17 残された謎
それから数日は侍医からもリナルド様からも絶対安静を命じられ、ほとんどベッドの上で過ごすことになった。
リナルド様は執務の合間にちょいちょい顔を出しては、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。
「これくらい一人でできますし、ラリッサや侍女たちもいるのですから早く皇宮に戻ってください」
「いいんだよ。ヴィアが心配で、どうせ仕事なんか手につかないんだから」
「そんなことを言ってたら、またアルベルト殿下に強制連行されますよ」
「うわ、兄上の名前なんか出すなよ。ほんとに来そうだろ」
「ふふ」
思わず笑ってしまうと、リナルド様は心から愛おしそうな顔をして、私のこめかみにキスを落とす。
「早めに戻ってくるから。大人しく寝てろよ」
「はいはい」
名残惜しそうに出ていくリナルド様を見送ると、今度はラリッサがおずおずと近づいてくる。
「なんだか、雰囲気が変わられましたね」
「何が?」
「フラヴィア様です。以前は何かこう、笑顔ではあっても心は許していないというか、どこか警戒心というか緊張感というか、そういったものが漂っていたように思うのですが。今は心から笑っていらっしゃるようで」
……鋭いわね。
さすが、元諜報部隊は伊達じゃない、と感心してしまう。
「そうね。ラリッサの言う通りかも」
しみじみと言葉を返す私に、ラリッサはいつも通りの真面目な顔つきになる。
「ならばその信頼に応えるべく、私は全力でフラヴィア様をお守りするのみです」
「ありがとう。頼りにしているわよ」
私がそう言うと、ラリッサは背筋を伸ばして「はっ!」と答える。
あの日、回帰にまつわる真相をすべて話してくれたリナルド様は、私の後宮入りを早めた理由も教えてくれた。
「本当は、ヴィアを後宮入りさせるつもりはなかったんだ。お前がここにこなければ、命を狙われることもないだろうと思ってな。でも兄上に、あえて回帰前と同じ状況にすべきじゃないかと言われたんだよ」
「リナルドの話では、回帰前にフラヴィア様を狙った黒幕は結局わからないままです。父上の暗殺同様、前回起こったことが今回も起こり得る可能性は十分にある。だったら、あえて回帰前と同じ状況を作り出し、今度は万全の態勢を整えたうえで黒幕の正体を暴くことが必要なのではと思ったのです」
「どうせ後宮入りさせるんだったら、今度は遠ざけることで守ろうとするのではなく、一番近くで守りたい。そう思ったら、なんかもう、一秒でも早くそばに置きたい気持ちが抑えきれなくなってな……」
「……は?」
「回帰前はひたすら我慢に我慢を重ねていたから、その反動というか、簡単にタガが外れてしまってその、まあなんというか……」
珍しく語尾を濁して言い淀むリナルド様を横目に、アルベルト殿下がしれっと断言する。
「ほら、以前申し上げたじゃないですか。リナルドは激重な愛情と執着とをひた隠しに隠してきた、単なるむっつりスケベだと」
「あ、兄上!!」
「あー……」
曖昧に笑うしかない私と、耳まで真っ赤になっているリナルド様。
当然、アルベルト殿下は私たちの動揺などどこ吹く風である。
「で、でも、リナルド様が古代の魔導具を使って時を戻した経緯はわかりましたけど、なぜ私まで回帰することになったのでしょうか? 聖杯が回帰させるのは、使われた血の持ち主だけなのでは……?」
話の流れを変えたくて咄嗟に尋ねると、アルベルト殿下は目をキラキラさせて何度も頷いている。
「そうなのです。そこは僕にとっても、最大の謎でして」
「ですよね」
「古代魔導具は想像をはるかに越えた力を有していますし、僕の研究だけではまだ一割も解明できていないというのが実情です。ただ、聖杯を満たしたのがリナルドの血だけだったとしても、リナルドの強い想いがフラヴィア様をも回帰させたのではないか、と勝手に推測しているのですよ」
「強い想い、ですか……?」
「ええ。なんせリナルドは、執着強めなただのむっつりスケベですからね。むっつりパワーは侮れません」
「兄上! しつこいよ!!」
いや、もう、『むっつりスケベ』って言いたいだけよねアルベルト殿下……!!
リナルド様の『むっつりパワー』(なんだ『むっつりパワー』って)の効果はともかく、自分の命を投げうってまで私を取り戻そうとしてくれた人に、心を動かされない人間なんているのだろうか?
多分、いないと思う。
リナルド様は前回も今回も、ずっと私のことだけを見ていてくれた。あの初夜の日に話していたことは、全部本当だったのだ。
そして、ただひたむきに、私を守ろうとしてくれた。
おまけに、私の殺害を命じたという疑惑もあっさり否定されてしまったのだ。ルクレツィア様も私も、毒殺の首謀者にまんまと騙されていただけだった。
だったらもう、リナルド様を拒む理由なんてないのでは……?
ほとんどすべての謎が明らかになった今、そしてリナルド様の変わらぬ愛の重さを思い知った今、私は自分の気持ちを素直に認めるしかなかった。
――――私だけを求め、私だけを守ろうとするリナルド様に、私も同じだけの想いを返したい。
……いや、「同じだけ」というのは、客観的に考えると無理なような。もちろん、努力はしますが。
でも、これからもずっと、リナルド様とともに在りたいという気持ちが、私の中にはっきりと芽生え始めている。
そのために、必要なことは何か?
それは、私の命をつけ狙う黒幕の正体を突き止めることである。
ここで問題になってくるのは、前回の毒殺と今回の襲撃事件の黒幕は同じか否か、という疑問。
リナルド様とアルベルト殿下は、口をそろえてこう言った。
「同じだと思う」
「根拠はあるのですか?」
「いや、明確な根拠はない。ただ、前回と今回とではまったく違う状況になっているにもかかわらず、またしてもヴィアが狙われたんだ。前回の黒幕が、今回も同じようにヴィアの排除を目論んでいるような気がしてならないんだよ」
「そもそも僕たちは、前回の黒幕が今回もフラヴィア様を狙うのではないかと想定して、前回同様の後宮を作り上げたわけですからね。フラヴィア様の襲撃を防げなかったのは痛恨の極みですが、こうなってくるとやはり黒幕は同一人物なのでは、と」
「ただ、それが誰かとなるとな……」
リナルド様はみるみる表情を曇らせて、浮かない表情になる。
「前回の俺は、父上の暗殺とヴィアの毒殺に使われた毒が同じだったことから、黒幕は皇太后とベルム公爵だと信じて疑わなかった。でも確たる証拠は見つからなかったし、兄上は別の可能性もあったんじゃないかって言うんだよ」
「確かに、皇太后とベルム公爵は十分怪しいと思うんですけどね。でも、例えば今回の事件の黒幕候補であるコルヴァス公爵にだって、動機はあるわけですよ。フラヴィア様を亡き者にすることで宰相であるアルトゥム公爵の権勢を削ぎ、自分が取って代わろうとした、とか」
「後宮にはカリスタがいるから、ルクレツィアをうまくそそのかすこともできただろうしな」
「それに、カッシアン側の関与だって否定はできません。ちょっと前まで戦争していたのですし、敗戦の報復として死神将軍の寵妃を始末しようとした可能性だってあるのです」
「いやその、前回は、寵妃というわけじゃ……」
「お前の恋情なんか、どうせモロバレだっただろ。フラヴィア様を見つけるたびに、いつでもどこでも鬱陶しいくらいずっと見つめ続けていたら、誰でも気づくんじゃないか?」
思いがけない強烈な暴露に、リナルド様はわかりやすく狼狽える。
「え、バレてたのか!?」
「気づくやつは気づいていたと思うよ。僕はともかく、宰相とか父上とかさ」
「マジか……」
恥ずかしそうに頭を抱えるリナルド様と、それを可笑しそうに眺めるアルベルト殿下。
……もちろん、当の私は気づいていませんでしたけどね……。
当事者ほど、意外に気づかないっていう……(苦笑)




