20 死人花の毒
それから、むっつりパワーの権化リナルド様は、私を腕の中に閉じ込めたままで説明をし始めた。
「使われた毒は、有毒植物ダロッセの花から抽出された毒だったんだ」
「ダロッセの花というと、別名『死人花』とも呼ばれる、あの花ですか?」
「ああ。世界最強の植物毒をもつと言われていて、特に花弁の毒素が強いとされている。大陸北部の山岳地帯、ハソル山脈のふもとにしか自生しない、希少種だ」
名前だけなら、聞いたことがある。
たった数滴で人間を死に至らしめるという、猛毒ダロッセ。
大陸北部の山岳地帯には、古来から医学的素養に優れた『ロルンの民』と呼ばれる人たちが暮らしている。ダロッセの毒は唯一ロルンの民だけがその抽出方法を知っており、門外不出とされているらしい。
「ロルンの民が、外部との接触を好まないことは知っているよな?」
「はい」
「ただ、ハソル山脈がネルヴァの北側に隣接していることもあって、ネルヴァ国内の一部の家門とは昔から交易が続けられていたんだ」
「……もしかして、そのうちの一つがベルム公爵家だったのですか?」
「察しがいいな」
「つまり、ベルム公爵家にはダロッセの毒を入手できる可能性があった、と」
「外部との接触を好まないロルンの民からダロッセの毒を入手できる人間は、自ずと限られるからな。やり取りのある家門は幾つかあったが、その中で最も疑わしいのがベルム公爵家だった。でも、毒の入手を示す直接的な証拠は見つからなかったんだ」
回帰前の先帝暗殺事件について話してくれたとき、リナルド様は「ベルム公爵と皇太后はドミヌスたちの毒の入手を手助けした可能性があった」と言っていた。
ベルム公爵家が長きにわたってロルンの民との交易を許されていたのなら、ダロッセの毒を入手するチャンスもあったのではないか。
公爵は首尾よく手に入れたダロッセの毒を皇太后を通じてドミヌス殿下たちに託し、皇子二人はその毒を使って先帝陛下をまんまと暗殺したのではないか。
そして最終的に、同じ毒を使って私の命をも狙ったのでは……?
リナルド様がそう考えたのも、無理はない。
ただ残念ながら、確たる証拠は見つからなかったようだけれど。
「ベルム公爵家以外の家門という可能性はなかったのですか?」
私が尋ねると、リナルド様は困ったように肩をすくめる。
「正直言って、なんともいえないな。ネルヴァの貴族たちはともかく、ロルンの民のほうは一切聴取に応じてくれなかったんだよ。ダロッセの毒はお前の命を奪っただけでなく、父上の暗殺にも使われた毒だ。事情を聞きたくて何度となく使いを出したんだが、ほぼノーリアクションでな」
ロルンの民は、独自の文化や生活様式を持つ少数民族。他の国々との積極的な交流を望まないため、孤高の民ともいわれている。
いくら強大な力を持つ帝国といえども、ロルンの民を懐柔することは至難の業だろう。
「でもこうなると、ますますロルンの民からダロッセの毒について直接話を聞いてみたくなりますね」
「まあな。でも、そう簡単なことじゃない。回帰前の父上の暗殺事件のあと、一向に返事を寄越さないあいつらに痺れを切らして『これから帝国がハソル山脈に攻め入って、お前ら全員を皇帝暗殺の共犯として拘束するぞ』と脅してやったんだが」
「え」
相変わらず、涼しい顔でとんでもないことを言う人である。仮にも皇帝なのだから、少しは自重してほしい。いや、無理か。
「……それで、どうなったのですか?」
「完全スルーだよ」
「つ、強いですね、ロルンの民」
「まったくだ」
「今回の暗殺事件のあとは、どうされたのですか?」
「一応、事情を聞きたいと何度か使いは出したよ。でも案の定、返事はなかった」
「ブレませんね、ロルンの民」
「腹立たしいくらいにな」
リナルド様もリナルド様だけど、それに勝るとも劣らないしたたかな人たちがいるらしい。世界って広いのね、となんだか感心(?)してしまう。
ひとまず国際問題に発展しなかったことにホッと胸を撫で下ろしていると、リナルド様が何かに気づいたのか突然動きを止めた。
「……ちょっと待て」
「なんですか?」
「いや、確かあのとき……」
「あのとき?」
「……ひょっとして、あれは……」
「な、なんの話ですか?」
「……これはもしかしたら、もしかするかもな……」
不敵な笑みを浮かべながら、なぜか一人で勝手に盛り上がっているリナルド様。
何が起こったのかさっぱりわからない私がその意味を知るのは、それから三日後のことである。
◇・◇・◇
「お、お許しください……!!」
私はなぜか、謁見の間で、見知らぬ老人と若く小柄な女性が床に這いつくばりそうな勢いで頭を下げる様を目の当たりにしていた。
「だ、第四皇妃フラヴィア殿下の非常事態になんのお役にも立てず、皇帝陛下のご期待を裏切りましたこと、平に、平にご容赦を……!!」
……ちょ、ちょっと。なんですかこれは。
平身低頭して懇願する老人と女性は、ぴんぴんしている私を視界に入れることなく、ただひたすら頭を下げている。
「パウルス。勘違いするな。余はお前たちを罰するために、ここへ呼び出したのではない」
「……へっ!?」
玉座に悠々と座るリナルド様の声で、老人と女性はようやくパッと顔を上げる。
「役に立たなかった私たちを処罰するおつもりだったのでは……?」
「そんなわけはないだろう? お前たち医師のおかげで、フラヴィアは一命を取り留めたんだ。感謝こそすれ、お前たちを処罰しようなどとは微塵も思っていない」
半笑いで鷹揚に答えるリナルド様だけど、これはなんというか、あれですね。
私が襲われて意識を失っていたとき国中の名医を片っ端から集めておいて、役に立たないとなると一人ずつ始末しようとした、というエピソードに端を発しているわけですよね。
この人たちはあのとき、名医としてここに無理やり呼びつけられたに違いない。
それだけでなく、結果として何もできなかったことを責められ罰せられると恐れ戦きながら、呼び出しを受けて皇宮へとやってきたのだろう。
つまりは、リナルド様の過激で物騒な物言いの直接的な被害者、といえなくもない。ちょっと、いやだいぶ気の毒である。
「今日お前たちを呼び出したのはな、パウルスの助手であるそなたに話を聞きたかったからだ」
リナルド様が威厳のある声でそう言うと、老人の隣にいた女性はびくりと肩を震わせた。
「そのほう、ロルンの民であろう?」
いきなりの超ド直球に、女性は無言で大きく目を見開いた。




