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「貿易が上手くいったことを祝して!」

「かんぱーいっ!」


 俺とリスガは手に持ったパンを軽くぶつけ合い、笑顔でかぶりついた。どちらもクロワッサンだ。


「ん、おいしい」


 ほんのりと甘く、同時にかすかに塩気もある。非常に食べやすい。

 隣にいるリスガも「うまいっ」とバクバク食べている。

 ライリーレ号が完成してから早二ヶ月。晩秋のライリーレ簡易港の堤防に座って、俺たちは初貿易が成功した祝杯を挙げていた。

 とはいえ、小麦に関しては国内でも栽培を始めてはいる。来年の夏頃には小麦を収穫できるはずだ。上手くいったらいいなぁ。


「……」


 俺の隣に座っているイブキが、奇妙な物を見るかのようにパンを見下ろしている。

 俺は苦笑いで声をかけた。


「イブキ。大丈夫だよ。すごくおいしいから」

「……こんなにふやふやなのに?」

「こういうのは、柔らかいって言うんだよ」


 リスガが口を挟む。大好きなパンへの言い方にはうるさいみたいだ。


「……」


 イブキはパンをじっと見つめ、意を決したようにかぶりついた。途端、翡翠色の瞳がゆるゆると見開く。


「うまい」

「はは。そうだろ」


 イブキが生まれ育った里では……主食については、干しパンくらいしか食べたことがないと聞いたのがつい先刻。森の中にひっそりとある集落だったらしいから、小麦を栽培できなかったらしい。

 おいしいふわふわパンを食べられてよかったな、イブキ。これからも色んな種類のパンを食べさせてあげよう。いやまぁ、作るのは俺じゃないんだけど。


「ベニートさんたちが作って下さったんですよね」


 俺たちの後ろ側に腰掛けているレノスが、穏やかに口を開く。

 俺は頷いた。


「ああ。サーシェ王国でも、主食はパンだったみたいだ」

「不思議ですね。俺の知る限り、どこの国も主食はパンです。違う物が主食の国はあるんでしょうかね」

「和国」


 イブキが小さく呟く。俺たちははっとして、イブキの方を見た。


「和国って……その、鬼族が昔いたっていう?」

「そうだ」

「では、どういった物が主食なんでしょう?」


 レノスがさりげなく俺の質問を流すと、イブキは少しむっとした。


「レノス殿。いらん気遣いはいい」

「え?」


 なんのことだ。

 俺が目を瞬かせると、イブキはふっと笑った。俺のことを見つめながら続ける。


「興味を持ってもらえるのは嬉しい。相変わらずの『配慮なし王子』ぶりには呆れるが」


 不名誉なあだ名を持ち出され、少し考えた俺は、「あ」と呟いた。確かに……またデリカシーに欠ける言動だったかもしれない。鬼族が迫害された歴史に軽々しく触れるなんて。


「ごめん」


 しゅんとして目を伏せると、イブキは飄々と微笑む。


「いや、構わない。慣れている」

「そ、そんなに?」

「冗談だ」


 からかわれたことに気付いた俺もまた、むっとした。なんだよ、もう。

 何か一言言い返そうと口を開きかけたところ。


「あれ?」


 他愛のないやりとりをしている、その時のことだった。遠くから船が向かってきているのが見えた。国旗は……あっ。アルヴェルス王国だ。

 リスガが嫌そうに顔をしかめた。


「え、まさかあの狂乱王子がまたきたの?」


 俺は苦笑するしかなかった。エリューハニス嫌いなのは筋金入りだ。


「どうだろうな。そんな連絡はきていないけど」


 だけど、だったら確かに他に誰が会いに来るんだろうか。

 首を傾げる俺たちの背後で、レノスが「あ、もしや……」と呟く。その呟きは海風に紛れてしまい、俺の耳には届かなかった。

 アルヴェルス王国からまた来訪者。一体誰だ。



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