115.挨拶は手短に。
ぶわぁ...
「娘をよろしく頼みます...(号泣)」
これは入学式の挨拶であり
娘を嫁に出した父親の謳い文句ではない。
ないはずなのだけれど...
♢入学式の一時間前
「これはこれはグレイン様ではありませんか」
「やあ。ひさしぶりだね」
グレイン・ウォレスは元勇者で今は経営者。
そしてヨツの父親である。
コテージが諸般の事情により人手不足のため
母親は来ることができなかったのだけれど
娘が心配で仕方がない彼は入学式に参列すべく
ひとりで密林から遥々上京したのだ。
「この度はお嬢様の御入学おめでとうございます」
「宜しければ来賓席へおかけください」
「お気遣いありがとうございます」
勇者はどこへ行ってもVIP待遇なのだが
ここがアカデミーであることも存在を際立たせる。
“勇者来てるってさ” “すげぇな...本物かよ”
ザワザワ...ザワザワ...
俺達は他の保護者達と一緒に二階席で観覧。
入学式には街の大物から中央政府の偉い人まで
様々な来賓が挨拶をしに来ているけれど
やはり勇者(元)はオーラが違う。
そして式は粛々と進行して来賓の挨拶も終わ...
「最後に勇者グレイン様より祝辞をー」
「私ですか!? いやぁ...まいったな」
飛び入り参加でカンペもない勇者への無茶振り。
俺だったら瞬間的に頭が真っ白になるだろう。
「グレイン・ウォレスです。新入学おめでとう」
「君達はこれから様々な経験を積み重ねてー」
(すごい...ちゃんと喋れてる)
来賓の誰よりも立派な挨拶を披露する元勇者。
その場の雰囲気に飲まれない心の強さや冷静さは
まさに勇者の品格というものであろう。
「私事ではありますが娘も入学しましてー」
ひと通りお祝いと激励の挨拶をした後で
ヨツのことを紹介する父。
「頭が良くて性格も優しい子なんです」
「大家族から離れて一人暮らしさせるのは...」
少し泣くのを堪えている様子。
さっきまで冷静だったのに勇者も親なんだな。
「本当なら一緒に暮らしてあげたい」
「引っ越そうかとも思いましたが妻に咎められ」
「私は...私は...」
だんだん私情が入っておかしなスピーチに。
新入生の席に座っているヨツが恥ずかしそうに
耳を折りたたんで耐えている。
「勇者様そろそろお時間が...」
「あぁ...ええ、つまりは何を言いたいかというと」
ぶわぁ...
「娘をよろしく頼みます...(号泣)」
泣きながら深く頭を下げる元勇者。
生徒達のクスクス笑う声が聞こえるが
保護者席は共感したのか皆もらい泣きしている。
結局ぐだぐだな感じになってしまった。
最後に校長が手短に挨拶して入学式は無事終了。
新入生だけ15分オリエンテーションがあるため
俺達は外で終わるのを待った。
♢アカデミーの裏庭
鐘の音が聞こえたからヨツはもうすぐ来るだろう。
ひさしぶりに校内へ入ったけれど
俺の通っていた頃と変わっていない。
大きなレモリンの木と芝生が敷かれた裏庭は
昼寝をするにはちょうどいい場所だ。
「お待たせしました」
ヨツが校舎から出てきた。
胸には新入生の証である一つ星が付いている。
「あぁ...これでヨツもアカデミーの生徒か」
「本当におめでとう。頑張りなさい」
「・・・・・・・・」
父親を無言であしらう娘。
そんな態度をするような子ではないのだが
やはりあのスピーチがマズかったようだ。
この後は伯父の屋敷へ行ってついでにランチ。
元勇者も娘が世話になるから挨拶するとついてきた。
でもすごく気まずい空気...
「父様のせいで笑われたじゃないですかっ!」
「......すまんな」「恥ずかしくて死にそうです」
屋敷に着くまでずっとこんな感じで
一方的に娘から口撃を受ける元勇者のライフは
著しく低下している模様。
いまなら俺でも倒せるかもしれない。
ギギギィ.....
「いらっしゃいませ」
「はじめまして...おや?君は...おぉなんと!!」
扉を開けて出迎えたフィオを見るなり
驚いた表情で大声を出した。
「知り合いなんですか?」
「すごいんだ!だって彼女はあのー」
途中まで言いかけたが続きを語らなかった。
気になるけれどさっきのスピーチで失敗したから
人の事を話すのには慎重になっているのだろう。
「レオナルドの伯父で名作家のフェルナンドです」
「はじめまして。娘がお世話になっています」
「昼食の準備が出来ているからご一緒にどうぞ」
今日はクライフさんの料理が特別メニューだ。
入学をイメージした華やかな盛り付けと
彼女の好きな肉がメインの豪華なワンプレート。
あと焼きたてパンとキノコのスープも。
「お邪魔しました」
「またいらしてくださいね」
ランチを食べ終えて少し話をした後
元勇者は電車の時間があるからと屋敷を出た。
ヨツは見送りに行かないという。
「ああ...もう駅に向かったのかぁ」
部屋の奥から小包を持ったクライフさんが。
ケモミミ兄妹達にとお菓子を作ったのだけれど
“うっかり”渡し忘れてしまったらしい。
「悪いけど頼めるかな?」
「はい。すぐ追いつくと思います」
クライフさんのわざとらしいアシストを貰い
走って父親の後を追うヨツ。
なんだかんだ言っても彼女が尊敬しているのは
優しくて強い自慢の勇者父なのだ。




