16 回帰の真相③
「『時を戻す秘宝』……?」
これまたとんでもないパワーワードが飛び出した。
そんな秘宝が、この世界に存在するの……?
「皇家には、建国当初から伝わる古代魔法文明の遺産が数多く残されている。時を戻す秘宝もその一つなんだ」
「『回帰の聖杯』といいましてね」
それまでずっと沈黙を貫いていたアルベルト殿下が、唐突に詳しく説明をし始める。
「今は完全に途絶えてしまった古代魔法文明ですが、皇家にはその時代に作られた魔導具が幾つも残されているのです。僕は幼い頃から古代魔法と魔導具に興味があって、ひたすら独学で研究を重ねていたのですよ」
「独学で、ですか?」
「兄上は古代魔法に並々ならぬ情熱を傾けていて、底知れぬ知識欲に突き動かされるまま古代魔法と魔導具の研究だけに没頭している、いわば変人なんだ」
「……は、はい? 変人?」
「いや、狂人といってもいい」
「狂人……!」
「なんせ古代魔法以外のことにはまるで興味がないし、古代魔法や魔導具に関することには異常なほど詳しい反面、一般常識を知らなすぎるからな」
リナルド様の言葉に、なぜかドヤ顔を決めるアルベルト殿下。
いや、弟さんは、決してあなたのことを褒めてはいないと思いますよ?
「俺が物心ついたときにはすでに、兄上の居場所は皇宮の書庫か宝物庫と決まっていてな。毎日入り浸って一心不乱に古代魔法の研究をしていたから、俺も時折顔を出しては勉強を教えてもらっていたんだ。それを見たドミヌスとバルナバが、兄上を揶揄って故意に貶めるために『極度の人見知り』だの『引きこもり』だのという根も葉もない嘘を広め出したんだよ」
「『引きこもり』というのは、あながち間違ってはいなかったんですけどね。研究に没頭しすぎるあまり皇宮で寝泊まりしていた時期もあったし、公式行事とか式典なんかもよくすっぽかしていたし」
……な、なんてことなの……!
『極度の人見知り』も『引きこもり皇子』も、まったくの嘘だったとは……!!
というか、公式行事や式典に出席していなかった理由が、まさかのすっぽかしだったとは……!!
「まあ、僕も積極的に噂を否定しようとは思わなかったですし、むしろ人見知りだの引きこもりだのと思われて放っておかれるほうが、研究に没頭できて都合がよかったんですけどね」
「そんな兄上から、宝物庫に残されている魔導具の中に時を戻す聖杯があると聞かされたことを思い出してな。一か八か、それを使って時を戻そうと決めたんだ」
「……でも、リナルド様。さっき『自分の命を代償にして』と仰ってませんでした……?」
アルベルト殿下が現れる直前、リナルド様が半ば勢いに任せて言い放った言葉を思い出す。
『自分の命を代償にした』ということは、つまり……。
「古代魔法の魔導具というのはですね、とてつもない効果を発揮しますがその分代償も大きいのですよ。『回帰の聖杯』は、『聖杯を己の血で満たした者をはじまりの日に戻す』とされています。聖杯を自分の血で満たすということが、どういうことかはわかりますよね?」
聖杯がどれほどの大きさかわからないとはいえ、それを己の血で満たすということは、間違いなく自分の命を差し出す行為であることにほかならない。
リナルド様は時を戻すために、自らその命を犠牲にしたのだ。
「……どうして、ですか……?」
信じられない思いで、私は正面に座るリナルド様を見返した。
リナルド様はちょっとばつが悪そうな、それでいて少しの迷いもない晴れやかな笑みを見せる。
「言っただろう? お前のいない世界など、生きる価値もないと。俺にとっては昔も今も、お前がすべてだ。だから時を戻して、今度こそお前を守り切ると心に誓ったんだ」
「そんなの……」
「時を戻したことを、俺は後悔していない。ただ、ちょっとした誤算があってな」
リナルド様はそう言って、悔しそうに眉をしかめる。
「『はじまりの日に戻す』というから、俺はてっきり自分が生まれた日に戻ると思っていたんだよ。ところが俺が死に戻ったのは、父上が暗殺される当日の朝だった」
「……それって、カッシアンとの戦争中でしたよね?」
「そうだ。目が覚めてすぐに自分は死に戻ったのだと気づいたが、日付を聞いて愕然としたよ。父上が暗殺される日だと気づいて、焦った俺はカッシアンとの国境地帯から帝都へと馬を走らせた。でも、結局は間に合わなかったんだ」
リナルド様は皇宮に到着してすぐ、父親である皇帝陛下の寝所へ向かったという。
前回の人生で、皇帝陛下がどこでどうやって亡くなったのかを知っていたからだ。
案の定、ドミヌス殿下たちは皇帝陛下に毒を盛って殺害し、犯人はアルベルト殿下だと示す証拠を偽装している最中だったらしい。
「ドミヌスたちは戦場から舞い戻った俺を見て、腰を抜かしていたよ。幽霊でも見ているような顔をしていたな」
「僕だってびっくりしたよ。いきなり侍従に呼ばれて父上の寝所に行ってみたら、腫れ上がった顔のドミヌスたちが満身創痍で拘束されているし、戦場にいるはずのリナルドが仁王立ちであいつらを怒鳴りつけているし」
「……なるほど。リナルド様がすぐに戻られてドミヌス殿下たちの罪を暴いたおかげで、前回のようにアルベルト殿下が無実の罪で処刑されることはなく、ご存命だったというわけですね?」
「ご名答。といっても、僕には処刑された記憶なんて一切ないんだけどね」
ははは、と軽く笑うアルベルト殿下を見ながら、回帰前の悲劇の一つは確実に回避できたのだという事実に、心からホッとする。
……あれ。でも。
「……亡くなった先帝陛下は、アルベルト殿下の立太子を考えていたのですよね? だったらなぜ、アルベルト殿下ではなくリナルド様が即位されることになったのですか?」
回帰前はリナルド様しか残っていなかったから、第四皇子であるリナルド様が即位するよりほかなかった。
でも今回はアルベルト殿下が生きているわけだし、そもそも皇太子に一番近い位置にいたわけだし、『人見知り』だの『引きこもり』だのの噂も事実無根だったわけだから、普通に考えればアルベルト殿下が即位すればよかったのでは?
私の素朴な問いにアルベルト殿下は涼しい顔をする一方、リナルド様はなんともいえない顔つきになる。
「先程リナルドが言ってましたよね? 僕は古代魔法以外のことには一切興味がないのです。皇帝になどなったら、研究に費やす時間がなくなってしまうではありませんか」
「……で、では、最初から立太子はしないおつもりだったのですか?」
「当然です。立太子の話は父上からも何度となく言われていましたけど、ずっと拒否していたのですから」
「えー……」
「僕は古代魔法にすべてを捧げ、古代魔法とともに生きる男。古代魔法とこの国とを天秤にかけたとしたら、躊躇なく古代魔法を選びます。そんな人間が、この国の舵取りをしちゃだめでしょう?」
「俺だって兄上のほうが皇帝に相応しいと思ったんだよ。俺自身、騎士として生きていくほうが性に合ってるし。でも兄上が絶対やりたくないっていうから……」
「まあ、僕にしてもリナルドにしても、完璧な人間ではありませんしどちらも皇帝には向いていないのかもしれません。でも、僕とリナルドには決定的な違いがあります。それが何か、わかりますか?」
アルベルト殿下はどこか尊大な様子で、ふふんとほくそ笑む。
「リナルドには、フラヴィア様がいます。あなたという揺るぎない良心、善なる行動基準があるからこそ、リナルドが人としての道を踏み外すことはない。でも僕には、そういった存在がいませんからね。僕の暴走を止められる人間がいない以上、皇帝になるべきではないと思うのですよ」
「……そういうものでしょうか……?」
「ええ。ですからフラヴィア様。僕の可愛い愚弟を、これからもよろしく頼みます」
そう言って、アルベルト殿下は深々と頭を下げた。




