128.姿なき女神。
♢群が消え静まり返る海
「えぇと...少しやり過ぎなんじゃ」
「フム...中々良き」
海上や甲板には飛鮫の残骸が漂っている。
それは食料にならない程のダメージを受けていて
数秒後には光となって消えた。
「未熟ながら大した器を持っておる」
「使いこなせぬなら借りたままでもよいが」
様子を見に来たレイナの視界を遮るように
前に立ちはだかったミッチェルさん。
「なによこれ〜!貴重なお肉が台無しにー」
「下がってくださいお嬢様」
その声のトーンも高飛車な笑い方も
いつもの天然キャラとは随分とかけ離れていて
間違いなく彼女ではない別の“何か”であることは
誰にも容易に推察できる。
「カレンに何をしたんだっ!」
俺が問うと少し不機嫌そうな顔をして振り返り
深い溜息をついてから口を開いた。
「搾り取られて魔力が足らぬのだ」
「契約したらば身体はすぐにでも返そう」
イルジオネと名乗るこの姿無き女神(自称)は
俺達が倒した海蛇の体内に閉じ込められていて
数年ぶりに外に出られたのはいいが
実体化出来ないほど魔力を失っているのだとか。
「ふふ...無防備すぎて1秒とかからなかったぞ」
酔い潰れて眠るカレンの身体を乗っ取り
変異した世界の事や仕組みなどについては
カレンの記憶から知識を得ているようだった。
「この“世界”では“ノラ”と呼ぶのだろう?」
もちろん望めばバスティの時みたいに
ガチャ以外の魔獣や魔物とも契約を結べるのだが
野良の女神(自称)なんてどう聞いても怪しい。
それに一方的な要求を突き付けてきた。
「魔力を分けよ。無論全部とは言わぬが...」
「少し考える時間を頂きたい」
目の前であれだけの攻撃を見せつけられ
人質(精霊)を取られたこの状況下では
従う他に選択肢はなさそうだ。
相談した結果、ラファエルが身を差し出す事に。
「待たせたな。魔力なら好きなだけ持ってけ」
「.........だが断るぞ」「なんでだよっ!」
速攻で断られたのは彼女が闇属性だから。
白魔法が得意な彼とは相性が悪いと我儘をいう。
なら俺が代わりになると立候補したのだが...
「却下だ。顔がタイプではない」
なんという仕打ちだろうか。
魔力の供給量でもレベルの低さでもなく
容姿を理由にされるなんて断じて許されない。
「貶してなどおらぬぞ。ただ好みとしては...」
チラッ...ツカツカツカ
「嗚呼...其方は顔も良いのぅ」
「よし決めたぞ。余のマスターになれ」
顎をクイッとされ戸惑うミッチェルさん。
後ろにいるレイナが目を細めて睨んでいるが...
「早う契約を結ぼうではないか」
「なぁ...ミッチェル」
誘惑の眼差しで迫るイルジオネ。
彼は暫し考えてから要求を飲むと答えたが
ひとつだけ条件を付けた。
「命令に条件を付けるとは.....まあ良い」
臆さないミッチェルさんの態度に驚いた様子で
俺達は激怒しないかと心配して見ていたが
無事に契約が結ばれるとカレンから抜け出して
幻想の女神はその姿を露わにした。
♢日も陰ってきた船上
まだ薄っすらと透き通っているけれど
長い髪は限りなく黒に近い濃い灰色で
漆黒の豪華絢爛なドレスを身に纏っていた。
まるで影の国の女王といった装い。
“私の大切な人達に決して危害を加えないこと”
ミッチェルさんは例の女神と契約したあとに
条件である“誓いの指輪”を取り出して
彼女の細い右手薬指にはめた。
「良き...実に良きかなっ!」
その手を空に掲げて
嬉しそうにクルクルと回る自称女神。
ガチャで迎えた精霊の姿とは異なり
彼女が以前の姿を保っているということは
野良であることを証明していた。
「うぅ...頭がいたい...よぉ...」
「カレン大丈夫?」「なんとかぁ」
少ししてから意識を取り戻したが
憑依されていた間は互いを共有した状態であり
彼女が何者であるのかを覗き見たのだと。
「下界落ちしちゃったみたい」
確かに以前は幻想の女神イルジオネだったが
現在のクラスは女神級の精霊シャドウ。
つまりは降格をくらうほどワケありな女神でー
「黙れっ!聞こえておるわっ!!」
「ご...ごめんなさいぃ〜」
元とはいえ彼女の能力は異常なほど高いから
性格はアレだけど戦力としては心強い。
「勘違いするな。戦いはせぬぞ」
「飯炊きくらいなら手伝ってもよいがな」
そう言うと早速船の調理場で包丁を握り
夕飯の支度をすると張り切る。
「マスターは薄味が好みか?」
「青野菜は美容と魔力の回復にも良いそうだ」
(なんだろう...この新婚ホヤホヤな感じは)
エプロンを羽織った彼女からは威圧感が消え
栄養面の配慮や魔法を駆使した時短調理法など
見事なまでの嫁スキルを披露した。




