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「先生……。もしかして、聞いていらっしゃたんですか?」

「すまん。話しかけようと思ったら立て込んでいたから、つい」


 俺は顔を歪めるしかない。まぁ、聞かれて困る話ではなかったので別にいいけども……ちょっとひどい。盗み聞きなんて。


「もう……。仕方ないのでいいですけど」

「はっはっ。本当にすまん。許せ」


 オルドゴはあくまで朗らかに笑い、そしてイブキの小さくなっていく背中を見つめた。


「鬼族の彼も陛下のご側近か?」

「いえ」


 俺は即座に否定した。ふっと笑みをこぼして続ける。


「親友ですよ。イブキというんです。俺と同い年なんです」

「ほぉ。それは奇遇だな」

「はい。俺がマミバの謀略でアルヴェルス王国を追放された時……その先で出会ったのがイブキなんです」


 当時を振り返る。一人、心細い俺の傍にいてくれたイブキ。夢を見て泣いている俺を気にかけ、事情があったとはいえ裏切ったレノスに対して俺の代わりに怒ってもくれた。

 あの日からほぼずっと、イブキと一緒にいる。


「大切な親友なんですけど……でも、そう思っているのは俺だけなのかもしれません」

「なぜ」

「さっきのこと、ご覧になっていたでしょう? 嘘だったら……俺は拒絶されたことになります」


 俺はしゅんとして俯いた。

 強引にみんなと仲良くしてほしいと言わんばかりに考えを押しつけたのが悪かったのか? 確かにそんなに社交的な方とは思っていないけど……。


「鬱陶しかったんでしょうか。俺の配慮なし王子ぶりが」

「配慮なし王子?」

「イブキにつけられた愛称です」

「ふっ、はは。なるほど。陛下にぴったりかもしれんな」

「うっ……」


 やっぱりそうなのか。俺ってそんなにデリカシーがないのか……。

 じゃあ、どうすればよかったんだろう。ただ傍にいればよかったのか? そうしたら、イブキに拒絶されずに済んだのか?

 しょんぼりと落ち込む俺に、オルドゴは「青春だのぅ」と目尻を和ませる。

 俺はむっとした。青春って。


「ひどいです。先生」


 俺が放つ怒気に気付いたのか、オルドゴはすぐに苦笑した。


「いやぁ、すまん、すまん。つい昔を懐かしんでしまってな」

「先生の青春時代ですか?」

「ああ。儂とあやつの場合はライバルだったが……いやぁ、懐かしい。陛下たちのようにすれ違った時があったよ」


 オルドゴは懐かしむように目を細め、遠くを見やる。夕焼けの真っ赤な空を。


「あやつは武官で、儂は文官。戦のあり方について揉めたことがあった。どちらも平和を求めていたにも関わらず」

「それはどういう話だったんですか?」

「あやつは武で統一すべきだと主張しておった。対して儂は話し合い、つまり同盟で共存を図るべきだと考えていた。あの時は、しばらく口をきかなくなったものだ」

「……そんなに、ですか? 不安じゃありませんでしたか?」


 主義主張についてよりも、長く会話をしていなかった部分が気になった。友人であってもそういうことは往々にしてあるんだろうか。

 俺の交友偏差値が露呈してしまった。そうだ。俺にとってはイブキが実質的に初めての友人だから、分からないことが多い。様々な意味で。

 オルドゴは飄々と「ちっとも」と笑っていた。


「儂も頭がカッカッしておったからのぅ」

「そう、ですか……」

「それでも、儂らは結局また話すようになった。正直、何がきっかけだったかよく覚えておらん。人間関係なんて、そういうこともままあるものだ」

「……はい」


 だとしたら、また明日になったら……いつも通りに笑い合えているのか? 俺たち。

 いいや、と思う。違う。

 俺がまた何か不快にさせたのなら、まず謝罪すべきじゃないか? 俺に悪気はなかったわけだけども、もしかしたら何か深くイブキの心を傷つけてしまったのだとしたら。


「……先生。すみません」

「ん?」

「俺はやっぱり彼を放っておけません」


 覚悟を決めた顔で告げると、オルドゴは目をぱちくりとさせた。しかしすぐに「ほう、そうか」とほのぼのと笑う。


「ご相談に乗って下さり、ありがとうございました。失礼します!」


 踵を返し、走って行く。イブキが待っている家へと。


「やっぱり青春だのぅ」


 オルドゴの微笑みを含んだ声が聞こえたような気がした。





 イブキは、ずっとリスガの実家だった一軒家にに住んだままだ。


「イブキ! あ、上がるぞ!」


 玄関先で声を張り上げて声をかけたけど、返答がない。寝てる……のか?

 それとも。

 まだ怒っているのかもしれないことに怖じ気づきながらも、俺は強引に家に入った。一階部分には見当たらなかったので、二階に上がる。

 イブキが使っているはずの部屋の扉を……恐る恐る押し開けた。


「イブキ。入ってもいいか……?」


 室内を見渡すと、寝台の端にイブキが腰掛けているところを見つけた。ようやくだ。

 なぜか面を伏せたままのイブキは、ぽつりとこぼした。


「入っていいとは言っていないぞ」

「……ごめん」


 おっしゃる通りだ。でも、どうしても会って話したかったんだ。

 暴走気味だった自分に気付いて、俺は慌てて背を向ける。


「じゃ、じゃあ、扉越しに話そう。それならいいか?」

「……」

「扉の前で話すから。聞いてほしい」


 一方的に伝え、俺は再び廊下に出て、扉を静かに閉める。戸口の前で、震える口を開く。


「イブキ。その、さっきは……ごめん。何か怒らせたんなら」


 やっぱり返答はない。よっぽど怒っているんだろうか。

 足が震える。もし、謝っても許してもらえなかったら。そうしたら、俺たちの親友としての関係は……終わってしまう、かもしれない。

 そんなのは嫌だ。


「イブキの不安な気持ちに寄り添ってあげられなくて、本当にごめん……。悪かったよ。徐々にでいいから、先生やザシェーバたちと仲良くして欲しかった。それだけだったんだ」


 イブキのためを思ってのことだった。だって、イブキはたまに無性に寂しそうな顔をする。故郷を思い出していたんだろうと思う。

 幸いアルヴェルス人組に差別意識はなかった。よく言い含めてあったし、腹の底はどうであろうと冷たく拒絶することはなかったはず。

 だから、一緒に話しに連れて行こうとした。我ながら思いやりに欠けた行動だった。かもしれない。


「イブキの人柄を知ったら、誰もみんな差別も偏見もしなくなるよ。俺はそう信じてる。でももちろん、無理はしなくてもいいから。だから」


 俺はぎゅっと両拳を握る。顔をぐっと上げ、扉越しに思いの丈を伝える。


「許してほしい。いつも『思いやりない王子』でごめん」

「ふっ」

「?」


 扉の向こう側で笑う声が聞こえ、俺は目を点にする。え、笑った?

 なぜだ。

 イブキはくすくすと笑いながら、応えた。ようやく、だ。


「ラーシヴァルト。お前は『思いやりない王子』ではない。『頓珍漢王子』だ」

「え?」


 どういうことだろう。

 俺がきょとんとしていると、今度がイブキが語り始めた。少しだけ恥ずかしそうに。


「……俺があの時、手を振り払ってしまったのは」

「うん」

「嫉妬したからなんだ」

「は?」


 その時、足音が近付いてくるのを感じた。イブキもまた、戸口に立ったんだろう。


「どう、いうことだよ? 嫉妬?」

「新しく引き入れた移民は、みなアルヴェルス王国民だったろう。だから……なんと言ったらいいのか、お前の存在が遠ざかっていくような気がして。ちょっと不安になってしまった」


 俺が遠ざかっていく? 確かに言いたいことがよく分からない。


「ええと……つまり、俺もアルヴェルス組なんだな、とかそういう感じ?」

「なるほど。そういった感覚に近いかもしれん」


 イブキは続ける。どこか切なさを帯びた声色で。


「俺は……どこにも属していないからな。鬼族ただ一人という意味でも」

「そんな風に思っていたのか?」

「何が違う」

「違うよ。--バカだな、イブキ」


 俺は扉越しにデコピンを食らわせた。もちろん、当たったのは木製の扉だ。地味に痛いけど、でもなんだろうな。胸の方が痛い。

 イブキはずっと孤独感を抱えていた。それなのに気付かなかった。それが親友として情けなく、そして申し訳ない。


「俺たちは同じライリーレ国民だろ。イブキだってライリーレ王国にちゃんと属してる。種族がちょっと違うだけだろ」

「……分かっている。そんなことは。頭の中では」

「え?」


 扉越しに衣擦れの音が聞こえる。向こう側にいるイブキが背を向けて、扉に寄りかかっているのかもしれない。


「確かに俺はライリーレ国民だ。でも、心が……どうにも納得できない」

「ええと、何が?」

「お前はいつもたくさんの民に囲まれている。それに引き換え、俺は……」


 言葉尻が消えていく。気落ちしているのが伝わってきて、俺もどう言葉を返したらいいのか分からなくなってしまった。

 確かにと思う。理屈で納得できても、感情が納得できないことはある。人の心は……やっぱり、複雑だから。


「……ありがとう。イブキ」

「何がだ」

「本心を打ち明けてくれて、さ」


 理解したふりをして引き下がることができたはずだ。でも、多少食い下がってでも自分の苦しい気持ちを伝えようとしてくれていることが、俺には嬉しい。

 だって。これが親友だと思うから。


「ごめんな……。今、上手い言葉が見つからない。でも、俺はイブキのことを親友だと思ってる。特別な友達だ」

「っ!」


 イブキが息を呑んだような気配を感じる。戸惑ったような声で続けた。


「親友……? 俺たちが?」

「うん。だってこんなに仲がいいんだから。いいだろ?」

「……」

「俺とイブキ。個人と個人の繋がりがちゃんとあるじゃないか。だから、イブキは絶対に一人じゃない。言っただろ。俺がずっと傍でイブキのことを支え続けるって」


 島に上陸してすぐ、イブキと約束した。ずっと傍にいよう、みたいな感じで。そうだ。俺たちの関係は、終わったりはしない。


「……ありがとう。ラーシヴァルト」


 イブキの低めの声が扉越しに響く。ん? あれ、ちょっと怒ってる?

 また!?


「え、あの、イブキ……」

「気持ちは嬉しい。俺にとっても、お前はただの友人ではない。以上だ」


 その時、扉が勢いよく開く。中からイブキが出てきたけど、俺の横をさっさと通り過ぎてずんずんと歩いて行く。一階に向かって。

 俺は慌てて追いかけた。


「イブキっ、待ってくれよ-!」

「うるさい。『頓珍漢王子』」


 だから、どういうこと!?

 よく分からなかったものの、その後は普通に仲直りできた。うーん、たまにイブキの心が分からなくなるな。

 もっと対話を通して、イブキのことを知っていこう。



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