129.家庭的な味付け。
♢調理開始から二時間ほど経過
テーブルの上にズラリと並んだのは
イモと肉の煮物や焼き魚など
どれも一般的で素朴な料理ではあるが
コト...
「さあ、遠慮せずに食べるがよい」
旅に出てからは外食が多く
シーラルでも豪華な貴族料理を食べていたから
このシンプルで家庭的な優しい味付けには
妙な安心感すら覚える。
「フフ...男はまず胃袋からと書いてあるゆえ」
恋愛ハウツー本をパラパラとめくる元女神。
ほかにも日傘や大きめの鍋など
どこから出し入れしているのか謎である。
「余のドレスが気になるのか?」
不思議に思い観察していると
袖の中からもう一冊本を取り出してみせた。
彼女が着ているのは魔道具の一種であり
「お前の小汚い腰袋とさして変わらぬ」
小汚いは余計な一言だと思うけれど
俺の腰に付けた“ポッケ”と同じように
亜空間の中へ荷を置くことが出来るそうだ。
でも魔力のない物体をそこへ送った場合
普通なら圧縮されて粉々に吹き飛ぶのでは...
「それ以上は神秘の力に触れるでのう」
「すごいね〜!さすが女神様だよ」
詳細は教えてもらえなかったが
元女神の力が半端ないことだけは理解した。
...それから極度の恋愛依存体質だという事も。
「あ〜んだマスター。はいあ〜ん」
「いやぁ...い...いただきます」
さっきからこの調子で
ミッチェルさんの隣に寄り添っては
まるで新妻のように振る舞う。
なんだか羨ましい気もするけれど
当の本人は少し困惑気味。
「青菜もちゃんと食べるのだぞ」
「なによアレ。ミッチも断らないなんて最低」
聞こえるように悪口を言ったレイナだが
料理は気に入ったみたいで残さずに食べていた。
俺ももうお腹がいっぱいで...
「そんなに気に入ったかマーベリクスよ」
「ガウガウ...ガウガウ...」「よしよし」
多めに作られた料理はガウがペロリと平らげた。
嬉しそうに頭を撫でるイルジオネ。
狼の胃袋をも掴んだようだ。
♢片付け終わったダイニング
「だから食材が足りないって言ってるの!」
「駄目だ。マスターには三食栄養のある食事をー」
「まあまあ落ち着いて〜」
食後にシャワーを浴びてから戻ると
レイナとイルジオネが言い争いをしていた。
女神様は明日以降も台所に立つつもりらしいが
レイナの言う通りこの調子で料理を作られると
食料が底をつくのも時間の問題。
「飛鮫も捕れなかったし仕方がないでしょ」
「ぐぬぬ...またそれを言うか」
例の一件を蒸し返されて表情を濁すイルジオネ。
気まずいので俺はカレンを連れて甲板へ退避。
「おーい!レオナルドも一緒にやろうぜ」
船先に付いた照明を利用して
ラファエルが夜釣りを楽しんでいた。
ミッチェルさんは上で破れた帆の修理中。
「飢え死にするのだけは御免だからな」
「誰が多く釣れるか勝負だね」「乗った!」
.....しかし素人に釣れる筈もなく
三人で数時間粘ってみたものの釣果はゼロ。
森とは違って食料の確保には苦労しそうだ。
タタッ...ストッ...
「修理も終わりましたので休みましょう」
舵を自動プログラムに切り替え
見張りは朝までイルジオネが請け負うのだとか。
「見張りは余だけで足りておる」
「それじゃ...おやすみなさい女神様」
カレンは女神を気遣って残ろうとしたが
疲れているなら寝ろと一蹴された。
やはりキャラ的に怖そうに見えるだけで
本当は優しい性格なのかも...
「カレンの件もあったし本当に大丈夫なのか?」
「契約を交わしているので危険はないかと」
「ミッチは随分と仲良くなったものね〜」
船内の照明を落として各自部屋へと戻る。
波打つ音と適度な縦揺れが
ゆりかごのように眠りを誘った。
♢翌日の早朝
船内は光が届かないからタイマー式の自動点灯。
まだ真っ暗闇で起きる時間ではないのに
部屋にはカレンの姿がない。
(トイレにしては遅いな。..........!?)
慌てて懐中電灯を片手に外へ。
イルジオネに連れていかれた可能性は拭えない。
やはり彼女は危険な存在だったのかー
「おはようございますレオ〜!」
船首から元気に手を振るカレン。
隣にはちゃんと見張り役の女神様がいた。
なぜかとても楽しそうな雰囲気で
俺の不安は一瞬にして打ち消された。
「ほれ見よ。これは中々のサイズだ」
「すごいんだよ女神様は!」
太ったシマシマ鯛を片手で持ち上げると
横に置かれた避難用ゴムボートに投げ入れた。
中はプールのように海水が張ってあり
たくさんの魚が所狭しと泳いでいる。
「暇を持て余して釣りを覚えてしもうた」
「すごいねイルジ...いやシャド...えっと女神様」
元女神で現在は精霊という微妙なポジションに
正直なんと呼べばいいのか戸惑ってしまう。
気軽に名前で呼んで怒られでもしたら...
「フハハ!好きに呼べば良いぞ」
「女神とは元来そのような存在であるのだ」
女神曰く...
神は人々の信仰により様々な名を持つから
どれが正解という訳でもないし
天界で与えられた名前もあるけれど
そもそも人間の言葉では発音できないらしい。
「じゃあ手伝うよイルジオネ」
「頼んだぞレオナルド。余は眠るのでな」
「いや...これ全部一人で...えぇ.....」
彼女はそう言い残すと持ち場を離れ
俺に見張りと釣った魚の処理を丸投げした。




