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ネズミの姫と七星の騎士  作者: もり
第四章

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飛翔


 ふう、お腹いっぱい。

 今日の晩御飯はいつもより特に豪華で、食べすぎちゃったよ。

 このまま寝てしまいたい気分だけど、出発前にもう一つどうしても決着をつけないといけないことがある。


 お部屋に戻ると、女官さん達が待ち構えていた。

 でも、ちょっとお願い。アマリに大事なお話があるから、二人きりにしてほしいって。


「如何なされました?」


 みんなが出て行って、アマリが優しく私に笑いかける。

 いつからだろう。この笑顔がぎこちなく感じられるようになったのは。


「……あのね、アマリ。お願いがあるの」


「はい、何でございましょう?」


「お母様のお手紙を返してほしいの」


「……王妃様のお手紙?」


「うん。あの日の……私の誕生日のちょっとあと、ウル長老から届けられた手紙」


 アマリが目を細めて私を見る。

 ううう、この沈黙が怖いよ。でも目をそらしちゃダメ。

 ちょっとして、小さくアマリが息を吐いていつもの優しい――ぎこちない笑顔になった。


「かしこまりました。では、一緒にいらっしゃいませんか? 王妃様のお部屋に置いてありますので」


「お母様の? あのお部屋?」


「さようでございます。出発なされる前に……最後にご覧になりたいのでは?」


「うん、そうだね。ありがとう!」


 お母様が普段使っていたお部屋はここ。

 だけど、小さい頃からのお気に入りのお部屋があって、そこは思い出がいっぱいだからってアマリがいつもはカギを掛けてる。

 尖塔の一番てっぺん、小さな小さなお部屋。

 あそこにお手紙を仕舞ってるっていうのも納得。

 アマリはちょっと速足で、後ろをついていく私は小走りになっちゃう。


 あの時は私も驚いてパニックになっちゃったけど、アマリもきっと同じだったんだ。

 だからあんなに……あんなに怒ったんだよね? 今はもう落ち着いたんだよね?


「ねえ、アマリ。お母様はとっても綺麗なハクチョウさんに変化できたんでしょ?」


「……ええ、さようでございます。王妃様のお祖母様が白鳥の国のスワロ王家のご出身でしたから」


「やっぱり鳥さんになると、高い所が好きなのかな?」


 長い長いらせん階段を上りながらの質問はけっこう息切れしちゃう。

 それなのにアマリは平気そう。


「――この部屋の窓からでしたら、大好きな場所である聖域の泉まで真っ直ぐに飛んで行くことが出来ましたから。飛び立たれるソフィラは――王妃様はとても美しくて……」


 うっとりしながらアマリがドアを開けた。

 すると私の知らないお母様の気配があちらこちらに残ってるお部屋が広がる。

 ここはアマリの大切な場所だから、私も今まで数回しか入ったことがなかったんだよね。

 そうか、この窓からお母様は飛び立っていたんだ。

 何度も何度もアマリから聞いた、お母様が変化したハクチョウさんの姿。見たかったなあ。


「あっ! この窓から泉が見えるんだね!」


 月の光に照らされて、聖域の泉がキラキラ輝いててとっても綺麗。

 前に来た時は気付かなかったな。

 後ろからそっと近づいてきたアマリは、懐かしそうな顔で泉を見てる。


「ソフィラは飛べない私のために、泉に飛んで行くことはあまりなかったわ。いつも私達は一緒だったから、私を置いて飛び立つことを遠慮していたのね。だから二人でよくこの窓から輝く泉を眺めていたの。でも、私はソフィラが大空を飛ぶ姿を見るのも大好きだったのよ。それなのに……あの男が、ソフィラから翼を奪ったの」


「……アマリ?」


 急に変った口調に驚いて見上げると、アマリはすごく怖い顔をしていた。

 まるで、あの時みたいに。


「あの男はソフィラから自由を奪ったばかりか、あの女と一緒になって苦しめて……」


「……だから嘘をついたの? お母様が私を王様に会わせたくないって、神殿の人達以外には会わせたくないって言ってたって? お母様はみんなのことが大好きだって、みんなに幸せになってほしいって、あの手紙には書いてたのに……」


「いいえ! ソフィラは優しいから、いつも周りに気を使って遠慮してばかりだったのよ! 優しいから、あの汚らわしい男を信じて、騙されたのよ!」

 


「何? どういうこと? お母様は――」

「やめて! ソフィラのことをお母様などと呼ばないで! あなたはソフィラの子ではないのだから!」


「え……」


「あなたは私が目を放した隙に取り換えられた偽物だもの!」


「何を言ってるの? アマリ?」


 怒鳴るように叫ぶアマリの言葉の意味がわからない。

 どうして? どういうこと?

 怖くなって、一歩後ろに下がったら、一歩前へとアマリが近づく。

 どうしよう、これじゃあの時と同じだよ。


「だって、全然似てないじゃない。ソフィラは太陽のように輝く黄金の髪に、あの泉のように澄んだ水色の瞳をしていたのよ。それなのに、あなたはあの男のように汚いネズミ色の髪に瞳。きっとあの男がソフィラの産んだ女神様とあなたを取り換えたのよ」


 いつの間にか、アマリの言う〝あの男″が王様から、違う人のことになってる。

 たぶん、私の本当のお父さんのこと。

 やっぱりアマリは知ってたんだ。でもでも、アマリの言うことはおかしい。

 どうしよう、逃げなきゃいけないのに、足がすくんで動けないよ。


「まさか、ひょっとしてって長い間思っていたのよ。私の勘違いかもしれないって。だけど、あなたはソフィラのような白鳥に変化もできず、汚らしいネズミになるだけ。……ねえ、返して? 私に本当のソフィラの子を、女神様を返して!」


「違う! 私は本物だよ! 騎士のみんなも、動物さん達も、私のことを女神様だって言ってくれたもん! ちゃんとわかるって! だから私はみんなを信じる! お母様だって、手紙で〝愛してる″って! 本当のお父さんのことも〝愛してる″って!」


「嘘よ! そのようなデタラメをまだ言うつもり!? あんな偽りの手紙まで持ち出して、なんて卑劣な……あの男にそっくりだわ!」


 アマリこそ今までずっと嘘をついてたの? 私のこと、ネズミの姿でも一番って言ってくれたのに。

 全部、全部、嘘だったの?


「偽物じゃないよ。本物だもん。あの手紙には……あの手紙はどうしたの?」


「あんなもの、燃やしてしまったに決まってるじゃない。ソフィラの筆跡まで真似るなんて忌々しい!」


「そんな……」


 お母様からの大事な手紙。

 私がパニックになってさえいなかったら。いきなりアマリに見せて泣いたりしなかったら。

 アマリは……アマリは私を嫌いになったりしなかった? 


「どうして? ずっと、ずっと、アマリは優しかったのに。お母様がいなくても、アマリがいたから……」


「どうして? 私こそ、それを訊きたいわ。ずっと、ずっと、私がそばにいたのに。どうして、あの男のもとに行くなんて言うの? どうして私を置いて行くの?」


「や、約束したの、シリウスと……。でも、あの時は結婚するって言ったけど、まだ……旅をするから……」


 あの時はカッとなって、シリウスと結婚するから出て行くって思わず言っちゃった。

 それでアマリは怒ったの?

 もう逃げ場がないほどに近づいたアマリの瞳は暗く淀んでる。

 アマリは私を見ていない。お母様を見てる。今も、あの時も。


「アマリ! 私を見て! 私はジャスミンだよ!」


「……ええ、忌々しいネズミね? あの男と同じ」


 あの時は追い詰められたけど、ネズミになって逃げることができた。

 裏切られた思いでいっぱいで、とってもとっても悲しかったけど。

それなのに、どうして今こんな時に変化できなくなっちゃうんだろう。


「おかしいわ……汚らわしいネズミは私が殺したはずなのに。……このナイフで」


「――まさか……」


「だって、私の大切なソフィラを連れて行くって言うのよ? そんなこと許せるわけないじゃない」


 アマリは私をちっとも見ていない。虚ろな瞳のまま、いつの間にか持っていたナイフを振り上げた。

 今度こそもうダメ! 

 つらい覚悟を決めた時、誰かがドアを叩いた。とても強く、大きな音が響く。


「ジャスミン! いるのか!? ジャスミン!」


「カイド!」


「あら、また汚らわしい生き物が来たわ」


「ジャスミン! 大丈夫なの!?」


「姫! 今、助けてやるぞ! 待ってろ!」


 カイドが来てくれた! ミザールが来てくれた! 

 みんな、みんながいる!


 頑丈そうなドアにはカギが掛ってて、みんなが体当たりしてるみたいだけど、ギシギシ揺れるだけ。

 このままじゃ、みんなが怪我しちゃうよ。

 アマリはそんな様子を笑って見てた。だけど、ヴィーの声が聞こえたら、ちょっと顔をしかめた。


「女官長、いるんでしょう? 今すぐここを開けなさい」


「ヴィー!」


「ああ、いやだわ。本当に騒がしい。私とソフィラの大切な思い出を、これ以上踏みにじられたくないの。だからねえ?」


 ゆっくりと振り向いたアマリは、今度こそ私を見た。

 ナイフが近づいてきても、後ろは窓でもう逃げ場がないよ。

 でも私はここで死ぬわけにはいかないんだ。世界中に種を蒔くんだから!

 どうしよう? どうしたらいい?

 何とか逃げようと、必死に考えていた時――。


「ジャスミン!」


 聞こえたのはとても懐かしい声。

 眼下に見える銀色の光。こちらに猛スピードで駆けてくる。


「シリウス!」


「ジャスミン、飛べ! 俺が受け止めるから!」


 来てくれた。約束通り、来てくれた。

 迷ってる暇はない。前と同じ、きっとシリウスは受け止めてくれる!

 私はもうアマリを見なかった。ただ暗闇に輝く月の光に向かって飛び出した。




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