21 毒と花のありか
リナルド様の自信に満ちた視線に気圧されたらしく、女性は観念したように小さく頷いた。
「……その通りです。皇帝陛下」
「名はなんという?」
「キシルと申します」
「……なぜ、おわかりに?」
先程の焦りまくりな様子から一転、パウルスと呼ばれた老医師が落ち着いた口調で尋ねる。
「ロルンの民は総じて小柄な体格で、やや浅黒い肌が特徴だと聞いたことがある。顔の肌は化粧か何かで色を誤魔化しているのだろうが、体の色までは偽ることができない。だからそんなふうに、露出を極端に抑えた衣服を身につけているのだろう?」
「……さすがは陛下。ご慧眼に感服いたしました」
「パウルスに褒められるとはな」
ここへきて、なんだかやけに顔見知り的な雰囲気を纏う二人。
あとで聞いたら、このパウルスという老医師、かつては皇宮の侍医も務めた信頼のおける名医なのだという。
現在は侍医を退き、帝都のはずれで小さな治療院を営んでいるとのこと。
一方のキシルは医術の道を極めたいという高い志をもって単身帝国に渡り、ひょんなことからパウルスのもとで助手を務めているらしい。
ロルンの民は外部との接触を好まないだけでなく、滅多なことでは山を下りないとも言われている。手先が器用で毒や医学の知識にも長ける少数民族は希少性が高く、実は人身売買のターゲットになりやすいのだという。
だから素性を隠し、素肌を隠し、ただの帝国民になりすまして暮らしていたというのだ。
私が意識を失っている間に帝国中の名医を呼びつけたリナルド様は、パウルスが小柄な女性を連れていたことを覚えていた。
ダロッセの毒について私と話しているうちに、身体的な特徴と奇妙なほどの厚着が目を引く彼女がロルンの民ではないかと気づいたとのこと。
呼び寄せた旧知の医師が連れ歩く助手が予想通りの人物だとわかって、リナルド様は満足そうな笑みを浮かべる。
「実はな、余と皇妃フラヴィアは、ダロッセの毒について知りたいのだ」
その言葉に、ロルンの民キシルは萎縮した様子を見せながらも警戒心を露わにした。
「……なぜ、でしょうか?」
強張った小さな声に、リナルド様は余裕の表情で答える。
「先帝暗殺の際に、ダロッセの毒が使われたことが判明したからだ。事件発覚後、ロルンの民に詳しい話を聞きたかったのだが、何度使いを出しても応じてはもらえなくてな」
「……我々は、先の皇帝陛下の暗殺に一切関与しておりません」
「それを決めるのは、そなたたちではない」
ぴしゃりと言い切られ、キシルは怯えたように目を伏せる。
「ダロッセの毒は、世界最強の植物毒ともいわれている。古来より医術に長けるロルンの民が細心の注意を払いながら、その花や花から抽出される毒を厳重に取り扱ってきたことは想像に難くない。しかし現状として、門外不出のはずの毒が他国に流出していることは否定できまい。そうであろう?」
リナルド様の容赦ない指摘に、キシルはますます項垂れる。
そして、言いにくそうに重い口を開く。
「……陛下の仰る通りです。ダロッセに関しては抽出された毒はもちろん、花も種も苗も、山の外には出すべからずという厳しい掟がございます。ところが近年、その掟を破って外へ持ち出し、闇取引に応じる不届き者が増えていることは事実なのです」
「……闇取引か。厄介だな」
「はい。規制を強化し厳しく取り締まってはいるのですが、不届き者を駆逐するまでには至っておらず」
「では毒がどこへどう流れているのか、そなたたちにも把握できてはいないのだな」
「申し訳ございません」
「いや、そなたが謝ることではない。罰せられるべきは、禁を犯した者たちだ」
二人の会話を聞きながら、私は思わず身震いしてしまう。
門外不出の世界最強毒が大陸中に流出しているかもしれないなんて、ただただ恐怖でしかない。その毒で一度は命を失っているのだから、なおさらである。
死の間際、容赦なく我が身に襲いかかった激しい痛みと想像を絶する苦しさ。あの恐怖と絶望とが一気に思い出されて、不意にめまいを覚える。
そんな私の様子に気づいたのか、リナルド様が気遣わしげに視線を向けた。
「大丈夫か? ヴィア」
「……は、はい」
「話は俺が聞いておくから。お前は退出してもいいんだぞ」
「大丈夫です。私も聞きたいことがありますし」
「聞きたいこと? なんだ?」
心配そうに眉根を寄せるリナルド様を笑顔で宥めながら、私はキシルに尋ねる。
「今の話だと、ダロッセは毒だけでなく、花も種も苗も門外不出とされているとのこと。では流出しているのは、毒だけではないということかしら?」
「いえ。ダロッセは栽培が非常に難しく、種や苗を入手できても花を咲かせることは困難かと思われます。絶対に不可能、とまでは言いませんが、花が咲くまで少し時間を要しますし、花を咲かせられなければ毒を抽出することはできません。ですので、闇取引で流出しているのはやはり毒そのものが多いのではないかと」
「なるほど。いずれにしろ、ロルンの民たちにとっても現状は由々しき事態ということなのですね」
「はい。仰る通りです」
「ちなみに、ダロッセは花弁の毒素が最も強いと聞きました。花そのものは、どういった色や形をしているのですか?」
「わりと大きめの釣鐘のような形をした白い花が、下向きにぶら下がるような形で幾つも咲きます。ハソル山脈のふもとの村では、至るところに自生しているのですが――」
「………………え? 釣鐘?」
そのとき私の脳裏に浮かんだのは――――
色とりどりの花や緑がまるで温室のように飾られた部屋の一角に置かれた、ひと際目を引く珍しい形をした白い花。
あれは、あの花が、まさか……!?
思いもよらない私の反応に、キシルはもちろん、リナルド様もパウルスも不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「いえ……」
リナルド様の問いには答えず、私は斜め後ろに控えていた信頼の置ける護衛騎士にこっそりと声をかけた。
「ラリッサ」
「いかがしましたか?」
「今の話、あなたも聞いていたでしょう? 何か、ピンとこない?」
「……きます」
「さすがね」
あのとき私に付き従っていたラリッサも、同じことに気づいたのだろう。心なしか、その顔は色を失っている。
ラリッサの表情に半ば絶望的な確信を得ながら、私は少しかしこまったよそゆきの声で言った。
「陛下。一つお願いがございます」
「なんだ?」
「期間限定で構いませんので、キシルを私専属の侍医に任命したいのですが」




