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ザシェーバを中心に、あっという間にみんな、村の生活に溶け込んだ。
国としては、ザシェーバたちの加入によって、ライリーレ簡易港まで続く山道の整備が進んだ。もちろん、農耕技術のノウハウも伝授してもらったけど、こちらはすでに元王立騎士レノスが担当していたこともあって、あまり聞く甲斐がなかった。
オルドゴたちについては……なんと。リスガやダデラたち子ども組の勉強を見てもらえることになった。
実は子どもたちの学業面をどうしたらいいのか困っていたから、大変ありがたい。
「うー。勉強ってつまらなーい」
オルドゴたちの家、広いリビングで勉強中のリスガは、テーブルに突っ伏する。げんなりとした表情で、早くも根を上げていた。
その向かい側で、真面目に計算式を書いているダデラは呆れた表情だ。
「真面目にやれよ。リスガ」
「うっさい。つまらないものはつまらないんだもん」
ちょっと様子を見に来ている俺は、苦笑するしかなかった。
リスガは頭脳労働よりも肉体労働の方が向いているのかもしれない。っていっても、畑仕事だってサボりがちだと聞くけど。何度、怒っても改めないんだ。
「じゃあ、リスガはどういうことならしたいんだ?」
俺が横合いから優しく問いかけると、リスガはぱっと顔を明るくした。
「パン作り! パン作りがしたい!」
「へえ、そうだったのか」
意外だ。食べる専門かと思っていた。でも、やりたいことがあるのはいいことだよな。
リビングの片隅で椅子に腰掛けているオルドゴも、のほほんとした笑顔を浮かべながら、会話に加わる。
「では、パンを上手に作るためにも、計算式をしっかり覚えないと、だのぅ」
「え? なんで?」
リスガはオルドゴを振り返る。嫌そうにしつつも首を傾げているリスガに、俺はオルドゴの窘め内容に口添えした。
「そうだよ。リスガ。おいしいパンを作るためには、材料の比率を自分で計算して試行錯誤しなきゃならないんだ」
「そ、そうなの?」
再び俺を見上げるリスガに、俺は軽く頷く。
「ああ。今は頑張って計算問題をたくさん解いて覚えよう。午後から、ベニートさんとパン作りをしたらいい。伝えておく」
「う……わ、分かった」
納得はしたようだけども、なおも嫌そうだ。よほど勉強嫌いみたいだな。
でも、最低限の教養はつけておいた方がいい。そうでないと、大人になって働くことになった時、リスガ自身が困ってしまう。
「ダデラは問題なさそうだな」
すいすいと問題を解いているダデラを見る。ダデラは、ちょっぴり自慢げに頷いた。
「うん。前にも話したけど、俺は寺子屋に通ってたから」
「そうか。偉いな」
ダデラの頭にぽんと手を置くと、正面にいるリスガがむっとした顔をする。途端にやる気を出して、計算問題が書かれてある羊皮紙と真剣な顔で向き合い始めた。
んん? リスガも褒めてほしいのか?
リスガだって頑張っているよと、咄嗟に褒めようとしたけど、ぐっと堪えて飲み込む。ここは心を鬼にして、問題を解き終えてからにしよう。
我ながら、リスガには甘い自覚があるからさ。
「解けた!」
数十分経って、やっとリスガが答案の羊皮紙を持ち上げる。
「ほう。どれどれ」
椅子から腰を上げたオルドゴがやってきて、そっと受け取る。
オルドゴが採点に取りかかっている間に、リスガは俺に向かって満面の笑みを浮かべた。何かを期待している顔だ。
はは。聞かなくても分かるよ。何を求めているのか。
「リスガ。よく頑張ったな」
俺はふっと笑みをこぼしながら、リスガの頭部をよしよしと撫でる。黒い猫耳と黒い尻尾が元気いっぱいに揺れ動いた。おお、今日も可愛らしい。
「へへっ」
びっくりするほど嬉しそうに笑っているリスガを、今度はダデラがむっとした顔をして見つめていた。え、なんだ?
「ダデラ?」
困惑して声をかけると、ダデラははっとした顔をして、その端正な顔立ちを後ろにぷいっと向けた。どことなく悔しそうに見える。なぜ。
リスガも不思議そうだった。オルドゴは……採点に夢中かと思いきや、柔和な笑みを浮かべながら呟く。
「青春だのぅ」
どういうことだ。ひそっと聞いても、オルドゴは教えてくれなかった。ちぇっ。
「アゼルおにいちゃん、みてー!」
後方を振り向くと、まだ幼いスウェンがアゼルと一緒に積み木で遊んでいる。
といってももちろん、ただ遊んでいるだけじゃないだろうと思う。バランス感覚とか、問題解決能力とか、様々な知育という面があるんじゃないかな。
何事も無駄な遊びなんてないはずだ。あ、いや、無駄がダメだという意味じゃなくて。
俺も、ちょっと二人に混ざろうかな?
「二人とも。俺も交ぜてくれよ」
笑顔で声をかけに行くと、スウェンはにぱっと笑った。
「いいよ!」
「何を作ってるんだ?」
「おしろー」
「はは。立派なお城ができたらいいな」
「うん!」
懸命に、目の前の積み木と向き合うスウェン。俺は微笑ましく思いながら、愛らしい姿を
見守る。傍にいるアゼルと一緒に。
「子どもは可愛いよな」
「あ、ええと、はい」
アゼルはぎこちなく同意する。まだ緊張しているみたいだ。
俺は苦笑した。
「タメ口でいいよ。俺たち、同年代だろ?」
「そう、ですね。僕は十八歳です」
「えっ!?」
なんてことだ。年上だったのか。
じゃあ、俺が敬わなければならない立場じゃないか。
「年上だったんだな……アゼルって」
「童顔なので。なんだか、すみません」
俺は内心首を傾げるしかない。なぜ、謝罪するんだろう。「いや。大丈夫だよ」とすぐに安心させるように笑い、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえば。オルドゴ先生の弟子になった経緯とか聞いてもいいか?」
「え? えっと……はい」
アゼルは緊張したままの表情で語る。オルドゴに引き取られた経緯を。
アゼルは大人になってすぐ、生まれ育った故郷を離れたという。何か仕事につこうとしたが、なかなか働き口が見つからず、道で倒れていたところをオルドゴに保護されたのだと。
「先生は……まず教養を身につけた方がいいとおっしゃって。それで一年ほど、先生に師事して勉強をしていたんです」
「なるほど」
確かに教養は大事だよな。どこの国に行ってもそうだろう。
「じゃあ、どんな仕事がしたいかとかあるか?」
「先生から学んだ知識を活かせる仕事がいいな、と」
「どういうことを学んだ?」
「えっと、計算や税についてなど……です」
自信なさげに俯くアゼルに、俺はにこっと笑いかけた。
「なら、文官なんてどうだ? 教わったことを活かせる仕事だよ」
「ぶ、文官ですか?」
「ああ。ダメかな?」
「い、え……でも、僕なんかにできるでしょうか……?」
窺うような目線のアゼルに、俺は安心させるよう微笑む。
「大丈夫だ。先生は昔、文官だったことは聞いていないか? 俺も教えるし、それに」
一呼吸置いて、俺は諭すように続けた。真剣な面持ちで。
「『僕なんか』なんて、そんなことないよ。自分を卑下するのはやめてほしい。アゼル、君だってもう立派なライリーレ国民なんだから」
「!」
アゼルははっとした顔で、でも同時に感極まったような表情を浮かべていた。
俺はびっくりしてしまった。大したことなんて言っていないのに。でも、何か琴線に触れたのであれば、光栄なことだ。
「あ、ありがとうございます……そうですよね。鬱陶しい、ですよね」
「え? い、いや、そういう意味じゃ……」
「以後、気を付けます」
断じてそういう意味ではなかったのだけども。
でも、強制的に話が終わってしまって、俺は追及するのを断念するほかなかった。あまりしつこく言ってもどうかと思ったし、それこそ鬱陶しがられるのではないかと思ったから。
アゼルは腰が低すぎるというか……なんだか、心配になるほど自分に自信がないように見える。なぜなんだろう。
過去に何かあったのか……?




