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ライリーレ簡易港にやってきたのは、やっぱりアルヴェルス王国の船だった。船内からぞろぞろと降りてきた筋骨隆々の顔ぶれに、俺は驚いた。
「ザシェーバ! みんなも!」
三十路の男性――ザシェーバはにこりと笑う。太陽の光みたいに笑顔が眩しい。
「ラーシヴァルト殿下。お久しぶりでございます」
「久しぶりだな。今はもう殿下じゃないけど」
ザシェーバは、アルヴェルス王国第五師団副団長だ。そして彼が引き連れている若い男たち十人も、アルヴェルス王国騎士になる。
何をしに来たんだろう。ウシュベルーナからの使いか?
ザシェーバは鷹揚に笑い飛ばす。
「はは。そうでしたな。――では、ラーシヴァルト陛下」
「!」
不意打ちをつかれ、俺はびっくりした。やっぱり、ウシュベルーナから俺が建国したことを聞いたんだな。
だけど、俺は苦笑いを返した。だって、形式上、国王となっただけだから。敬称で呼ばれるとなんだか居心地悪い。
「ラーシでいいよ。俺なんて、建前上の王だ」
「とんでもございません。陛下と呼ばせて下さい」
俺はなおも苦笑するしかない。融通の利かない騎士様だ。
本当にやめてほしい……と言いたいところだけど、考えてみたら彼らだって一国の王を呼び捨てにするわけにはいくまい。
俺も、『陛下』呼びに少しずつ慣れていかないと。
その時、さらに続けてやってきた人影に、俺は仰天した。
「オルドゴ先生!?」
俺のかつての恩師。もう隠居してしまったけど、どうしてここに。
俺はぱっと顔を輝かせ、ゆっくりとした動作で歩くオルドゴに駆け寄った。
「久しぶりです、先生! お元気にしていましたか?」
「はっはっ。見ての通り、元気にしておるよ。ラーシヴァルト、お前は?」
「もちろん、俺もこの通り元気です」
久しぶりに会えて嬉しい。一年以上ぶりの再会だ。
オルドゴがいなかったら、今の俺はいないと言っていい。それほど、俺に色々な知識や実務能力を授けて下さった先生だ。
「先生まで、どうしてここに?」
「隠居後の楽しみに、弟子の晴れ姿を見守ろうと思ってな」
「え!? もしかして、俺たちの国に……」
「ああ」
「!」
俺は嬉しさで舞い上がる一方、ぴりりと身が引き締まる思いを覚えた。
つまり、オルドゴはこれからの『ライリーレ国王』を、傍で観察していくということらしかった。見守るとは聞こえがいいけど、きっと容赦なく批評もするんだろう。オルドゴはそういう人だ。
「しょ、精進して参ります……」
緊張した面持ちで答えると、オルドゴは楽しげに笑う。悪戯が成功した子どもみたいに無邪気な笑みだ。
「我々もこちらの国にどうぞ住まわせて下さい」
「へ? ザシェーバたちも?」
口を挟むザシェーバの言に、俺はぽかんとする。
てっきり、オルドゴのお見送りに同行しただけだと思っていた。だって、海上の保安もまた、王立騎士の職務だから。
ザシェーバはにこりと返答する。
「はい。我々もラーシヴァルト陛下についていく所存です」
他の元アルヴェルス王国騎士たちも揃って頷いた。まさか、俺を追ってまでくる臣下がこんなにもいたことに、驚いた。
「他にもついていきたい者はおりましたが……まぁ、あまりにも穴を開けるわけには参りませんので。我々が代表者組だと思っていただけたら」
「……そう、か。ありがとう」
俺は咄嗟に笑い返したけど、同時に心配にもなる。祖国アルヴェルスのことが。
といっても、十数人が抜けたくらいでは、アルヴェルス王国の強大な軍事力にはびくともしない。気にしすぎか。
「ご無沙汰しております。ザシェーバ副団長」
さらに口を挟むのは、俺の後方にいたレノスだ。ゆっくりと前に進み出た。
「まさか、こちらに移住希望とは驚きました。正直、人手が足りないのでありがたく思いますよ」
「おお、本当か? それなら来た甲斐があった」
当の国王を置いてけぼりにして、全員の移住がほとんど決定してしまった。いや、ダメだと追い返すつもりは別になかったけども。
ふいと後方を振り返る。イブキとリスガが堤防に座って釣りをしていた。
もし、やってきたのがエリューハニスだった場合を想定して、二人を引き離したんだ。あ、イブキはもちろんリスガの保護者役として。
あの二人……ずっと、同じ家で寝泊まりしながら過ごしているから、すごく仲がいいんだよな。微笑ましいことだ。
「ラーシ様」
俺ははっとしてレノスを振り向く。
「あ、ごめん。なんだ」
「いえ。そろそろ村に移動しましょう」
「分かった」
歩き出す俺の後ろで、レノスとザシェーバが何やらやりとりをしている。どうも、俺の呼び方についてだ。
「なぜ、『ラーシ様』なんだ? おかしいだろう」
「ご本人からそう呼べと言われましたので」
「それで本当に呼ぶ奴があるか!」
「そうですか? もちろん、外ではきちんと『ラーシヴァルト陛下』とお呼びしますよ」
「……」
ザシェーバはいい奴ではあるんだけど、頭がカチコチなんだよな。レノスにまで強要しようとするなよ……。呆れてしまう。
その時だった。
「ああっ! 待って下さい、せんせーいっ!」
「?」
誰かが船内から遅れて飛び出してきた。
俺と同年代に見える。ふわふわで金茶色のくせっ毛を持つ小柄な少年だ。
「アゼル。早くしなさい」
先生と呼ばれたオルドゴがやんわりと促すと、少年--アゼルは「はいっ!」と急いで駆けてきた。--が。
ズシャァァッ!
石床と石床の隙間に躓いて正面から転倒してしまった。
「あ! 大丈夫か!?」
俺は咄嗟に踵を返してアゼルの下へ駆け寄った。呻きながら顔を上げたアゼルの目の前にそっと手を差し伸べる。
アゼルはびっくりとした顔で、俺の顔を凝視していた。
ん? 俺の顔に何かついてるのか?
「どうした? ええと、アゼル」
「あ、いえ! ありがとうございます、陛下」
アゼルはどこかバツの悪そうな顔を伏せる。俺の手は借りずに自力で立ち上がった。せっかく手を差し伸べたのに。まぁいいけども。
バツが悪そうだったのは……俺の前で失敗してしまったからか?
「アゼルも、オルドゴ先生の弟子なのか?」
俺は気にしていませんと伝えるため、至って笑顔で話しかける。アゼルもまた、ぎこちなくはあるけど笑顔を返してくれた。
「は、はい。そうです」
「そんなに緊張しなくても……。もしかして、俺に気を遣っているのか?」
「あ、えっと……そう、ですね。少し。あはは」
緊張しなくてもいいと言いたいのは山々だけど、それで緊張感が無くなったら最初から苦労はしない。ここはもっと親しみアピールだ。
「そういえば、アゼルって川魚を取ったことがあるか?」
「え? ええ。もちろん」
「俺もさ、何度があるんだけど。いつぞやは、阿呆鳥に俺が素手で掴み上げた川魚を持って行かれたことがあってさ。はは、バカだよな」
過去のネタエピソードを引き合いに出して笑いを取ろうとしたけど、残念ながら愛想笑いしか引き出せなかった。くそっ、ダデラの時のようにはいかないか。
なんだか気を遣わせているのが忍びなく、俺は「これからよろしくな、アゼル」とだけ声をかけて先に行った。イブキとリスガがいる堤防に向かう。
「イブキ、リスガ。村に帰ろう。……って、なんだこりゃ!」
堤防の石床の上にずらりと並ぶ、魚の刺身たち。
俺はびっくりして目を白黒させた。え、まさか食べるのか?
「誰が捌いたんだ? イブキか?」
「ああ。待っている間、大漁に釣れたから」
「調味料がなくてもうまいよー!」
リスガが小動物のようにはむはむ食べている。そ、そんなにおいしいのか? 生のままの刺身が? 嘘だろ。
馴染みがないから困惑していると、イブキが一切れ俺の口に差し出した。
「食べてみるといい。うまいぞ」
「あ、ああ。うん」
未知との遭遇。それでも挑んでいかないと。新しい世界が待っているかもしれない。
イブキからの申し出を断れないのもあって、俺はあーんと口を開いた。すると、イブキは戸惑ったように「え? 俺が食べさせてやらねばならないのか?」と後ずさった。
あまりにも驚いたからか、イブキの手から刺身がひらりと落っこちる。
げっ! 色々とひどいだろ!
「そっちこそ、食べさせようしてくれたんじゃないのかよ」
「そんなつもりは……」
ぎゃあぎゃあ言い合っていると、リスガはどんどん刺身たちを胃袋に収めていく。気付いた時にはもう、全部無くなっていた。
俺はもう涙目だ。
「ちょ…っ、リスガ! おい、一切れくらい残しておかないか!」
「あ、ごめーん。つい」
「つい!?」
「ラーシヴァルト。また今度、捌いてやるから」
イブキに宥められて、俺は渋々と諦めた。よし、次こそは必ず。
「まったく。イブキがすぐに食べさせてくれたら、こんなことには」
「グチグチとうるさい。愚痴王子と呼ばれたいのか?」
「じゃあ、イブキはケチ鬼だ」
「……なんだそれは」
俺たちが和気藹々と堤防を離れると、ふとアゼルと目と合う。なぜかこちらをじーっと見つめていたからだ。多分。
――俺たちと仲良くなりたいのかな?
村に戻ったら、また話しかけてみよう。今度はイブキと一緒に。
……この時の僅かな違和感の理由を知るのは――もう少しあとのことだった。




