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「あーっ!」
スウェンの泣き声が室内に響き渡る。
俺たちははっとして振り向いた。ガラガラと音を立てて、積み木のお城が崩れていくのが見えた。ああっ、せっかく頑張って作っただろうに。
しょんぼりとするスウェンの小さな体を、俺は駆け寄ってすっと抱き上げる。
「よしよし。残念だったな」
スウェンは今にも泣き出しそうだ。慌ててあやすと、でも逆に俺の温もりによって安心したのか、ぎゃんぎゃん鳴き始めてしまった。ええっ!?
「やーい。ドジ王子が泣かせたー!」
茶々を入れるのはリスガだ。まったく、いじり大好き猫少年が。
対して、ダデラはうるさそうに一瞬だけ顔をしかめた。だけど、すぐに自身の勉強に集中し直す。おお、大人だ。
「うるさいぞ、リスガ! ああっ、ごめんな、スウェン!」
「わぁああああん!」
必死にあやすしかない。体を揺れ動かして、どうにか宥めた。おかげか、ほどなくしてスウェンは泣き止む。
ふぅ。よかった。あの二人(両親)にちょっと申し訳ないことをしてしまったな。
その時、俺はふと気付いた。アゼルが奇妙な顔をして俺たちのことを見つめていることに。なんだかやるせなさそうというのか、切なげというのか。
やっぱり、過去に何かあったのかな……?
「アゼル?」
俺が声をかけると、アゼルははっと我に返った様子だった。いつものようにふにゃりとした弱気気味の笑顔を浮かべる。
「す、すみません。ちょっと、ぼーっとしていました」
「……本当にそれだけか?」
「はい」
「……」
何か隠されているような気がしたものの……俺たちの付き合いは、まだ数日。人のプライバシーにずかずかと踏み込むのは気が引けて、それ以上は聞けなかった。
ううむ。イブキにだったら、あんなに強引にいけたのに。不思議だ。
リスガたちの様子を見た後は、ライリーレ王国の畑に足を向けた。
今日も秋晴れのいい天気だ。畑の収穫作業も進んでいることだろう。特に今はじゃがいもがまだまだ採れる。
「あっ! ラーシヴァルト様!」
俺の姿に気付いた若いサーシェ人男性が、ぱっと表情を明るくして面を上げる。
俺はにこりと笑い返した。
「お疲れ様。みんな」
畑作業に従事している……ええと、九人。レノスも含めて。本当に毎日ありがたい。
俺は畑の脇にある荷馬車を見る。じゃがいもが今日も大量だ。おお。
「今日も大収穫なんだな」
「ええ」
スウェンの父がにこやかに頷く。首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら、俺の傍までやってきた。
「今夜もみなでベニートさん特製のじゃがいも料理を食べられますね」
「はは。そうだな。次はどんな料理を作ってもらえるんだろう」
話していると、他のみんなもわいわい集まってきた。
「楽しみだな、ベニートさんの料理」
「おいおい。ボランも手伝ってくれてるだろ」
「あいつはやらかし要員だろ。はは」
ここにボランこと若いサーシェ人女性がいたら、憤慨すること間違いなしだ。
だけども、俺もつられて笑ってしまった。確かに彼はよく失敗して、料理が真っ黒焦げになることも多い。それらは残念ながら廃棄処分行き。
イブキは律儀に食べようとして、ボランは感激していたな。罪な男だよ、まったく。
「ラーシヴァルト様。うちの息子は大丈夫でしたでしょうか?」
スウェンの父が心配そうな顔で訊ねる。俺はすぐに「ああ。元気そうだったよ」と慌てて笑みを取り繕った。
すかさず、レノスが突っ込みを入れる。
「陛下。その顔は、何かやらかしましたね?」
「う……」
あの珍出来事を隠すのは無理だと察して、俺は白状した。スウェンを宥めるために抱っこしたら、逆に大泣きさせてしまったことを。
「ごめん。二人とも」
しょんぼりとしてスウェンの両親に謝ると、なぜかその場にどっと笑いが起こった。スウェンの両親二人が豪快に笑い飛ばしたんだ。
「はっはっ! 心配せずとも構いませんよ、ラーシヴァルト様」
「そうですよ。きっとラーシヴァルト様に抱え上げてもらったら、安心したんでしょう」
あっさりと許してもらえて、俺はほっと安堵した。てっきり、眉くらいはひそめられるかと思った。本当に気にしていないみたいだ。
「ラーシヴァルト様。ダデラはどうでした? 真面目に勉強していましたか?」
「あの子は、あまり飲み込みがよくなくて」
意外な情報に俺は目を丸くしたものの、苦笑いで「大丈夫だったよ」と返した。実際、ダデラは真剣に勉強していた。リスガよりもよっぽど。
「ラーシヴァルト様」
「ん? なんだ」
「こちら、お味見をしてみませんか? 畑で取れたラズベリーです」
「ああ。ありがとう」
ダデラ父から受け取ろうとすると。
「ラーシヴァルト様! こちらのラズベリーもぜひ!」
「こっちも!」
「はは。みんなありがとう」
みんな、どことなく嬉しそうに収穫物を差し出してくる。俺はその量に圧倒されながらも少量ずつ、全員のものを食べた。
うう……甘酸っぱい。正直、苦手なんだけど……でも、みんなからの好意を断るのは気が引けて。
俺は努めて笑顔を作った。
「おいしい。みんな、ありがとう」
ともかく、ベリー畑も大収穫だ。
「……ん? レノス?」
ふとレノスの視線に気付いて、俺は輪の外れ……斜め前方に顔を向けた。
なんだろう。どこか気遣わしげな顔をしている。同時に村人たちを見る目にちょっと不快げな色もあって、俺はびっくりしてしまった。
「レノス。どうした」
俺はレノスがいるところへ歩いて近付いた。もう一度、名前を呼ぶと、レノスははっとしたような顔をして、慌てて取り繕ったような笑顔を浮かべる。
「いえ。なんでもありません」
「嘘つけ。なんか気になる顔をしていた」
「はは。俺のことがそんなに気になるんですか」
「気になるよ」
はぐらかされても負けじと素直にぶつけると、レノスは息を呑んだ。思わずといった様子で、手で口元を押さえる。その口元は僅かに緩んでいた。
「……参りましたね。ラーシ様にそう言われますと」
「じゃあ、教えてくれよ」
「また後日ということで」
「なんだよ。ケチ」
軽口を叩き合って不満を伝えるものの……本当になんだったんだろう。何が不快のポイントだったのか。それに誰のことを心配していたんだろう。
あ! まさか。
「あ、分かった。ボランへの軽口が悪口に聞こえたんだな? それで怒ったんだろ?」
ラズベリーをもらうくだりの前、料理下手のいじりがあった。きっとそれが不快で、つい表情に出ていたんじゃ。
レノスは「ぷっ」と吹き出した。
「はは。まるで頓珍漢なことを言いますね」
「え、頓珍漢!?」
またか! 俺のあだ名は一体どうなっていくんだ。
衝撃を受ける俺のことを、レノスは愛おしそうに見つめる。あまりにもその眼差しは優しく、また温かくて、虚を突かれた。
レノスって、いつからかこんな風に俺のことを見ることが多い。うーん……もしかして、亡くなった弟さんの面影を重ねているのか?
「今日はいつにも増して、突っ込みどころが多くあらせられる」
「ボケ担当みたいにしないでくれ……」
「ええ。もちろん」
レノスはにこりと笑い、懐からサッと例のあれを取り出してみせる。まるで自分こそがボケ担当だとでも言うかのように。
「冬の野菜は、大根を植えましょうかね」
「ボケじゃなくてギャグだろ。それ」
俺はツッコミをいれてから、吹き出した。腹を抱えて笑う。まったく、バカバカしい。
俺が元気に笑っている姿を見たレノスは、どこか安堵しているように見えた。
なぜだろう。俺、何か心配をかけていたのかな……?
「ごめん。レノス」
「え?」
「いや、なんでもない。いつもありがとうな。……よし」
俺は服の袖を捲り上げる。やる気満々で、畑の中に入った。
「俺も収穫作業をやるよ」
そう宣言すると、村民たちの声がわっと沸いた。
「おお! ありがとうございます!」
「さすが、ラーシヴァルト様!」
尊敬の眼差しと、親しみが込められた眼差しと。
全員の注目を浴びる中、俺はじゃがいもを土から掘り起こす。途中から引っこ抜いたら、勢い余って……いてっ!
尻餅をついてしまった。
「いたた……」
痛みに顔をしかめていると、村民が慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、ラーシヴァルト様!」
「お怪我は!?」
「おい、誰かベニートのところへ運んで差し上げろ!」
「だ、大丈夫だよ! 平気、平気」
過保護な村民たちに、俺はにこっと笑う。いや本当に大丈夫なんだ。お尻がちょっぴり痛いだけで。
「それよりも、俺もじゃがいもを……」
引っこ抜いた葉っぱ部分を空高く持ち上げたものの、あれ!?
途中で茎が折れてしまっていた。よって、肝心のじゃがいもが一つもない。マジで!?
「……取り損ねた。あ、あはは」
苦笑いを浮かべて話すと、村民たちは顔を合わせる。「ぷっ」と吹き出し笑いをしたかと思うと、みんなゲラゲラと笑っていた。
俺ももちろん、一緒に大笑いした。はは。本当にバカバカしい限りだ。
「大丈夫ですか、ラーシ様」
レノスが苦笑とともに、俺に手を差し伸べてくれる。
俺は笑いすぎて目にうっすら涙を浮かべたまま、その手を掴んだ。ぐいっと引き上げてもらい、その場に立つ。
やれやれ。これじゃあリスガの言う通り、ドジ王子だ。確かに。
「もう一度……」
「いえ。ラーシ様はそろそろお戻りになって下さい。政務があるのでしょう?」
俺はむっと口を尖らせた。
「せめて一個くらい、じゃがいもを収穫したい」
「なるほど。それでは。はい、どうぞ」
「は?」
俺の手を掴んで、手中にじゃがいもを乗せるレノス。もちろん、すでに誰かが収穫したもので間違いない。
なんだそれ!
「俺は自分で……!」
「はいはい。お戻りになって下さい」
じゃがいもを握りしめたままの俺の背中を、レノスが力強く押す。追い出されるようにして、俺は畑から出た。
せ、戦力外通告か?
「それでは、作業に戻りましょう。みなさん」
レノスが取り仕切ると、村民たちもまた作業に戻っていく。俺との交流時間が強制終了したからか、ちょっぴり残念そうな顔をして。
俺も……残念ではあるけど、確かに少し疲れた。一旦、村長宅に戻ろう。
「じゃあみんな! また」
片手を上げる。レノスも村民たちも笑顔で見送ってくれた。




