っていたけど……んん? もしかして、彼らも誰かに言われたのか?




