22 黒幕の正体①
「どういうことだ?」
リナルド様は水晶宮に戻ってくるなり、急かすように説明を求めた。
「キシルを私専属の侍医に任命したことですよね?」
「キシルもパウルスもひとまず了承はしてくれたが、俺には理由を教えてくれてもいいだろう?」
「もちろんです。お話しします」
私がソファに座ると、当たり前のようにリナルド様も隣に座った。
しかも、言うまでもなくしっかりと距離を詰めて、がっちりと腰の辺りに腕を回してくる。逃がさないつもりらしい。
いつでもどこでも変わらない執着に心の中で苦笑しながら、私は呼吸を整える。
「キシルが話してくれたダロッセの花ですが、実は最近、偶然にもそれを目にする機会があったのです」
「……は?」
予期せぬまさかの告白に、リナルド様はちょっと間の抜けたような声を発した。そして、「何を言ってるんだ?」といった顔をする。
「目にした? ダロッセの花そのものをか?」
「はい。恐らく」
「どういうことだ? どこで見たんだよ?」
「琥珀宮、ユスティナ様の自室です」
「は? まじか……?」
「ユスティナ様は幼い頃から植物がお好きで、自室にもまるで温室のようにたくさんの花や緑が飾られているのですけど、ご存じでしたか?」
「……まあ、報告は上がってきているが」
「つい先日のお茶会のとき、ユスティナ様の自室にダロッセの花らしき植物が飾ってあったのを見たのです。子どもの手と同じくらいの大きさの釣鐘のような形をした白い花がたくさん咲いていて、珍しい形の花だなと印象に残っていて……」
あのお茶会のとき、ユスティナ様の自室の中をぐるりと見回した私の目に飛び込んできたのは、やけに自己主張の強い、インパクトのある花だった。
たくさんの花々と一緒に飾られていたそれは、白くて長くてやや大きめの釣鐘型をした花で、なんだか妙に目を引いたのだ。
「お茶会に同行したラリッサも、花の形を聞いてピンときたようですし」
「あいつは元諜報部隊だからな。見たものすべてを記憶に留めているらしいから、すぐに思い当たったんだろう」
「もちろん、今はまだ可能性の段階です。似たような形をした花はほかにもあると思うのですが、私のような素人にはあれが本当にダロッセの花かどうか判断がつきません。ですから一度、キシルに見てもらおうと思いまして」
「……琥珀宮に連れていくのか?」
「恐らく、またお茶会に呼ばれると思うのです。というか、呼び出したくなるような状況を作ってみようかと……」
「お前、大丈夫なのか?」
いつもの見慣れた気遣わしげな目で、リナルド様が私の顔を覗き込む。
「……何がですか?」
「ユスティナとは、回帰前から仲がよかったはずだろう? もしその花が本当にダロッセの花なら、すべての黒幕はユスティナってことになるんだぞ?」
「……そう、なんですよね……」
たまらなくなって、私は視線を逸らしてしまう。
私だって、本当は気づきたくなかった。知りたくなかった。
ユスティナ様が、もしかしたらすべての事件に関与していた黒幕かもしれないなんて。いまだに信じられないし、本当は信じたくない。
でもその可能性に気づいたとき、幾つものパズルのピースが次々に埋まっていく感覚があったのだ。
そもそも、回帰前からユスティナ様がやけに親切だったのは、距離を縮めて近づくことで私を油断させ、何らかの有益な情報を得るためだったのではないか。
回帰前に毒殺されたことに関しても、後宮にいるユスティナ様ならリナルド様になりすまし、ルクレツィア様と頻繁に手紙のやり取りをすることができただろう。
でも、それより何より、決定的だと思ったのは――――
私が給仕に襲撃されたときのことだ。
あのとき、ユスティナ様は私の護衛をしていたラリッサに声をかけた。自分の存在が後宮中で噂になっていると聞かされたラリッサは、だいぶ狼狽えて照れまくっていた。
給仕はその一瞬の隙を突いて、私の脇腹を刺したのだ。
もしもあのとき、ユスティナ様がラリッサに話しかけていなかったら、ラリッサは給仕の襲撃を未然に防ぐことができたはずである。元諜報部隊所属の手練れと評判のラリッサの実力なら、それくらい朝飯前だったと思う。
でも、それができなかったのは、ユスティナ様に話しかけられたから。期せずして自分の噂話を聞かされたことで、瞬間的に注意が逸れたからだ。
つまり、ユスティナ様が、ラリッサの注意を引くためにわざと話しかけたのだとしたら。
あの襲撃は、ユスティナ様が裏で糸を引いていたことになる。
それに――――
「実は、ずっと気になっていたことがあるのです」
目を逸らしたままの私に、リナルド様の声はどこまでも優しく響く。
「なんだよ?」
「回帰前の毒殺のことです。ルクレツィア様の話だと、彼女は頻繁にリナルド様と手紙のやり取りをしていて、その手紙に私のことを始末してほしいと書かれてあったからこそ、毒を盛ったのですよね?」
「ルクレツィアは、そう言っていたが」
「その話、なんだか妙だとは思いませんか?」
「妙? どこがだ?」
「ルクレツィア様に私を始末させるだけなら、もっと簡単で手っ取り早い方法があったと思うのです。例えば、『陛下が想いを寄せる第四皇妃を始末すれば、寵愛を独り占めできる』とルクレツィア様を言葉巧みに丸め込んで、犯行を計画させるとか。それなら、何度も手紙をやり取りする必要はありませんよね?」
「まあ、そうだな」
「でも実際には、リナルド様になりすました人物がある程度長い時間をかけて、何度となくルクレツィア様と手紙のやり取りをしています。それって、だいぶ手間がかかり過ぎというか、時間と労力をかけ過ぎている気がしませんか? なんのために、そこまでする必要があったのでしょうか?」
私の言葉に、リナルド様は少し視線を落としてから、難しい顔で答える。
「……ルクレツィアは、俺の言葉じゃないと動かないと思ったからじゃないのか? 仮にもほかの皇妃に毒を盛るんだ。明らかな犯罪行為に手を染めるとなったら、俺の指示だと思い込ませたほうが確実だろう?」
「私もはじめはそう思いました。でも、ルクレツィア様は本来単純で、直情的で、思い込みの激しい人なのですよ? あることないことでっち上げ、煽って言いくるめてしまえば、ころっと騙されて突拍子もないことをしでかしてしまうような人なんです。あの、最初のお茶会がいい例ですよ」
「……お前の人物描写も相当容赦がないな」
とか言いつつ、失笑するリナルド様。
と同時に、ルクレツィア様が私に紅茶をぶちまけた最初のお茶会のことを思い出したのだろう。納得したような表情を見せる。
「……確かにな。煽ればすぐに噛みついてくる、わかりやすいやつだよな」
「そうです。だからわざわざリナルド様になりすまし、何度も手紙をやり取りするなんてまどろっこしい手を使う必要はなかったはずなのです。それなのに、毒殺の首謀者はあえて時間と労力を費やす方法を選んだ。恐らくはそうすることで、私の殺害を命じたのはほかならぬリナルド様だとルクレツィア様に信じ込ませ、事件が発覚したあとリナルド様の指示に従っただけだと訴えさせたかったのではないでしょうか」
「それこそ、なんのためにだよ」
リナルド様の至極真っ当な問いに、私は意を決して答える。
「……最終的には、帝国皇帝であるリナルド様と宰相であるお父様との間に、亀裂を生じさせることが目的だったのでは……?」




