手紙
「お兄様、あのね……」
「何だい、ジャスミン?」
明日はいよいよ出発となった夕方。私は勇気を出して、お兄様に切り出した。
ずっとずっと気になってたこと。たぶん、みんなも気になってること。
アマリも準備に忙しいのか、そばにいない今がチャンス。
「お兄様は……私の本当のお父さんのこと……知ってる?」
部屋の空気が変わった私の質問。
騎士のみんなもお兄様の答えを固唾をのんで待ってる。
ううう。お腹が痛くなってきちゃうよ。
本当は知るのが怖い。だけど、出発の前に知りたい。
明日は見送りに王様が来てくれるから。
王様はもう人前に出られるくらい回復したんだって。
本当に良かった。
実は王様とは前もってちゃんと会おうって話もあったんだけど、遠慮したんだよね。
まだまだ考えたいことがいっぱいあるから。
「ごめんね、ジャスミン。僕ははっきりとは知らないんだ。陛下もご存じなかったから……。だけどひょっとして女官長なら――」
「アマリは知らないよ。だから……それならいいの。私こそ、ごめんなさい」
「いや……それよりもジャスミンはどうして、その……王妃様のことを知ってたの?」
「それは……」
もっともな、お兄様の質問。
あの時の衝撃は忘れられないよ。……うん、忘れてたけど。
「実は……お母様からお手紙が届いたの」
「王妃様から?」
お兄様もみんなもすごく驚いてる。
うん、私もすっごくビックリしたもんねえ。
「私が十六歳になって、明日は王様に会えるって……あの日にね、トリの長老が届けに来てくれたの」
「トリの長老?」
「うん。鳥さん達の長老で、もうすぐ三十歳になるんだって」
「確か、オオフクロウのウルと言ったね?」
「うん。ウル長老」
聖域に暮らす動物さん達はとっても長生き。
みんな代々この森を守ってくれてる誇り高い一族なんだって。
その中でも特に長生きの動物さん達は長老って呼ばれてて、とっても物知りなんだよね。
「午後のおやつを食べた後にね、お昼寝しようかなって寝室に一人でいた時、長老が飛んできて渡してくれたの。〝十五歳、おめでとう″って」
「え……」
メラクがきょとんとした顔で首を傾げた。
うむむ。年上とは思えないほど、相変わらず可愛いなあ、もう。
でも不思議に思う気持ちはわかる。私もそうだったもん。
一年とちょっと遅れの誕生日祝いだったんだよね。
「ウル長老はね……ちょっと、たまに……ボケちゃうの。すごくおじいちゃんだから」
夜になって神殿を抜け出した時、ネズミの姿で聖域に行こうとしてたら、危うく狩られそうになったことが何度かあったんだよね。
一度、鋭い爪でガシッて掴まれた時には、痛かったなあ。
まあ、ちょっと重かったみたいで、ウル長老は飛び立てなかったんだけど。うん、ちょっとだけ重くてね。
あれ以来、猛禽類は本当に苦手になったんだ。
思い出してしんみりしてたら、みんなが心配そうに見てた。
そうだった。大切な話の途中だったのに。
ちょっと姿勢を正して、こほんと咳払い。
「あの……うん。えっと、私がお腹にいる時、お母様が長老のところに来て、〝この子の十五歳の誕生日に渡して下さい″って預けたんだって。成人するまでにちゃんと……自分自身を知ってほしかったみたい」
「……だけど、その時だってその長老はいい年だよね? ずいぶんな賭けになるけど……」
「ああ、それについてはおそらく王妃様は大丈夫だと思われたんだろう。トリの長老は次の代への知識の継承が義務付けられているから。一応、次の長老も決まっているが、幸いウル長老はまだお元気で……ボケてるけど」
リオトの疑問に、お兄様がちゃんと答えてくれた。
と思ったら、最後の一言がおかしくて。
笑うところじゃないのに、つい笑っちゃった。
気持ちが軽くなった私に、みんなもほっとしてくれてるのがわかる。
うん、みんながいるから、もう大丈夫。あの時とは違う。
「手紙にはね……色々なことがいっぱい書いてあって……でもね、……えっと……〝ごめんなさい″って。私にもみんなにも、いっぱい〝ごめんなさい″って書いてたの。お母様は王様のことも、お兄様のことも、ローズ様のことも大好きだって。だから〝ごめんなさい″って……」
手紙のことを思い出したら涙があふれてきて、止まらなくなった。
すると、すぐにミザールが私をぎゅっと抱きしめてくれる。
ヴィーはいい匂いのするハンカチで涙を拭いてくれる。
お母様がいないのは悲しいけど、私にはお姉さんみたいな素敵な騎士さんもいてすごく幸せ。
前世のお姉ちゃんもすごく優しくて、お兄ちゃんが私に意地悪をするといっつも庇って怒ってくれた。
ああ、そうだ。
私はお母様がすごく恋しくて、王様に――お父様に会いたくて、お兄様ともっと一緒に遊びたくて、家族が欲しくて欲しくて。
夢の中で家族と暮らしてたんだ。
でもあれは夢じゃない。お父さん、お母さん、お姉ちゃんとお兄ちゃん、みんな私の家族。
「お母様はね、ずっと体が弱かったの。それなのに、私を産まないといけなくて、アマリは……。ううん、とにかく私にはいっぱい、いっぱい〝ごめんなさい″って」
他にもたくさんのことが書いてあったけど、上手く言葉にできない。
あの時は、すごくショックで、一番大切な言葉を無視してしまった。
〝愛してる″って。
お母様は私のことを愛してるって。〝ごめんなさい″よりもたくさんくれてたのに。
私がパニックにならないで、ちゃんと受け止めていればよかったんだよ。
すぐにパニックになる私の悪い癖で、最悪の大失敗。
「あのさ、ちょっと気になるんだけど……」
私のせいでしんみりしちゃったところで、リオトの遠慮がちな声。
リオトは私を見て困ったように微笑んで、それからお兄様に視線を向けた。
「さっき、〝はっきりとは知らない″って言ってたよね? だとしたら、大方の見当はついているってことかな?」
あっ、そうだ。そういえばそうだったかも!
と思って、涙も引っ込んじゃったけど、どうやらみんなはとっくに気付いてたみたい。
なんだ、そういうことは早く言ってほしいな、もう。
「リオト、確かなことじゃないなら、あまり追求しないほうが……」
メラクが心配顔で私を見る。
そうか、みんな私の気持ちを優先させてくれてたんだ。
本当に優しいな、もう。
「お兄様、私は知りたい」
「だけど……僕が勝手に当時の状況を調べて推測しただけだから……」
「それでもいい。だって、このままじゃ気になって、ご飯も食べられないよ」
「それは大変だな」
私の訴えに頷いたのはファド。
うん、ご飯が食べられないってとってもつらいもんね。
お兄様はちょっと困ったように考えて、私を真っ直ぐに見た。
「僕が思うに……ジャンガ王国の――ネズミの国の方なんじゃないかな」
「ネズミの国?」
って、あの夢の国?
思わず頭に浮かんだお父さん像。まさかの隠し子発覚!?
ううん、そんなわけないない。




