18 過保護すぎる皇帝
「すっかりご回復されたようで、安堵いたしました」
あの襲撃から一カ月以上が経った頃、私はユスティナ様の琥珀宮に招かれていた。
私の体調が回復したことを耳にしたユスティナ様が、お祝いと称して二人だけのお茶会を開いてくれたのだ。
「ユスティナ様にも、ご心配をおかけしました。お騒がせして、申し訳ございません」
深々と頭を下げると、「そんな、滅相もない……!」と恐縮しきりのユスティナ様。
「傷の具合はいかがですか?」
「時折引きつるような痛みはありますが、日常生活にはほとんど支障ありません」
私の言葉に、ユスティナ様は心からほっとしたように息を吐く。
「本当にご無事で何よりですわ。あのときはもう、何が何やらわけがわからず……」
「そうですよね……」
私が襲われたとき、すぐそばにいたユスティナ様だって恐ろしい思いをしたに違いない。たまたま近くにいただけなのに、申し訳なかったなと思う。
「今日はフラヴィア様のために、体力回復にも効果のあるハーブティーをご用意しましたのよ。ぜひ召し上がっていただきたくて」
ユスティナ様がそう言うと、脇に控えていた侍女が早速お茶の準備をし始める。
私は部屋の中をぐるりと見回しながら、素知らぬ顔で尋ねた。
「ユスティナ様は、植物がお好きなのですか?」
途端に、目の前の第二皇妃はパッと目を輝かせる。
「そうなのです。幼い頃から花や緑を愛でるのが好きで、あれこれ集め始めたらこんな具合になってしまいました」
うれしそうに答えるユスティナ様に「素敵ですね」と返しながら、私はそこはかとない罪悪感めいたものを覚える。
……すみません、知っています……!
ユスティナ様の琥珀宮には、至るところにたくさんの植物が飾られている。
ユスティナ様の自室も、色とりどりの花々や見たことのない珍しい形をした植物が美しくディスプレイされていて、まるで温室のような風情である。
護衛としてついてきたラリッサは余程驚いたのか、琥珀宮に着くなり物珍しそうな顔をしてあちこち眺めていた。
回帰前の記憶がある私としては、この部屋がこんなのもユスティナ様の趣味も、もちろん知っている。でも、今回の人生でここを訪れたのは今日が初めてなのだから、言及しないほうが逆に不自然じゃない?
と、心の中で言い訳してみる。
「今日のハーブティーも、わたくしが育てたハーブを厳選してブレンドしましたのよ。お気に召していただけたらうれしいのですけれど」
「それは楽しみですね」
回帰前も何度となくこの部屋に招かれ、二人で他愛のない話をしたことをしみじみと思い出す。前回の殺伐とした後宮生活の中で、ユスティナ様とのお茶会は唯一の楽しみといってよかったかもしれない。
「ところで、フラヴィア様」
ユスティナ様は優雅な所作でティーカップを口に運びながら、憂いを帯びた表情でこう言った。
「ルクレツィア様とカリスタ様については、お聞きになりました?」
「ええ」
「ルクレツィア様に続いて、カリスタ様にも謹慎が言い渡されるなんて……」
「父親であるコルヴァス公爵が襲撃の関与を疑われていますからね。容疑が晴れるまでは大人しくしているように、ということみたいです」
私を襲撃した犯人がコルヴァス公爵家の使用人だったことで、公爵は今も騎士団に拘束されたままである。
相変わらず関与は否定し続けているものの、かといって別の真犯人が浮上する気配もなく、捜査はかなり行き詰まっているらしい。
一方、ルクレツィア様の謹慎処分のほうもまだ続いている。
そもそもルクレツィア様は、戴冠式の出席を禁じられたことにだいぶ憤慨していたらしい。謹慎処分が決まった直後から、何度か異議申し立てがあったとリナルド様も話していた。
そのうえ、自分が外に出られない間に、後宮制度が廃止になるなどという重大事態が発表されたのだ。
リナルド様に激しい恋情を抱くルクレツィア様は、このまま追い出されてはたまらないとでも思ったのだろう。しつこいくらいに繰り返し繰り返し、リナルド様への謁見を願い出ているらしい。
謁見願いを出すことは、皇妃の正当な権利として一応認められてはいる。回帰前のルクレツィア様もリナルド様会いたさにあれこれと理由をつけて、幾度となく謁見願いを出していたと聞いたことがある。
でも、回帰前のリナルド様が、その願いに応じたことはなかった。
そして今回も、リナルド様はルクレツィア様の要望に応える気はないらしい。何度謁見を申し入れてもことごとく突っぱねられる現状に、ルクレツィア様は業を煮やして荒れまくっているというのだ。
「もともと、苛烈なルクレツィア様に耐えかねて、紅玉宮を辞める使用人があとを絶たなかったと聞いています。それなのに、ルクレツィア様の横暴ぶりは激しさを増すばかり。使用人たちはみな震えあがって、ますます辞めていく者が続出しているとか」
「そのようですね」
「早く自国に戻りたいわたくしとは違って、ルクレツィア様はどうあってもこの国に残りたいのでしょうけれど……」
「襲撃事件があったことで、後宮制度廃止の話は一旦棚上げになっていますからね。その動きが本格化する前に、なんとか手を打たなければとお思いなのではないでしょうか」
まあ、気持ちはわからないでもない。
ルクレツィア様の想いは、前回も今回もわかりやすいほど一直線にリナルド様へと向かっているのだもの。
でもルクレツィア様が動けば動くほど、事態はルクレツィア様の望まぬほうへと加速しているような気さえする。ルクレツィア様自身、そのことにはまったく気づいていないようだけれど。
「一度、お会いになってみてはいかがですか?」
その夜。
帰ってきたリナルド様にそう言うと、なんの話かすぐにわかったらしくとても嫌そうな顔をされた。
「会う必要なんてないだろ」
「でもこのままでは、ルクレツィア様も納得できないと思うのです。せめて後宮制度廃止については、リナルド様から直接説明して差し上げたほうが――」
「あいつが納得するかどうかなんて関係ないんだよ。俺が会いたくないから会わない。それだけだ」
私の前ではあまり見せない不機嫌そうな顔になって、リナルド様は語気を強める。
「お茶会でのことに関しては、もう十分すぎるほどの罰を与えたじゃありませんか」
「俺の中では全然十分じゃない」
「え」
「それに、宮の中での態度だって反省も改善も見られない、とかいう報告が上がってきてるしな。紅玉宮はいまだに退職希望者が増えているそうじゃないか。あいつが誰彼構わず当たり散らしてるからだろ」
「そうかもしれませんけど、でも……」
「俺は今だって、あいつを八つ裂きにしても足りないくらいなんだよ」
「え」
いきなりほとばしるとんでもない殺気に、私は呆気に取られてしまう。
「だってあいつは、お前に毒を盛った張本人だろ」
「……前回は確かにそうですけど、今回はちょっとお茶をぶちまけただけでしょう?」
「俺にとっては、前回も今回も関係ない。ヴィアを害するようなやつは、全員処刑したい」
「それはさすがにやりすぎですよ……」
「なんでだよ」
駄々をこねる子どものような目をしながら、リナルド様は忌々しげにため息をつく。
「あの女がお茶会を開くと聞いて、俺は気が気じゃなかったってのに」
「……え?」
「前回はあいつが開いたお茶会で、お前を殺されたんだ。『ルクレツィア』『お茶会』ってワードに、異常なくらい過敏になるのも仕方がないだろう?」
「でも前回はルクレツィア様と二人だけのお茶会でしたし、後宮入りしてだいぶ経ってからのことでしたし……」
「前回と今回とでは、どんどん状況が変わってきてるだろ。いつ何が起きたって、不思議じゃないんだよ」
「それは、まあ、そうですね、はい……」
あっさりと論破され、私はそろそろと視線を落とす。
「ヴィア」
呼ばれて顔を上げると、リナルド様はなぜか思い詰めた表情をしていた。
「ルクレツィアを謹慎処分にして宮から出さないようにしたのは、これ以上お前と接触させないためでもあったんだ」
「……はい?」
「前回のあいつは毒殺を実行しただけで、黒幕じゃなかったことはもちろんわかっている。でも俺は、あいつとヴィアが接点を持つ機会を全部排除しておきたかった。だから早いとこ、あいつの動きを封じてしまおうと決めたんだ」
……驚いた。
「……私が殺される可能性を、とことん排除するために、ですか……?」
「そうだよ」
「それはちょっと、過保護すぎやしませんか?」
苦笑しながらそう言うと、あっという間にリナルド様の腕が私を捕らえてしまう。
「俺はもう、絶対にお前を失いたくないんだよ。あんな思いをするのは二度とごめんだ」
耳元をかすめるリナルド様の声が、少し震えている気がしたから――――
私はその背中におずおずと手を回して、そっと抱きしめた。




