深井姉弟、旅に出る。part11
「だから僕は加賀先生の方が良いって言ってるんですよ!でもみんな加賀美咲が上だって……おかしくないですか!?」
ジョッキをテーブルに叩き付けるように置いた。すっかり赤くなった頬から察するに酔ってしまったらしい。せっかくのイケメンが台無しだ。
別におかしくない。世間の認知度や実力も才能も姉の方が上だ。
「お気持ちだけで十分嬉しいですから……」
どうして俺が居酒屋で酔っぱらいの相手をしているのか、それは一時間ほど前。
「ファンなんです握手してください!」
「あ、はい」
博多駅でサラリーマンと思しき人に握手を求められた。まさか音坂以外にファンと名乗る人がいたとは。
断る理由も無く手を差し出す。
ファンと言われ悪い気はしない。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ応援ありがとうございます」
間違いなく上手く笑えてないな俺。
コミュニケーション能力が低い俺が死ぬほど練習した対応がこれだ。情けなさ過ぎて涙が出る。
「加賀先生はどうして博多に?」
「姉と来てるんです。コラボ小説を書くために」
「加賀先生のお姉さんってまさか加賀美咲じゃ……」
流石姉の名前は知名度が高い。
「そうですよ」
隠す必要もないだろう。
「アニメ化が決まった作家さんが来ていたとは……あ、そうだ加賀先生」
「何ですか?」
「これから飲みに行こうと思ってたんですけど良かったら一緒にどうですか?」
立話も何なので、と彼は付け足した。非常に魅力的な提案だが、俺はまだ高校生だ。酒は飲めない。
「お酒はまだ飲めないんですけど、ご飯ならご一緒しますよ」
その誘いに乗ってしまったことから酔っぱらいの相手をすることになってしまった。
「まさか加賀先生が年下だとは思いませんでしたよ」
夜の博多を歩きながらその人は笑った。
「あまり表に出てなかったせいでしょうけど、三十代だと思われたこともあるくらいですからね」
おっさんが学生の振りをするのは無理があるぞ、というありがたい感想を頂いたくらいだ。
「あ、申し遅れました私本橋自動車の田中圭介と申します」
一流企業の社員だなんて思いもしなかった
「あ、どうも」
俺はごく普通の高校生だ。名刺を渡される機会が多いはずがない。
「えっと……あった。加賀司です」
何となく偽装の名刺を渡しているような感覚になった。PNだから仕方ないのだが。
ちなみに俺はこんな時のために名刺は持ち歩いている。なんてもちろん嘘だ。先日姉に作ってもらったのを偶然持っていただけ。当然だろう。
「頂戴いたします」
この辺りの作法からも一流企業の社員という証のような何かが感じられた。
「毎日会社と自宅の往復で……そんな時に見つけたのが加賀先生の本だったんです」
冷たい水を飲んで落ち着いたらしい。田中さんは少しずつ語り始めた。
と、いうかどうして俺の本が希望の光みたいになっているんだ。社会人ってそこまでやばいのか。
「本当に読みやすくて、あっという間に読み終えてしまったんです。そして先日のネットニュースを見ました。加賀美咲とのコラボ作品、と書いてあったんで驚きましたよ」
多分それは加賀美咲が加賀司とコラボ、という見出しで始まったのだろう。何となく予想がつく。
そして驚いたのも無理はない。だって俺も驚いたんだから。
「今、姉さ……加賀美咲先生と書き始めた所なのでもう少し時間がかかるとは思いますが序盤ながら手応えを感じているので期待して待って頂けると幸いです」
少なくなったもつ鍋をつつく。もうほとんどニラしか残っていない。
「もちろん楽しみにしてますよ」
そう言い彼は微笑んだ。そして続ける
「所でお二人は設定ではなく本当の姉弟だったんですか?」
質問の意図は分からなくも無かった。
「姉弟ですよ?本物の」
「そうですか……いや、あの写真のお二人があまりにも似てなかったので」
本人である俺ですら似ていないと思うのだから、こう言われるのも仕方ない。
「そうですよね。共通しているのが目の色だけですし」
偶然かどうかは分からないが、姉に前髪を切ってもらった事で目が露出し、紫色の瞳を持つ男としてちょっとだけ話題にもなった。その後、姉に全ての話題を攫われたのは言うまでもない。
「でも綺麗な女性と一緒に暮らせると思うと羨ましいですよ」
落ち着いたと思ったのだが見当違いだったらしい。
イケメンにだけは言われたくない。
「確かに姉は綺麗だとは思いますが…羨ましがる様な事は無いです」
そして続ける。
「姉といっても同期ですし」
その言葉に田中さんは目を丸くした。




