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「えっ。どうされたんですか。そのじゃがいも」


 村長宅。仕事をしているカザロの下に戻ると、カザロは目を点にしていた。そりゃあ、土汚れがついたじゃがいも一つだけ持って帰ったら、そうもなる。


「レノスから持たされた」

「お土産ですか?」

「そんな感じ」


 畑でのドジ王子ぶりを語ると、カザロは苦笑いしていた。「ご無理はなさらず」と笑いを堪えながら助言し、じゃがいもが乾いているかどうかを確認した。


「では、ベニートのところに持って行きますね」

「ああ。頼む」


 カザロにじゃがいもの処理を頼み、俺は奥の政務室へ入った。うっすらお尻の部分に土汚れがついているのも構わずに、椅子にどかっと腰を下ろす。

 さて。政務の再開だ。

 今現在、俺が着手しているのは法律に関して。ゆくゆくは法治国家を目指すため、法整備をしていかねばならない。


「人種差別、あらゆる偏見を禁ずる、と」


 細長い羊皮紙に羽根ペンで書き込む。これが最初の法律だ。

 俺が理想とする国を作り上げるために。

 イブキが昔、差別がゆえに行く当てがなく、一人で孤独に生きようとしていたことをふと思い出した。差別なんてあってはならないことだと、今も俺は断言できる。

 だって、みんな、同じ一つの生命だ。そこに優劣はない。上下関係だって、本来ならないもののはず。

 みんなが手と手を取り合い、仲良く支え合って暮らす。俺はやっぱりそんな国にしたい。

 その後はカザロがすぐ戻ってきて、一緒に軍組織について話し合った。結果、ライリーレ王国での軍の定義は、防衛に特化した王立防衛騎士団とすることにした。

 騎士団長は、ザシェーバに頼むつもりだ。


「では、次回のカレシア外交に、彼らも乗船させるということでよろしいですか?」

「ああ。あと、それから」

「はい」

「アゼルも連れて行こうと思う。彼も文官として引き抜くつもりなんだ」

「そうでしたか」


 カザロは、なんだかほっとしたような顔をしている。あれ? もしかして、今のところ

自分一人だから不安だった、とか?

 だとしたら、ちょっぴり申し訳ない。


「彼とも文官同士、仲良くしてもらえたら嬉しい」

「ええ。もちろんですとも」


 カザロは柔和に微笑む。俺もにこりと笑った。心が和むというか、ほっとするよ。カザロは温厚だし、それに不思議と一緒にいて気疲れしないから。

 なんでだろうな。


「ザシェーバさんたち、ここの生活に馴染みましてよかったですね。ラーシヴァルト様」


 コポポポポ……。

 カザロがテーブルで紅茶を淹れながら、口を開く。


「うん。ほっとした」


 実は何か問題があったりしないかは気になるけども……今のところ、誰からもそういった話題は聞かない。本当に仲良くできているんだろう。

 みんななら大丈夫だと信じてはいた。でも、想像以上にすんなり上手くいっている。これもみんなの努力の賜物だな。


「ボランさんは、すっかりザシェーバさんに熱を上げていますしね」

「確かに」

「他の騎士の方も、僕たちに理解を示して下さって……本当にありがたいです」


 心の底から感謝を噛みしめているカザロに、俺は眉をひそめた。

 言いたいことは分かる。でも。


「カザロ」


 俺は文机に座ったまま、真剣な顔で口を挟んだ。


「マインドとしては立派だと思う。でも、理解を示すのは当たり前のことだと俺は思うよ」

「!」


 虚を突かれた風のカザロは、数秒置いて「さすが、ラーシヴァルト様です」と柔らかく

笑んだ。その目には敬意の色が色濃かった。

 大したことを言ったつもりはないんだけども。


「僕より一回り近くも年下であらせられるのに……さりげないお考え方に、とてもはっとさせられます」


 僕も見習わないといけませんね、とやる気を出した様子のカザロだ。

 と思ったら、勢い余って紅茶がティーカップの縁より上回ってしまい、床にこぼれた。


「ああっ! す、すみません。ラーシヴァルト様」


 カザロは慌てて失敗した紅茶を片付けようとする。

 でも、もったいない。俺はすかさず「飲むから、大丈夫だ」と声をかけ、席を立った。

 ティーカップのなみなみになっている紅茶を少しすすってから、文机に持って行く。文机の端っこにティーカップを置いて、俺は政務を再開した。

 さぁ。少しずつ仕事を進めていこう。





 その後、昼まで根を詰めて仕事をした。正午になった途端、リスガが村長宅に突撃してきて、俺は仕事を一旦止めるほかなく。


「今日の昼ご飯はなんだろうねー」

「はは。楽しみだな」


 リスガに手を引かれて向かうのは、広場だ。

 ライリーレ王国では、晴れた日は広場に集まってみんなで昼食を食べるんだ。ベニートやボランたちが炊き出しのように食事を配る形で。

 地面に咲くピンク色のコスモスを踏まないようなんとなく気を付けながら、広場に顔を出すと、すでにそこにはたくさんの村民たちが集まっていた。


「うまいなぁ! 絶品だ!」

「ベリーパンもいい!」


 俺はぎくりとした。ベリーパン? マジでか。

 リスガが不思議そうな顔をした。


「ラーシヴァルト?」

「あ、いや。なんでもないよ。はは」


 ベリー類が苦手だなんて、恥ずかしくて言えない。そもそも、ベリーを植えたがったのはリスガだ。彼の好物を否定するようでますます言いにくい。


「じゃ、もらいに行くか」

「うん」


 列に並んで待ちながら、村民たちの笑い合う光景を見つめる。みんな、楽しそうだ。つられて、俺まで嬉しくなる。

 この幸せを、絶対に守る。


「あら、ラーシヴァルト様! リスガも」


 ようやく順番が巡ってきて、俺はボランからローストポテトを受け取った。ベリーパンについては理由をつけて固辞しようとしたんだけど--。


「今日のベリーパン、私が焼いたのよぉ。ぜひ食べてみて下さいな」

「え、あ、そうなのか」


 せっかく、ボランが一生懸命作ってくれたベリーパン。

 お腹があんまり空いていないという嘘を咄嗟につけず、俺は受け取るしかなかった。ま、まぁちょっとしか入っていないだろうし、大丈夫だろう。


「はい。リスガも」

「ありがとー」


 リスガも配膳を受け取ったので、俺たちも脇の木製テーブルに移動して、食べ始めた。まずは、ほくほくのローストポテトからだ。


「ん、おいしい」

「ね」

「塩加減が絶妙だな。さすがベニートさんだ」

「ボランかもしれないじゃん」

「あ、そうか」


 話しながら、おいしくいただく食事。午後も頑張ろうという気持ちになれる。

 あ、そういえば、午後からといったら。


「リスガは午後からパン作りするか?」


 そういえば、まだベニートに伝えてなかった。

 リスガはベリーパンにかぶりつきながら、こくりと頷く。


「うん。伝えてくれた?」

「ごめん。まだ」

「もう。いいよ、自分で頼むから」

「悪い、悪い。すっかり忘れてたんだよ」


 自分で頼んだ方が自立面ではいいのかもしれない。習うのはリスガ自身だ。

 とはいえ、もちろん保護者の俺からもよろしくお願いしよう。


「ラーシヴァルト。パンは食べないの?」

「あ」


 ついついローストポテトばかりを食べていた俺だけど、ベリーパンを放置していたことを思い出す。僅かに震える手でふっくらしたベリーパンを掴み、思い切ってかぶりついた。

 ああ、やっぱり苦手だ。しかも、中にもたっぷりベリーが……。

 俺は逡巡した。どうしよう。ボランには悪いけど、完食できそうもない。いや、でもせっかく作ってくれたものを残すわけには……。

 吐き戻してしまいそうになるベリーパンを必死に飲み込む。今の俺は、もしかしたら涙目になっているかもしれない。

 こんなことなら、嘘の理由でもいいからはっきりと固辞すべきだった。

 ぷるぷる震える手を持ち上げ、もう一口食べようとした時だ。ガッと誰かから手首を掴まれた。


「え?」


 ふと右手を見ると、イブキが立っていた。俺の手首を掴んだのもだからイブキだ。


「無理して食べなくていい。俺が代わりに食べてやる」

「あ、でも……」

「苦手なものを無理に克服しようとする必要はないだろう」


 イブキは半ば強引に俺の手からベリーパンを奪い取り、ぱくっと食べてしまう。

 リスガはきょとんとしていた。


「え、ラーシヴァルトってベリーパンが苦手なの?」


 俺はもう誤魔化せなかった。


「あー……うん。実はベリー類全般が苦手でさ」

「そうだったんだ。なんかごめんね、ベリー畑を作っちゃって」


 しゅんとするリスガに、俺は慌てる。


「謝らなくていいっ。俺が勝手に苦手なだけだから」


 そう伝えても、リスガは元気なさげなままだった。俺が苦手なものを知らず、また生産を主張した自分を責めているようだった。

 ……俺のせいで。どうしてベリー類が苦手なんだ、俺。


「リスガ。本当に気にしてないから。お前も気にするな。な?」

「うん……」


 気落ちしたままのリスガ。

 イブキはそっと息をついた。くるっと踵を返す。


「俺は仕事に戻る。あまり気にしない方がいいんじゃないか。二人ともが」


 妙に核心をついた言葉を口にして、イブキは立ち去っていく。

 俺は慌てて「ありがとな! イブキ!」と遠ざかっていく華奢な背中に声をかけた。イブキはちらりとこちらを振り向き、片手を上げる。

 俺も手を振り返して、その場は別れた。


「リスガ。俺たちもそれぞれ仕事に行こう。頑張ろうな」


 俯いているリスガの頭をぽんぽんと軽く叩いて、俺は二人分の食器を下げる。ベニートに渡すついで、リスガのことを頼んだ。

 ベニートはにこにこと笑いながら承諾してくれた。


「あ、ラーシヴァルト様。私が焼いたベリーパンどうでしたぁ?」

「あ、ああ。すごくおいしかった……よ」


 俺はにこりと愛想笑いをボランに返す。ボランは何も気付かず、無邪気に喜んでいた。

 ……ふと、視線に気付く。

 はっとして振り返ると、レノスがまた気遣わしげな顔で俺のことを見ていた。

 まただ。一体なんでだろう。

 声をかけるよりも先に、ザシェーバがレノスに話しかけたものだから、俺は追及する機会を失ってしまった。

 二人の話はまだまだ続きそうだったので、俺は渋々と村長宅に戻った。

 ……この時はまだ知らなかった。

 まさか、翌日から『あんな状態』になるなんて。



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