89.物知りな料理人。
そろそろクライフさんが屋敷に来る頃だ。
カチャ...バン...(噂をすれば...)
「コートをかけますね」「ありがとう」
昼食と晩御飯に使う食材を厨房へ運んでから
俺達のいる居間に顔を出した。
「お邪魔してます」
「やあレオナルド。密林に行ってたんだって?」
「これ頂き物だけどお土産に」
ミトから貰ったミツリンゴをお裾分け。
クライフさんは食のエキスパートだから
珍しい食材も大概知っている。
「密林檎か。密林地帯の固有種だな」
「私は初めて見ます」「よし、切ってみよう」
ストン...
二つに割ると中は黄金色の蜜で満たされていて
モリンゴとは別の果実みたいだ。
「あん...(モグモグ) この時期は糖度も抜群だな」
「じゃあコレでリンゴパイを作るか」
まずはミツリンゴを5mm幅くらいでスライスし
甘さが強いから砂糖を入れず小量の水で軽く煮る。
皮の紅色を果肉が吸って綺麗なピンク色に。
その間にベースになるカスタード作り。
パタパタの玉子3つを黄身と白身に分けて
黄身と粉とモリヤギの乳を混ぜる。
「フィオ、そしたらパイ生地を用意してくれ」
「こちらですが...発酵は足りているでしょうか?」
「どれ...(指で押してみる) 中々良い具合だ」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす彼女。
手作りのパイ生地は最近覚えたばかりなのだとか。
「それから月欠けの実を粉にするんだ」
「こんな感じかな...(ゴリゴリ)」
真っ青に透き通ったガラスのような小さい粒。
寒くなると三日月の間だけ枝に実をつけて
月が満ちた途端に落ちてしまう神秘的な実だ。
パイの型に生地を敷いてフォークで穴を開ける。
重石を乗せて予熱したオーブンの中へ。
「次はカレンお嬢様のためにミートパイの準備だ」
「やったぁ!」「いつもすみません...」
甘いものが嫌いなカレンには肉のパイを。
なぜかミツリンゴを取り出すクライフさん。
薄めに切って肉を巻いて塩とスパイスを振った。
「お肉とリンゴですか」
「トマト味のソースと良く合うんだよ」
カレンは心配そうな顔をしているけれど
彼の腕に間違いはない。
パイ生地を取り出して少し冷ましたら
カスタードを敷いてから煮たミツリンゴを乗せて
砕いた月欠けの実をパラパラと散らす。
色も見た目もバラのようで美しい。
「焼き上がりはもっと綺麗だぞ」
もう一方はミートソースの上に肉巻きリンゴ。
格子状に余ったパイ生地を乗せて完成。
オーブンに戻して焼けるのを待った。
「いい具合に焼けていたよ。もう少しだな」
「さっきから気になってたんだけど...」
「なんだ? ...ああ、これの事か」
食材を切るのに使っていた包丁。
包丁...だよな?
「ダガーに見えるがコレは魔術包丁だ」
「食材が刃にくっ付かないし斬れ味も変わらない」
クライフさんは魔術包丁だと言い張るが
間違いなく何かの武器だと思う。
使い方は人それぞれだからいいけれど。
「料理人向けのガチャがないから仕方ないだろ」
「いつか本物の魔術包丁を手に入れるさ」
俺はなぜだか一本所持している。
欲しい人には当たらないのが世の常だ。
「いい匂いがしてるよ〜!」
「そろそろだな。パイを取り出してみよう」
ホワン...立ち込める湯気。
ミートパイも美味しそうに焼けている。
甘いリンゴのパイはデザートだから
粗熱を取るためにテーブルの上に放置した。
「はやく食べようよー」
「わかったわかった。切り分けるからステイだ」
テーブルの準備をするフィオ。
切り分けるクライフさんと待ち構えているカレン。
俺は古代ヤシのお茶を淹れて席へと運んだ。
「たまにはこんな日もいいだろう」
クライフさんも一緒に昼食の時間。
今日は一人分の食事が余っているからだ。
騒がしい誰かがいなくて優雅なランチタイム。
「そろそろ密林檎のパイも冷めた頃だな」
焼いたら更に鉱物のような輝きを放つ月欠けの実。
食べるのが勿体ないくらいの出来だ。
「キラキラしていて冬の星空のようですね」
「入れると香りも良いんだよ」
甘みのないカスタードに蜜が染み込んで
頰が落ちてしまいそうだ...
「それで相談なんだがレオナルド」
「次の休みに俺と付き合ってくれないか」
週末デートの誘いではない。
クライフさんは伯父と違って普通の人だから
なにか事情があるようだ。
「西ノ森の研究所と知り合いなんだろ?」
「俺を紹介してもらえないかな...」
新しく料理に薬草を取り入れているのだが
効能や毒性についての疑問が多々あるそうだ。
さっそくブルーと教授に連絡をいれて
来週末に研究所へと案内することになった。




