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その帰り道のことだ。
途中、畑仕事を一度切り上げたらしいベニートたち数人と遭遇した。
「ラーシヴァルト様」
ベニートがにこやかに笑い、俺に一礼する。丁寧な所作だ。いつ顔を合わせても。
「カザロからお話は聞きました。新しい民が増え、喜ばしいですね」
「ああ。そうだな……って、わっ!」
「レディ。ラーシヴァルト陛下の第一が側近、ザシェーバです。以後、お見知りおきを」
なぜかザーシェバが俺を押しのけるようにして、ベニートの前に跪いた。流れるような動きでベニートの手の甲を持ち上げ、口づけを落とす。
仰け反った俺は、ぎょっとするほかない。な、何をやっているんだ! ベニートは男性だし、何よりも--。
「何するんだ、てめえ!」
「ぐふっ!」
ベニートは突然、人格が豹変したように暴言を吐いて、ザシェーバに平手打ちをぶちかました。ザシェーバからキスをされた手の甲を、己の服の裾でごしごしと拭う。
まるで汚らわしいものにでも触れられたかのように。
「俺に触れていいのは、カザロだけなんだよ。触るんじゃねーよ」
「え? え? 男性……なんですか?」
ザシェーバはぽかんとしている。ベニートは「当たり前だろ」と憤慨している様子だ。
俺もそうだったけど、やっぱり初対面は女性に間違われることが多いらしい。大変だ。
「し、失礼した。本当にすまない」
「ふん。分かればいい」
……ベニートさん。こんなに粗暴な口調の人だったんだな。知らなかったよ。
ぽかんとしていると。
「ベニート。どうしたんだい?」
噂をすればなんとやら。畑の方角からカザロがやってきた。
ベニートははっとした顔をして、慌ててにこりと笑顔を取り繕う。びっくりするほどの変貌ぶりだ。
「カザロっ。ううん、なんでもない」
「本当に?」
「もちろん」
「嘘をつけ。泣きたそうな顔をしているじゃないか」
「っ!」
ベニートは言葉を失う。困ったような、でもどことなく嬉しそうな顔で淡く笑んだ。
「カザロには嘘をつけないな……」
「何があった?」
「手の甲にキスをされた。そいつに」
ベニートが冷ややかな目でザシェーバを指差す。カザロの目が据わったことに気付いたザシェーバは、慌てて弁解した。
「すまない! 女性だと勘違いしてしまって! まさか、カザロ殿の……その、ご伴侶だとは知らず……!」
それはそれで地雷を踏む発言だったように思うものの……『ご伴侶』という言葉が二人の心に響いたんだろう。カザロも、ベニート本人も、くすりと笑った。お互いの顔を見合わせ、微笑み合う。なんだか心がほっこり温かい。
ザシェーバはこそこそと俺に耳打ちした。
「あの、陛下。彼らは……ええと、同性愛者でいらっしゃるのですか?」
「ああ。そうだ」
僅かに戸惑っているみんなに、サーシェ人たちのことについて正直に打ち明けた。みな、同性愛者であり、一見女性であっても性自認は男性であることを。
ザシェーバたちはさすがに驚いていた。だけど、騎士団内には同性愛カップルが複数いたからか、案外すんなりと話を飲み込んでいたように思う。
「なるほど。愛に性別など関係ありませんからな。あっはっは」
ザシェーバはベニートに頬を張られて真っ赤になったのまま、豪快に笑いながら話をまとめる。
気のいい男性だとカザロたちも思ったんだろう。その場にいるみんな、一緒になって笑い合った。
「さすが、ザシェーバさんですね」
レノスが俺に耳打ちする。俺は笑顔で頷いた。
「そうだな。さすが、『騎士団の博愛』」
正しくは、元となってしまうけど。でもきっと、ライリーレ王国でもその博愛精神ぶりはいかんなく発揮されるだろう。
ザシェーバを本気で嫌う者など、俺が知る限りでは誰もいない。
「ですが、腹立たしい」
「ん?」
「ラーシ様の第一の側近は俺ですのに」
レノスの対抗心丸出しの言葉に、俺は吹き出してしまった。何を子どもみたいなことを。
……と思ったものの、率直に言って嬉しい。俺だって、悪いがザシェーバよりもレノスの方により気を許しているし、信頼してもいる。
それにしても、側近か……。この際、みんなに役職名をつけようかな? どんな名前がいいんだろう。
少し考えたけど、すぐには考えがまとまらなかった。
「じゃあみんな。ひとまず、集落に戻ろう」
どうやら畑仕事組も一区切りついて休憩するみたいだから、改めてザシェーバたちやオルドゴたちをみんなの前で紹介しよう。
俺が仕切って言うと、みんな「はい」と笑顔で頷いてくれた。
「--というわけで、彼らも今日からライリーレ国民だ。みんな、仲良くしてくれ」
集落の広場で、俺はサーシェ人組みんなに笑いかける。
ザシェーバたちとオルドゴたちは横一列に並んでおり、それぞれ何か挨拶をしながら重々しく一礼した。
ザーシェバに関してはちょっぴり意外だった。なんだかんだ礼儀作法はしっかりしているらしい。そういえば、昔は貴族令息だったと聞いたことがあったっけ。
ちなみに三男だそうだ。下にも弟妹がいる大家族出身だそうで、なんだかザシェーバの人柄に生い立ちが滲み出ているような気がする。きっと、賑やかな家族だったんだろうな。
その後は、広場内で交流会が行われた。サーシェ人組と、元王立騎士組や先生組が混ざり合って談笑している。リスガはオルドゴにくっついたまま。う-、ジェラシー……。
わいわいと賑やかな広場で、でもイブキだけがぽつんと輪の外にいることに気付いた。あれ、どうしたんだろう。
「イブキ?」
なんとも居心地悪そうな顔をしているイブキに声をかけると、イブキははっとした。
「あ……な、なんだ?」
「どうして一人でいるんだ? みんなとお喋りしたらいいじゃないか」
またも『配慮なし王子』ぶりを炸裂させてしまったかもしれない俺だけど、でもだってイブキにも新たに増えた仲間と仲良くしてほしいんだよ。
人見知りぶりが発揮されてるのか? 困った奴だな。
「ほら。一緒に行ってやるから」
手を差し伸べると、イブキはむっとした顔で俺の手をぱぁん! と払いのけた。
え!? なぜ!?
俺はびっくりしてしまい、その場に固まってしまった。
一方のイブキもまた、「やり過ぎた」と言いたげな後悔の表情をしている。バツが悪そうに目を伏せてから、体ごとそっぽ向いた。
「……悪い。具合が悪いから家に帰る」
「あっ、イブキ!」
追いかけようとして、でもどうしたらいいのか迷い、追いかけられなかった。
具合が悪いだなんて嘘だと分かっている。だから、嘘までついて俺から離れていったことがショックだったんだ。
俺は俯く。目頭がじんわりと熱い。俺……嫌われたのかな? それとも、怒らせただけ?
「ラーシヴァルト陛下」
「!」
俺は驚きつつも振り向いた。そこには、気遣わしげな表情のオルドゴが立っていた。




