90.風邪には勝てない。
「あたたかいねぇ〜(ぬくぬく)」
「そろそろ起きるよカレン」
厚手の魔術毛布は非常に暖かくて
今日は朝まで熟睡できた。
カレンはまだ頭から被って出てこない。
俺は暖炉に火をつけてからキッチンへ。
小型の魔術ファンヒーターは結構役に立っている。
簡単な朝食と二人分のお弁当を作る。
「今日はひさしぶりにお仕事だねっ」
「そうだね。なんかへんな感じだ」
またガチャのお金を貯めるために節約弁当。
ここは比較的雪が降らない地方なのだけれど
今年は北からの寒波で寒さが厳しくなるらしいから
部屋全体を暖める系の当たりが出るまでは
暫くこれで頑張るしかない。
「食べ終わったらすぐ家を出るからね」
「さむいのやだなぁ...」
俺は魔術カイロを上着のポケットに入れて
ヒートグローブとマフラーはカレンに譲った。
なんだか寒さにはめっぽう弱い様子だ。
「さむいよぉ...(ガタガタ)」
「店は暖かいからもう少しの辛抱だよ」
ギィィ...バタン...
凍える手で冷たい真鍮のドアノブを回す。
そして店の中は今日も暖か.....寒い。
「おはようウィッドさん。なんでこんなに...」
「寒いかって? 見ての通りだ」
店には業務用魔術ヒーターが付いているのだが
肝心の魔力供給源であるケニーが居ない。
配達にでも行っているのだろうか...
「いえ...部屋で休んでいますよ」
ケニーの従姉妹で応援に駆けつけたマリー。
「おはようマリー。そんなに具合が悪いの?」
「いわゆる魔力風邪ですね」
それは魔力の使い過ぎで弱ると罹りやすく
いわゆる病気とも違うのだけれど
著しい魔力の低下とそれに伴う倦怠感が特徴だ。
トゥクトゥクトゥク...
魔術ケトルから熱々の珈琲を入れてくれた。
「レオナルドが戻ってくれてよかったわ」
「ところで魔術暖房とか持ってない?」
全世界で一斉に例のガチャを回しているのだ。
そう簡単に目当ての暖房器具は来ない。
同僚達も同じようにハズレてばかりで
ガチャ好きな俺なら当てたんじゃないかと
勝手に期待されていた。
残念だがその期待には応えられそうにない。
「困りましたね...(ぶるぶる)」
「ごめん。一応レアも出たけど呪われててさ...」
「ついてねぇな。配達行ってくる」
バンに乗って配達に出かけたウィッド。
事務所の中より外の方が幾分暖かい気がする。
火事を出すわけにはいかないから
暖炉とかも使えないし...
「ああ...おかえりレオナルド...カレンちゃん...」
「寝てなきゃ駄目よケニー」
しんどそうなケニー。
無敵の“休む事の無い女”も風邪には勝てないのか...
「ゴホ...どうだったの...ダンジョンは」
「遺跡になってて凄かったよ」
「遺跡のダンジョン...それは魅力的な岩ですね」
マリーは隣街でフリーターをしながら
プロのダンジョンクライマーを目指している。
外から素手で登って攻略する特殊な競技だ。
彼女にはビルでも遺跡でも登れるものは岩である。
「そういえば密林に回復の泉があってさ」
「回復の泉って...ファンタジーの世界みたいね」
俺達が密林で入った滝の話をしたら
速攻で引き継ぎと旅支度を始めたケニー。
元気なんだか調子悪いのかわからない。
「店はどうするつもりなのよ!」
「リンダが居れば大丈夫。あなたも来るでしょ?」
「待って、ま...もう...勝手なんだから」
と言いつつ、少し嬉しそうなマリー。
配達用のバンに乗りこんで
ケモミミの村へと旅立って行った。
事務所に取り残されたけれど...寒い。
手足が小刻みに震えてしまう。
「さあ、そろそろ荷物が届くから準備して」
「動いていれば暖かくなるから」
そう言って皆に号令をかける副店長のリンダ。
(その格好で言われても説得力ないな)
彼女が平気そうにしているのは
レアな毛皮のヒートジャケットを着ているからだ。
見た感じゴージャスなマダムみたい。
ツンツン...
物欲しそうな目で俺を見る女神(精霊)。
「わかってるよカレン。まずは稼がないとね」
「うんっ!頑張るー」
「ほら、オーサーのバンが着きましたよ」
寒くなって荷物の依頼も増えてきた。
ボスがいない事務所の中はやけに静かで
皆黙々と仕事をこなしていった。




