19 やられてばかりは性に合わない
結局、リナルド様はルクレツィア様の謁見願いに、一度だけ応じることにしたらしい。
謁見後は「やっぱり会う必要なんてなかった」「話をするだけ無駄だった」なんてけんもほろろな物言いだったけど、あとでアルベルト殿下がこっそり教えてくれた謁見の様子は想像の百倍くらいひどかった。
「ルクレツィア様は何を思ったのか、夜会などでお召しになるような煌びやかな装いで謁見の間に現れましてね」
アルベルト殿下はなんともいえない微妙な顔をしながら、呆れたように話し出す。
「しおらしい態度で入ってきたかと思ったら、開口一番、後宮制度廃止宣言の撤回を要求されたわけですよ。後宮制度は帝国の存続と繁栄のために確立されたものであり、帝国は長きにわたってその恩恵を受けてきたはず、いきなりなくしてしまうことのリスクは計り知れない、とかなんとか仰って」
「え、開口一番にですか?」
「そうです。でもその言葉に、陛下は烈火のごとく激怒しましてね。だってルクレツィア様は、今なお謹慎処分を受けている身なのですよ? まずは謝罪と反省の意を述べるのが先でしょう?」
「そうですね……」
「陛下も『何より先にフラヴィアへの謝罪の言葉があって然るべきだろう!』とルクレツィア様を一喝したのですが、その射殺さんばかりの視線にルクレツィア様は蒼ざめてわなわなと震え出しまして。陛下に睨まれたら、蛇に睨まれたも同然ですからね。生きて帰れる気がしない」
とか言いながら、アルベルト殿下はどこか楽しげでもある。
「慌てたルクレツィア様が謝罪の言葉を言い連ねても、時すでに遅し。激昂した陛下は有無を言わさず、『反省する気がないのなら、後宮解体を待たずに自国への強制送還もやむを得ない』と言い放ったものだから、さあ大変。その言葉に、今度はルクレツィア様が逆ギレしまして」
「ぎゃ、逆ギレですか?」
「ええ。『この程度のことで強制送還されるなど、納得できません!』と食ってかかったのです。でも陛下にしてみれば、『この程度のこと』で済まされることではありません。寵愛するフラヴィア様を貶め、紅茶をぶちまけたのですからね。案の定、『この程度のこと、とは何事だ!?』と怒鳴りつけたかと思うと、脇にあった剣を抜いて容赦なくルクレツィア様に突きつけたのです」
「え、斬っちゃったのですか!?」
「いやいや、そこまでは。寸止めでした」
「寸止め……。いや、十分まずいですよね?」
「そうですね。ルクレツィア様も、一瞬死を覚悟したと思いますよ」
「うわー……」
「それからルクレツィア様は、自分がどれだけ陛下に恋い焦がれていたか、自分や母国ネルヴァがこの国にとっていかに有益な存在か、そしてフラヴィア様よりも自分のほうが陛下を一途にお慕いしているということを、涙ながらに切々と訴えたのですよ。これがまあ、なかなかに同情を誘うといいますか、ちょっと胸を打つものがありまして」
「それは、リナルド様もですか……?」
「いえ。あいつは一ミリも絆されませんでした」
「え」
「ルクレツィア様の涙の訴えに謁見の間がしんみりとした空気になっても、あいつは顔色一つ変えずに『それがどうした』と一刀両断ですよ。一世一代の告白をしたルクレツィア様の涙も、一瞬で引っ込んでしまったようで。いやー、さすがは『戦場の悪魔』、あいつに泣き落としなんぞ効きませんね。まったくもって、血も涙もない」
「は、はあ……」
「そんなわけで、ひとまずルクレツィア様の謹慎処分は続行が決まりました。陛下はすぐにでもネルヴァに送り返したいのでしょうけど、今はそれどころじゃありませんからね」
「襲撃の捜査が行き詰まったままだからですか?」
「お恥ずかしながら、その通りです。あらゆる方面から調査や取り調べを続けているのですが、敵もさるもの。なかなか尻尾を掴むことができないのですよ」
アルベルト殿下はそう言って、悩ましげに苦笑する。
すでにあの襲撃から、二カ月近くが経つ。
騎士団も国の上層部も事件の黒幕を特定すべく駆けずり回っているけれど、いまだに確たる手がかりは得られないまま。後宮全体も事件以降、張り詰めたような緊張感に包まれている。
リナルド様もアルベルト殿下も、今回の襲撃の黒幕は回帰前の毒殺の黒幕と同一人物だろうと言っていた。
現状、一番疑わしいのはコルヴァス公爵だけど、皇太后とベルム公爵が黒幕ではないかという疑惑も否定はできず、また大国カッシアンが裏で糸を引いている可能性だってある、とも。
ただ、今回の襲撃事件のみから黒幕を暴こうにも、すでに調査や捜査に限界が生じている。
だったら、回帰前の毒殺事件から何か手がかりが得られないものか……?
そう考えた私は、思い切ってリナルド様に聞いてみることにした。
「リナルド様」
「なんだ?」
「あの、私の毒殺に使われた毒のことなのですが」
その言葉に、リナルド様はわかりやすく怪訝な顔をした。
「……なんだよ唐突に」
「先帝陛下の暗殺と回帰前の私の毒殺に使われた毒は、同じだったと仰っていましたよね?」
「ああ」
「それは、どういった毒だったのでしょうか?」
「聞いてどうするんだよ?」
探るような目をするリナルド様は、どこか不安げにも見える。
「今回の襲撃と前回の毒殺の黒幕が同じだというのなら、その毒について調べてみるのも一つの方法ではないかと思いまして」
「今回の襲撃には使われていないのにか?」
「はい。少し、気になって」
私がそう言うと、リナルド様は私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……お前を殺した毒のことだぞ? 聞いて大丈夫なのか?」
「どういう意味ですか?」
「いや、自分を死に追いやった毒のことなんか思い出したくもないだろうし、毒の話も聞きたくないだろうと思っていたからさ」
「まさか、それで詳しいことを教えてくれなかったのですか?」
リナルド様は真剣な顔をして、「そうだよ」と答える。
……ちょっと。私の旦那様、ほんと過保護すぎない……?(知っていたけど)
そんなことまで気に病んで、あれこれ気を回していたなんて。ルクレツィア様渾身の告白に、「それがどうした」と答えた人とはとても思えない。
つくづく、リナルド様の過保護属性は、私限定でしか発揮されないのだなと思う。
自然にほころぶ口元を押さえながら、私はからりと言った。
「大丈夫ですから、教えてください。私だって、自分をつけ狙う黒幕が誰なのか突き止めたいのです。回帰前の出来事や記憶を手がかりにできるのは、私とリナルド様しかいないでしょう?」
「それは、そうだが……」
「以前にも言ったじゃないですか。私、売られた喧嘩は買う主義なのですよ。やられてばかりでは、性に合わないのです」
わざとらしくドヤ顔を決めると、リナルド様は驚いたように目を丸くする。
「……お前って、意外に負けず嫌いなのか?」
「そうですよ。がっかりしましたか?」
「いや」
そう言ったリナルド様の腕が、いつものようにするりと伸びてきて私を抱き寄せる。
「知らなかった一面を知ることができるのは、うれしいしかないな」
「そ、そうですか?」
「どんなヴィアでも、俺にとっては可愛いしかない。だから、もっといろんなヴィアを見せてくれよ」
ちょっと思わせぶりな顔をして、そんなことを堂々と言っちゃうリナルド様。
……も、もう。むっつりパワーの威力が、半端ないんですけど……!!




